第2話:既視感
アカネの名乗りを聞いて驚きの表情を見せたカインたちに、ルーベンはアカネイトの王女が現れたことが原因だと思い
「驚かせて申し訳ございません。こちらは、アカネイト王国第一王女アカネ様でございます」
と重ねてアカネの紹介を続けた。
しかし、カインたちは
「アカネイト……?」
「マグダットではないのか?」
「聞いたことない国だな」
と次々に口走る。
それらの反応にルーベンは
「……アカネイト王国を存じ上げませんか?」
と、カインに尋ねた。
カインは申し訳なさそうな表情を見せながら
「申し訳ない。私どもが浅学のため、アカネイト王国というものは存じていないのだ。ただ、貴公らがただものではないことはわかる。私どもが知らないだけでまだまだ世の中には様々な国があるのだろう。
決して貴公らの身分を疑っているわけではない」
「そうです。きっと、ここから遠いところの国なのでしょう」
「いや、それにしても、王女とは」
「王女様なのにあの戦いぶりは凄すぎますって!!」
などと、周囲の声が続いた。
これらの声に今度はルーベンが少なからず驚きの表情を見せた。
(アカネイトを知らない…… 確かにアカネイトは超大国というほどの国ではないもののそれでも大国といっても差し支えないレベル。周囲の国々からは認知されていて当然の存在だ。もちろん、我々が知らないほどの遠方の国ならばそういったこともありえるだろう。
ということは、ここはアカネイトからかなり離れた地方に飛ばされてしまったということなのだろうか……)
「アカネ様。もしかしたら、かなり遠くの地方にとばされてしまった可能性がありますね」
ルーベンは、アカネに声をかけるも、アカネは少し考え込むような顔をしながらあたりを見渡していた。
そんな二人をよそに、カインは
「ともかく、危機を救ってくれたことに間違いありません。アカネ殿、ルーベン殿、まことにありがとうございます」
「いえいえ、私は何もしておりません。それは、アカネ様にお伝えください」
「もちろんです。アカネ殿、貴公の剣さばきは見事でした。誰か、著名な剣士から指南でもうけておられますか?」
話をふられたアカネは、カインに視線を変え
「いえ、だいたい独学よ」
「なんと!! そうなると、それはもはや才能ですね」
アカネの表情も満更ではなく、周囲からの賛辞も鳴りやまない。
アカネ自身も得意げになり、すこし有頂天になっているようだ。
そこに、馬車にいたアイナが現れ
「お姉さま!!」
とアカネに抱き着いた。
「なっ!!」
いきなりのことに驚いたアカネに、アイナは気にもかけずに
「お姉さまこそ、私が求めていた英雄です!!」
アイナは、まっすぐにアカネを見つめ、まるで恋する少女のような感じだ。
アカネは、突然の出来事に慌てふためきながら
「ちょ、ちょっと落ち着いて。ね、いったん離れましょ」
まだ興奮冷めやらぬ女の子に
「ま、まずは自己紹介でもしましょ」
とアカネは優しく諭す。
アイナは、はっと我に返ったように
「申し訳ありません。あまりにお姉さまがかっこよすぎて、私の理想の英雄像そのものでしたので。私は昔からそういったものに強い憧れがありまして、いつか自分もそんな存在に……」
その後もぶつぶつと、アカネの活躍ぶりを口にしながら
「申し遅れました。私はザイン王国第一王女、アイナ=ザインと申します。先ほどはお姉さまが、マグダットと名乗られたので、てっきりマグダット王国の方なのかと」
「えぇ。我々もそう思っておりました」
「どうやらたまたま、名が同じだったようですね」
カインたちもそれに続いた。
「マグダット王国?」
アカネとルーベンは同時に声を上げる。
(マグダット王国といえばアカネイト王国の前身である国名だ。しかし、これははるか昔の時代のこと。具体的にはわからないものの、千年を超えるようなレベルであることはことは間違いない。
現代にもどこかに同じ名の国が存在しているのか?
それに、ザイン。こちらも聞き覚えがあるが、私が知るザインもはるか昔になくなっている国だ。こちらも、どこかに同名の国が存在するのだろうか……)
アカネイトでは古来よりその時々の王の名を西暦と定めるため近しい時代ならどの程度の月日が経っているかはわかるものの、一定以上の期間が経つとそれを判別するのは困難である。
例えば、アカネたちがいた時代はアカネの父であるディールの名をとり、即位16年にあたってディール16年5の月であった。
ルーベンは考えを巡らし、アカネは再び周囲を見渡しては考え込むような仕草をみせた。
「お二人とも、どうかされましたか?」
なにやら動揺しているように見えるルーベンにカインが声をかける。
「い、いえ、以前聞いたことがある国と同名だったもので少し驚いてしまいまして」
「マグダット王国をご存じなのですか」
「えぇ。存じています。しかし、私が知っているマグダット王国はかなり昔に存在していたとされる国でして。きっと、偶然でしょう」
「ほぅ。不思議なこともあるものですね」
そこに、難しい顔をしていたアカネが、アイナに声をかけた。
「ねぇ、アイナ。ガイア王国って知ってる?」
ガイア王国とは、古くよりアカネイトの隣国で、互いに切磋琢磨してきた国である。
どちらも、国力を十分持つ大国で、危機が起きた際には国の垣根を越えて、互いに助け合うような関係だ。
アカネに声をかけられてうれしそうなアイナは、
「もちろん存じておりますわ。マグダット王国と双璧をなすような大国ですもの。私たちザインでは遠く及ばぬ国ですわ」
「……もしかして、ガイア王国はマグダット王国の隣国かしら?」
「え、えぇ。そうですわ。お姉さまはガイア王国はご存じですの?」
「……どうなんだろう」
これらのやりとりでルーベンはますます困惑し、アカネは再び考え込んでいるようだ。
「ところでお姉さま方はなにか目的はあるのですか?」
どことなく不穏な空気を察したアイナは、雰囲気を変えようと、二人に問いかけた。
アカネたちは気を取り直して
「いえ、それが、さっきも言った通り、二人で城の書庫で肖像画を眺めていたら、なぜか、ここにとばされていたのよ」
「えぇ。信じられないかもしれませんが事実なのです」
「それでしたら、お姉さま方も私たちと一緒にマグダット王国へ向かいませんか?」
「え?」
「マグダット王国は大きな国ですし、そこに行けばなにかわかるかもしれません。魔法に詳しい方も多くいらっしゃいますし」
「そうですね。もし、あてがないのでしたらそれがよろしいかと。それに、アカネ殿がいてくれれば、我々も心強い」
カインも同行をすすめてきた。
「アイナたちは何を目的にマグダット王国へ向かっているの?」
その言葉に少し難しい表情をみせたアイナにかわってカインが答える。
「お二人とも、最近、魔物の動きが活発になっているのはご存知でしょうか?」
アカネたちは首を横に振る。
「そうですか。そちらの国ではまだ安全なのですかね。我がザイン王国では、様々な魔物たちが、人里に現れる現象が頻繁に起こっていまして。それも、今までになかったような大群や、
狂暴化したものたちも多いのです。我が国も騎士団をはじめ、志願兵などでなんとか対抗しておりますが、ここのところは苦戦を強いられることも多くなってきました。
そこで王が、アイナ様の安全面を気にされて、縁戚であるマグダット王国に、一時アイナ様を避難させようとされまして。それで、我々が今お送りしている道中でした」
その説明を聞くやアイナが
「私だけ逃げるのは嫌だと伝えたのですが、お父様がどうしてもということで……」
アイナは悔しそうな、また申し訳なさそうな表情を見せていた。
「最近では王都にも魔物が現れることもあり、王たっての希望でして。幸い、マグダット王国からは喜んで迎え入れると言っていただけましたので。そういう経緯でしたから
先ほどの戦いで万が一のことがありましたら、私の身と引き換えにしたところで、到底取り返しのつかないところになるところでした」
カインは本当に安堵しているようだ。
「でも、一国の王女だったらもう少し、護衛など多くてもいいんじゃないの?」
「えぇ。私どもも同様に、もう少し警護をつけるべきと進言したのですが……」
アカネの疑問に、アイナは
「我が国が危機に陥っているなか、私だけが逃げようとしているのです。自国民の危機が迫っているのに私だけに力を割くような、そのようなことは断固としてできません」
強い口調でそうこたえた。
「大丈夫です。カインは我が国の誇る騎士団副団長ほどの実力者ですし、ジョージたちもおります。いざとなったら私だってなにかしらの役に立ってみせます。ですので、可能な限りの戦力は国防のためにとどめてまいりました」
アイナは強い意志を示していた。
「そういった事情で、護衛の戦力は我々騎士団4名という、このような少数集団になっているのです」
アイナたちの事情を知ったアカネは
「そういうことだったのね。そちらの事情はよくわかったわ」
「ねぇ、アイナ。かっこいいじゃない!! 私、そういうの好きよ!!」
アイナはアカネのまっすぐな視線に、少し恥ずかしそうに目をそらしてしまった。
「ところで、カイン様。先ほどの切り裂きカラスの集団ですが、あれほどの数で襲ってくることはよくあるのですか?」
頃合いを見てルーベンがカインに問いかける。
「いえ。我々もあそこまでの数はあまり見たことがありません。集団で行動するのは普通ですが、せいぜい数羽で、10羽もいたら大群のような印象があります。ですので、さきの30羽程度の
襲撃には正直少し驚いてしまい……」
「そうです。我々も10羽程度なら問題ありませんので」
ジョージも口をはさんだ。
「これも、やはり最近の魔物の活発化と関係あるのかもしれません」
「そういうことですので、お姉さま。一緒に、参りましょう」
「私どもからも、お願いいたします」
「そうね…… 私たちも行くあてがないことだし、ね。ルー、そうしましょ?」
「そうですね…… このままではわけもわかりませんし。こちらからもぜひ同行をお願いしたい所存です」
うぉぉっという歓声が上がった。
「それでは本日はもう少し進んだところで野営をとり、明日にも、マグダット王国へ到着の予定です」
「一晩ほど不自由を感じさせてしまうかもしれませんが、ご容赦ください」
「いえ、こちらこそ。よろしくお願いするわ。なにせ、まだ、まったく自分たちの事情は把握できてないんですもの」
「そうですね、何かマグダット王国でわかることを期待しております。もちろん我々も協力は惜しみません」
「えぇ。お姉さまのお力になれるよう、私も力を尽くします。それに、お姉さまたちの現象が魔法によることだとしたらマグダットには協力してくださいそうな知人もおりますので」
「アイナ、頼りにしてるわよ」
「はい!! お姉さまのお役にたてるならばなにごとでも」
「まずは無事にマグダットに着かないとね」
「そうですね。先ほどの切り裂きカラスのこともありますし、油断せず向かいましょう」
かくして、アカネたちはアイナたちとともにマグダット王国へと向かうことにした。
「それではアカネ様、馬車内にはまだ空きがありますゆえこちらにお乗りください」
アカネはカインからそう促されるも、首を横に振り
「いえ、少し気になることがあるので、外を歩かせてもらうわ」
「ですが、アカネ様も一国の王女であろう身分。我々も何かありましたらと思いますと……」
カインは渋るも
「大丈夫よ。さっきも見たでしょう。自分の身は自分で守るし、もちろん、それ以上の事態がおきた時には一緒に頑張りましょ!!」
「ははっ。一緒に頑張りましょうですか。アカネ様らしい。わかりました。それでは出立いたしましょう」
「待って。カイン、私もお姉さまと一緒に歩いていきます」
突然のアイナの申し出にカインは、お嬢様、どうかお控えお願いいたしますといったような思いを押し殺しつつ
「いえ、アイナ様は……」
「嫌です。私もお姉さまと同じ王女です。自分の身は自分で守ります。私は、お姉さまと一緒に過ごしたいのです」
苦笑いする一行であったが、アカネが
「大丈夫よ。私がアイナの警護をするし、何かあればカインたちも駆けつけてくれるでしょ?」
それを聞いたカインたちも半ば押しきられる形で
「わかりました。それでは、これより二人の王女様の護衛にあたる。ザイン騎士団よ、これまで以上に周囲の警護に気を配れ」
「はっ」
カインをはじめジョージたちが持ち場に散っていく。
「馬車に空きもできていますし、ルーベン殿はいかがいたしますか?」
カインからの問いかけに
「アカネ様がお歩きになっている以上私が乗るわけには……」
「気にしないで。ルーは馬車に乗ってなさいよ。私、何かあってもアイナを優先しちゃって、ルーを守り切れないかもしれないわ」
アカネはいたずらっぽい笑みを見せた。
「それに、ルーも考えていることあるでしょう」
アカネからの目くばせに、ルーベンは
「……そうですね。考えをまとめたいことは多々あります。それでは、まことに申し訳ありませんが、私は馬車に乗らせていただくことにいたします」
「えぇ、それでいいのよ」
ルーベンは現状の出来事の考察のため、馬車へと乗り込んだ。
「それでは改めて、ザイン騎士団一行、出立!!」
「おーーーーっ」
カインの掛け声にみな声をあげた。
出発してすぐさま、アイナはアカネに声をかけ
「うふふ。これでお姉さまと一緒に過ごせます」
「ねぇ。アイナはさきの戦いでも加わりたかったようだし、なにか理由があるの?」
そう問われたアイナは力強く
「もちろんです」
と答えた。
「私、昔、お父様からとある本を読んでいただいたのです。小さいころの私はなかなかやんちゃで、両親やまわりのものたちもなかなか手を焼いていたようで」
なんとなく状況が思い浮かぶアカネはくすっとしながら
「どうにか落ち着かせようと、いろいろ手をつくしたなかの一つのことでした。それまで、何をしてもいうことを聞かなかったような私が、とある本を読み聞かせたところ
たちまち、夢中になりそのときだけは静かになっていたとのことです」
「あとになってその本を読み返したのですが、それは特に著名であったり特別面白いというものでもありませんでした。どこにでもあるような内容で、平民が
様々な困難を乗り越えて悪に立ち向かうというものです。もちろん、つまらないわけではないものの子供向けでもあり、人々を助けながら、最終的に悪を倒し英雄になるというありふれたものでした」
「ですが、私はそれに夢中になりました。人々を守ること、英雄に強く惹かれたのです。それこそ、その主人公は、高貴なものではありません。
それでも、それをものともせず、悪に立ち向かっていたのです。私はまがりなりにも王女という立場なのです。それならばそれ以上のものを示さないといけません」
「そう思いそこからは、王族、王女として、民を守るということに思いを寄せているのです」
長々と自分語りをしてしまったと我に返ったアイナは少し恥ずかしそうにしながら
「……アイナ……すごい。めっちゃすごい、超かっこイイよ!!」
アカネはその思いに心を動かされ、アイナの横で飛び跳ねていた。
「普通そんなこと思えないって」
「そんなことありませんよ。私なんてむしろ口だけですから。実際に戦ったこともありませんし、役に立ったことなど……」
それを聞いたアカネは、静かに顔を左右に振った。
「いや、アイナはもう戦っているよ」
「えっ?」
「だって、今回のこの旅路だって護衛をつけようと思えばいくらでもつけられたわけでしょ? それでも、これだけの人数で向かうって決めたことはアイナの意志だし、それによって
ザインは国防に人手を割くことができるんだから、立派にアイナは戦っているよ」
「でも、このこと自体が私が逃げているだけですから……」
「それは違うよ。人にはそれぞれ役割といったことがあると思う。アイナを逃がすと決めた国王は、もちろん父としての思いもあるだろうけど、それよりも
万が一があってもアイナが生きていてくれればきっとなんとかなると思ったんじゃないかな。そのアイナの心意気はだれもが持っているものなんかじゃないから」
アカネからの思いもよらないことばに、アイナは返答につまりたじろいでいた。
「ごめんね。会ったばかりで事情も分からないし、適当なこと言ってるなって思われちゃうよね。薄っぺらく感じるかもしれないけど、それでも、なんだかアイナは強いなと伝えたかったの」
「アイナは立派に戦える人だよ。もっと仲良くなっていろいろ話したいね!!」
アカネからの飛び切りの笑顔を向けられたアイナは、うっすら涙を浮かべながら
「お姉さまーー!!」
とアカネに抱き着いた。
「ちょちょちょ。どうしたのよ。私何か変なこと言った?」
「とりあえず、ちょっと落ち着こう。私そんなに特別なこと言ってないって。ただ、アイナはすごいって思っただけだよ」
いったんアカネに体を離されるも、目を潤ませながら再び
「お姉さまーー」
と抱き着いた。
「もう、アイナったら。そういえばまだ年を聞いてなかったわね。アイナはいくつなの?」
ようやく少し落ち着きを取り戻したアイナは
「私は13歳になったところです!!」
「そう。じゃぁ、わたしの3つ年下ね」
「年齢的にも本当にお姉さまですね」
アイナは涙をぬぐいながらにこっとすると、アカネはやれやれというような表情を見せた。
そこに、カインが
「アイナ様、アカネ殿、もうしばらく行ったところで野営地をとる予定ですので、もう少しご足労お願いいたします」
と声をかけてきた。
すっかりアイナとの話に夢中になっていたアカネは、あらためて周囲を見渡した。
(うーーん、やっぱり、知ってる……?)
アカネはこの道なりに覚えがあった。
周囲の様相こそ全く違うものの、通った覚えがある。断定はできないものの、ここから少し行けば森が広がり、そこを超えればアカネイト城下に続く道に思えた。
「ねぇ、カイン。この先って森になってるのかしら?」
アカネは馬車を先導しているカインに問いかけた。
「おや、アカネ殿はわかるのですか? えぇ。そこを超えるとマグダット王国が見えてくるのですが、森の夜間移動は危険ですから少し手前に陣をとり、明日の明るい時間に越えていこうという次第です」
(……やっぱりそうなんだ。でも、私が知ってるところだとしたら、この辺りはもう少し開拓されていて、町というか村という雰囲気がある場所なのよね)
アカネはそう思いつつ周囲を見渡すも、人家などある雰囲気もなく、あたりはただただ草原となっている。
「森には、吸血コウモリや、大猿、暴れ赤牛など現れますのでね。暗がりで襲われると対処が難しいですから」
すると、馬車から
「暴れ赤牛?」
と、声をあげながらルーベンが顔を出した。
何事かと、馬車が一時止まり、ルーベンが飛びだしてきた。
「カイン様。暴れ赤牛が出るというのは真の話ですか?」
「??? 真実だが」
(暴れ赤牛といえばはるか昔に絶滅した魔物だと伝えられているが)
暴れ赤牛とは、見た目は通常の牛のような形状だが、驚いたり怒ったりすると、狂暴性がまし、その際に角や瞳が赤く発光することから暴れ赤牛と名付けられている。
そして、その光った角がとても綺麗なことから乱獲され絶滅したと伝えられている。基本的には大人しいものの、発光している際は力も増幅されているようで人間などひとたまりもない攻撃をみせる魔物だ。
余談ではその身も美味だったとされる。
「ルーベン殿の地方ではそうなのですか? この辺では普通に現れる魔物で全く珍しくないものですよ。もっとも最近では赤い角を目当てに挑む不埒な連中もいるとか。
しかし、発光している暴れ赤牛は一筋縄ではいきませんし、やられても自業自得ですがね」
「……そうなのですか」
その頃、ちょうど日もかけ始め、それを見たカインは
「さて、少し早いかもしれませんが、本日はここで野営にいたしましょう」
カインたちは手慣れた手つきで野営の支度をすすめ、滞りなく夕食までを済ませた。
みなと談笑をしているうちにあたりは完全に夜となり
「それではお姉さま、また明日もお願いします。おやすみなさい」
アイナが挨拶を済ませると、みな、見張りのものを残して散り散りに床についていった。
そんななか、なかなか寝付けなかったアカネはもぞもぞと起きだし野営地のすぐ近くで一人たたずんでいた。
(うーん。やっぱりこれって……)
アカネは今起きている出来事を整理しようと考えていた。
するとそこに、暗がりからルーベンが姿をあらわした。
「あら、ルーも寝付けないのね」
「それはそうでしょう」
お互いの間にしばらく沈黙が流れた。
やがて、アカネが沈黙を破り
「ねぇ、ルー。今の出来事について私なりの考えを伝えてもいいかな? かなりありえないことだと思ってるんだけど」
「私の考えもおそらくアカネ様と同じだと思われます。それでは、お互いに明かしましょうか」
「今、私たちがいる場所って……」
「えぇ、場所というか時代というほうがしっくりくるでしょう」
『過去の時代』
二人の答えがシンクロしていた。
「私はまずカイン様たちがアカネイトを知らなかったことに驚きを覚えましたが、そのときはどこか遠い場所に飛ばされたのだと思いました。しかし、その後のマグダットやザインなどの話。
それに、馬車に乗ってからここまでの風景は、見覚えのあるような場所ばかりです」
「そうね。私も最初はルーと同じようにどこかに飛ばされたのだと考えたわ。でも、カラス退治を終えてよくまわりを見渡してみると、どうにも知っている場所にしか思えなかったのよ。
そして、やっぱりマグダットや、ガイア王国の話まで。まだ、半信半疑ではあるけど、そう考えるのが一番辻褄が合うのよね」
「そうですね。並行世界とかそういうことも考えましたが、暴れ赤牛の話なども含めると、過去に飛ばされていると考えるのが最も整合性がとれます。いずれにしても、信じられない話ですが」
「並行世界か。なるほど。それは思いつかなかったな。さすがルーね」
「いえ。おそらくそれはないと思いますが、その辺も頭の片隅程度には入れておきましょう。現状ではいわゆる時間旅行をしている可能性が高いと思われます」
「まだ確証はないけど、やっぱりそうなのかしらね」
「……」
「さて、考えてもわからないし、私たちももう寝ましょう。明日の行軍についていけなくなるわよ」
「そうですね。そういたしましょうか」
そしてアカネたちも眠りについていった。
「お姉さま、おはようございます」
「う、うーん」
朝日がこぼれてくるところにアイナから話しかけられて、アカネは目をこすりながら身を起こした。
「おはよう。アイナは朝から元気ね」
「はい。一番にお姉さまにご挨拶したかったですから」
「ふふ」
身支度を済まし、朝食をとった一行は、マグダット王国へ向けて出立した。
「これから森に入るゆえ、平原と比べて危険が多く、本日こそアイナ様は馬車での移動をお願いいたします」
「そうね。この森は魔物も少なくないようだし、カインの言う通りにしたほうがいいわ」
カインから釘を刺され、アカネからもそう進言されたため、アイナはしぶしぶ馬車での移動を同意した。
道すがら、アイナは同席したルーベンと何を話せばいいやら大層悩んだらしい。
マグダット王国への道中は、これといった大きな問題もなく、
時折、魔物たちの襲撃もあったが散発的なもので、アカネや騎士団たちの働きで無事に森を抜け、マグダット王国が見渡せる場所までたどりついた。
カインはアカネたちを招き寄せ
「アカネ殿。あれがマグダット王国です」
と紹介すると、彼女らの眼前には、どこか見覚えのあるような街並みと城が広がっていた。




