第1話:始まりの肖像画
小高い丘の上に立つ、アカネイト城。
周囲は緑豊かで、城下には町が広がっている。
城内はなかなかに発展をし、人々は活気にあふれ、日々を過ごしていた。
そんな城内の中庭で、ひときわ目立つ赤い髪をなびかせ、剣の稽古に励んでいる一人の少女の姿があった。
彼女の名前は「アカネ=マグダット」。このアカネイト王国の第一王女である。
齢は16になろうという年頃の娘には珍しく、一心不乱に剣を振り続けていた。
「98、99、100っと。ふー、少し一息入れようかしら」
額の汗をぬぐい、大きな木にもたれかかろうとしているところに駆けよる一人の青年。
彼の名は「ルーベン=スタッド」
耳にかかるくらいの茶色がかった髪と、眼鏡が特徴的で、年はアカネより8つ上である。
ルーベンの母親は、国王、いわゆるアカネの父の世話係を務めていたこともあって、それが縁でルーベンとアカネは幼馴染だ。
ルーベンは、城勤めをしていた母親の影響から幼いころから城内で過ごし、やがて王国内でも名門とされる王立高等学校に進学。
そこで、いくつかの分野でトップクラスの成績をあげて、周囲から一目を置かれる存在になっていった。
とりわけ経済学や歴史学を得意としている。
高等学校の卒業が迫っていたころ、ルーベンはアカネの教育係を打診された。
これは、アカネの父である国王がルーベンの評判を聞き、是が非にも娘の教育係にと願い出たのだ。
ルーベンも幼い頃から、城から少なくない恩恵を受けており、また知らない存在ではないアカネ。
平民と王女という珍しい組み合わせの師弟関係になるが、国王たっての願いでもあり、そこからはアカネの教育係を務めることとなった。
それからのルーベンはお転婆という表現では表しきれないアカネの日々の言動により、心労はすさまじいいものがあったようだが、それはまた別の話。
ルーベンは高等学校を卒業すると、そのまま城勤めとなり、将来を嘱望されている人材だ。
「アカネ様。また、剣の稽古ですか」
ルーベンは、少々呆れ気味にアカネに声をかけた。
肩口ほどまである赤い髪を一つに結び、すらっと伸びた細身な体には少々不釣り合いにも見える剣を手にしながら
「あら、ルー、何か用事かしら」
と、アカネは涼やかに声を返した。
「アカネ様。すでに剣の腕前は十分だということは皆に知れ渡っております。それ以上お強くなられてどうなさるおつもりですか」
アカネは幼少のころから、剣術に夢中だった。
独学で剣を振り、時には国の兵士たちの特訓に紛れたりしながら剣をふるっていた。
(絶対にあの人みたいな素敵なかっこいい剣士になるんだ)
アカネには憧れの人がいた。
少しでもその人に近づけるようにとアカネは、日夜研鑽を積んでいた。
家庭教師をしていたルーベンの目を盗んでは抜け出し、体力作りだと外にかけていくことも日常だった。
そんな日々を過ごしながら初等部に通っていたアカネは国主催の剣術大会が開かれていることを知った。
その大会は、厳かな大会といったものではなく、参加者は広く一般からも募集され、一大イベントや娯楽といった側面をもつ大会である。
しかし、大会に挑もうとする者たちのレベルは決して低くはなく
優勝やそれに準じるような成績を残したものは、国直属の部隊や役職に取り立てられることもあり、そこから出世していったものも珍しくない。
それゆえ、兵士や国仕えに憧れをもつ者たちにとっては非常に重要な大会だ。
ある日、国王は幼いアカネからその大会に出場したいとお願いされた。
「ははは。アカネよ。なんだ我が国の兵士になって、魔物とでも戦うつもりか?」
冗談としか思えなかった国王は軽口で返すも
「違います。私には憧れの女性がいるので、強くなりたいのです」
アカネは真剣な眼差しで返した。
はじめは、娘の戯れ言だと本気にせずあしらっていたが、何度も出場の直訴を重ねる娘におされ
「アカネよ。そこまで出場を懇願するのなら、それ相応の腕前がなくてはならん。我が国の兵士相手に一本をとることができたら参加を認めよう」
と、アカネに条件を告げた。
そうでも言えば諦めるだろうと国王は思い、また、万が一にも兵士たちが一本を取られることなどないだろうと考えていたからだ。
事実、まだ10歳ほどだったアカネは、兵士たちに挑むたびに毎回跳ね返さる日々が続いていた。
当たり前の話で、成人男性相手では、体力や技術などの差は歴然である。
相手は日替わりであったものの、誰が相手になったとしても、アカネよりも大きく力強いものたちばかりで、アカネは歯が立たないでいた。
しかしアカネは敗れるたびに、次はどうしたら勝てるだろうかと作戦を練り、また、もっと体力と技術も磨かなくてはと諦めるどころかますます情熱を燃やしていった。
初めて戦いを挑んでから二年余り、アカネは幾たびも兵士たちに挑み続け、初等部の終わりころ、ついに一本を取ることに成功した。
そのときのアカネの喜び方は尋常ではなく、まわりで観戦していた国王をはじめとする兵士たちからもわれんばかりの大喝采があがっていた。
数年前の戦いはじめの頃は、みな少女のお遊びだと思っていたが、いつしか兵士たちはアカネの本気を受け取り、真剣にアカネと向き合うようになっていた。アカネが勝利した戦いでは、相手兵士の足がもつれ、多少バランスを崩すという運もあったものの、運だけでアカネが勝利したと考えるものは誰一人としていなかった。
「お父様、これで剣術大会への参加認めてくださるわよね?」
国王は、娘を危険にさらしたくないと剣術大会への参加に難色を示していたものの、アカネの日々の頑張りが報われたという喜びもあり、ややしぶしぶにも参加を認めた。
念願かなったアカネは、意気揚々と剣術大会に乗り込んだ。しかし、やはりそこはどこから見ても普通の少女にしか見えないアカネ。ましてや、王女である。
参加者たちから
「王女様のお遊びだろ」
「王女を傷つけることなどできない。どうしろというのだ」
「国王様もなぜ、参加をお認めになられたのだ」
などと、大会参加に関して厳しい声があちこちから聞かれていた。
初参加のアカネの相手はケイといってなかなかの手練れであり、相手が誰であったとしても勝つことはなかなか骨が折れる選手だった。
闘技場にて、対戦相手が王女であることに困惑しているように見えたケイ(おそらくはどのように無難に勝つか、もしくは負けたほうがいいのか思案していたのだろう)
二人の対戦時間が迫り
「お願いします」
お互い礼を交わし戦いの合図がくだるや否や、ケイはアカネから猛攻を受け、身をたじろぐ。
アカネはここぞと畳みかけ一気に押し切ろうとギアをあげた。
思いもよらない激しい攻撃にケイは度肝を抜かれ、遊びじゃないと察してからは一転、的確に攻撃を防ぎ、徐々にペースをつかんで、最後は見事にアカネから勝利を奪った。
結果だけ見れば、アカネの一回戦敗退、ケイの順当な勝利、完勝といっていいだろう。
しかし、その女の子とは思えない戦いぶりは、見ていたものたちの心を掴んでいた。
2回目の参加からは揶揄するような声は少なくなり、それどころかアカネの剣さばきを一目見ようというものたちも増え、そしてアカネは、先月行われた5度目の挑戦にあたる大会で、とうとう優勝を果たしていた。
そのときの熱狂ぶりやすさまじく、当人はもちろん、ことさら周囲のものや民たちからの歓声が著しく、いまや、この国でアカネの実力を疑うものはいないほどである。
剣を持つ手をとめて、アカネはルーベンに向き合う。
「用事かしら、ではありませんよ。今の時間は国政についての講義といったはずでしたが」
「そうだったっけ? まぁ、その辺は弟のデュークに任せておけばいいのよ」
「そうだったっけ? ではありませんよ。アカネ様はまがりなりにも第一王女なのです。場合によっては、次期国王という可能性もある立場ですよ」
「そりゃぁ、そうだけど、でも、次期国王はデュークで間違いないでしょ」
アカネには、年が3つ離れた弟がいる。
王位継承権はその弟デュークが一位であり、アカネは次点という立場だ。
「それでも、王国を担っていく立場は変わらないのですから」
「もう、わかったわよ。ルーの意地悪」
「意地悪ではありません!!」
ルーベンの見立てでは、アカネは、頭は悪くない。むしろ、どちらかというと賢いほうだと思っている。
実際、中等部の試験でも一位とまではいかないものの、そつのない成績を残し、ときにはトップクラスの結果をだししていた。
しかし、あまり勉学には興味ないようで、昔から手を焼かされている。
「とにかくアカネ様、とりあえず書庫まで足をお運びください」
「もう、仕方ないわね」
アカネはぶつぶつつぶやきながら、稽古着から支度を整えると、あまり気が乗らないながらも書庫へと歩き始める。
道すがら城内の壁面には、歴代の王や、国に貢献した名士たちの肖像画が並んでいる。
それらは、数十枚を数えアカネイトの歴史を教えてくれているようだ。
アカネは、最近新たに飾られた一枚に目を向ける。
(これは、おじいさまね。心なしか、本物よりもりりしく描かれている気がするわ。そのうちお父様もここに飾られるのかしら)
端正な顔立ちを見せるアカネの祖父は、一国の王である威厳を十分に備えているように見える。
他にも、主なものは国王やその親族の肖像画が多い、中にはそれ以外のものもあるようだ。
(どれもこれも絵は上手なのだけどやっぱり心をひかれないのよね)
今、講義のために向かっている書庫には、先の見てきた肖像画とは一線を画す肖像画がある。
道すがら見てきた肖像画は城内に飾られているため、国民の多くは目にすることが難しいが、アカネイトの書庫は城とは少し離れた独立した場所にあり、国家の機密にかかわるような重要書物が所蔵されている箇所以外は、一般に広く公開されている。
そこには、国々の歴史に関わることから、様々な創作物、武芸、魔法に関わるもの、はては生活の知恵にいたるような書物もあり、さながら図書館として国民から愛されている。
そんな、書庫の中央部。誰もが目にする場所にその肖像画は存在する。
一人の剣士の肖像画だ。
アカネは幼いころからこの肖像画が大好きであった。
アカネが4~5歳の頃だったろうか。
お転婆だったアカネは
いつものように、側用人たちを困らせながら、城内を走り回っていた時のことだった。
「お嬢様、おまちください」
「あはは、こっちだよー」
「お嬢様ー」
息も絶え絶えに、あちこちから、アカネを呼び止めようとする声が飛び交う。
アカネは鬼ごっこをしている気分で、場内をあちこち動き回る。
医務室、会議場、食堂……
(みんな足が遅くてつまらないなぁ)
アカネが城を飛び出したそんな折、足を踏み入れた書庫にそれはあった。
年のころは15,6歳だろうか。
赤みがかった髪を一つにまとめ、剣を構える一人の少女の肖像画だ。
アカネは一瞬にして目を奪われた。
きれい、かわいい、かっこいい……
さまざまな形容詞があてはまりそうな少女が凛々しくも微笑んでいる。
草原の丘で剣士だと思われるその少女は、何か大きなことをやり遂げたあとのようだった。
少し憂いを帯びているようにも見える少女。
なかでも特徴的なものが綺麗な茜色の髪だった。
アカネは目が離せず、時間を忘れて見入っていた。
肖像画の女性のことがとても気になったアカネは、周囲に尋ねるも詳しいことを知っているものはおらず、ルーベンですらも伝説の女性であるという認識までだった。
それからのアカネは、時間があるときはその肖像画を見るために書庫へ立ち入り、いつしか、赤い髪の少女に憧れを抱いていた。
幼いながらに木の棒を振り回し剣士のようなまねごとをしては、周囲を困らせることもしばしば。
(絶対あのお姉さんのような剣士になるんだ)
アカネは、そうしたお転婆という一言では表せないような幼少期を過ごしていた。
講義のため、アカネとルーベンは書庫へとやってきた。
そこで、アカネはいつものように少女の肖像画の前にやってくると
「ねぇ、ルー、この肖像画の女性ってやっぱり今でも詳細は謎のままなのよね?」
「えぇ。そうですね。アカネ様こそご自分でいろいろ調べられているようですから私よりも詳しいのでは?」
「それがね、あてにならない噂話ばかりなのよね」
「そうですね。彼女は、このアカネイト王国に関する何か重大な活躍をした伝説の女性だということくらいしか」
「そう、それだけなのよね。どういう活躍をしたのかはわからず、山くらいある巨人を倒したとか、海から現れた謎の生物を倒したとか、どれもこれもなんか信ぴょう性にかけるのよね」
「そうですね。巷で聞く話はどれも荒唐無稽なものが大半をしめていますね」
アカネはふと、肖像画に目をやり
「ねぇねぇ、ところでさ、ルー。私だいぶ彼女に似てきたと思わない? 昔からあの絵を見ると元気が出て、なーんていうか、他人とは思えないのよね」
「ははは。他人とは思えないですか。確かに髪型や髪色も似ていますし、剣が好きそうというところは似ていそうですね」
アカネはあの女性に憧れを抱いて以来、その女性に少しでも近づくために、髪型を似せていた。
肖像画を見る以前のアカネは短い髪がお気に入りだったため、肖像画を見た以降のある日、髪が肩までかかりそうになったころ、母や父から
「アカネ、そろそろ髪を切るか?」
と声をかけられると
「嫌だーーーー!!!」っと
頑なに駄々をこね、両親を大層驚かせたらしい。
そういったことがあってから、アカネの髪の長さは肩より長く保たれ、一つにまとめればポニーテールが似合う、くだんの女性くらいの長さだ。
「結局いまだにどういう女性なのかわからないのよね。なーんかすごいことしたんだろうけど、あー……気になる。ミステリアスなところも悪くないんだけど、もう少し知りたいなぁ」
アカネは残念そうにつぶやいた。
そこで、ルーベンは瞳を伏せ、なにやら逡巡したのち
「アカネ様になら伝えてもいいのでしょうか」
「え? なに?」
「実は、あの女性にまつわる話で、代々、我がスタッド家に伝わっていることがあるのです」
「え?」
アカネは思わず身を乗り出した。
「数多の魔物を討伐したくらいの話は、人々の噂レベルの中にもあるでしょう。実は、当家にはもう少し具体的に話が伝わっていまして……」
「そうなの?!」
アカネはその話を聞いて心が躍った。
「で、どんな活躍をしたの?」
「それは伝説の竜を退けたという」
「え? 竜?」
「はい。今でこそ神話で語られるような存在の竜ですが、かつては存在しており、今でも竜の痕跡を残す文献や跡地は数多く存在しています」
「そうみたいね」
「かつては、この大陸には竜が跋扈し、この国どころか人類の危機もささやかれていたと聞きます」
「えぇ。何度か聞いたことがあるし、学校でも学んだわ。確か大賢者様が、竜の親玉を封印して事なきをえたのよね」
「そうですね。そう伝わっております。しかし、実はその後、その親玉とされる竜が復活し、彼女がその竜を討伐したという話が我が家には伝えられているのです」
新事実にアカネは驚きを見せつつも、興奮し
「ねぇ、ルー。 その話って真実なの?」
「それはわかりません。巷でよくある噂話の一つにすぎないかもしれません。ですが、我が家にはなぜか、それにまつわる話が伝えられており、また、軽々に口外を禁ずるとも言われておりまして」
竜とはかつて、国をいくつも滅ぼしたといわれる魔物だ。
巨大な体躯から繰り出される鋭利な爪からの攻撃、火を吐くようなものや、他にも不思議な能力を持つものがいたようだ。
そのなかで飛び抜けて強く、すべての竜を統べていたものが、竜の親玉、黒竜王である。
ルーベンは話を続ける。
「彼女は、アカネイト、いやその頃はアカネイトという国名ではなかったかもしれません。そこに現れた恐怖の象徴とも言われる黒竜王を仲間たちとともに討伐したという」
「それって大賢者様のときとは、全く違うの?」
「えぇ。我が国で語られている黒竜王との戦いは大賢者様とのものだけで、いわゆる肖像画の彼女が活躍している話は民間レベルでは全く伝わっておりません」
そう口にし、ルーベンは話を続ける。
「ですが、もし、この話が事実だとしたらなぜそのときの話が伝えられていないのかが謎であるため、この話もまたやはり噂の域をでません。しかし、なぜか当家には具体的に聞こえる話があるのです。嘘か真か他にも当時の様子などいくつか……」
話を続けるルーベンをしり目に、アカネは興奮を隠せず
(やっぱり。私がときめく女性だもの。それくらいの活躍していて当然よね!!)
アカネはなぜだかルーベンの話を嘘だとは思えなかった。
「で? 名前はなんていうの?」
「それがかなり昔のことですので、名前が伝わっていないのです。というよりも最初から名前が伏せられていたようなふしもあり……」
「あの絵の女性の生い立ちなどに関わるような情報は一切残されておらず、ただ、先ほど述べた国難にあった我が国を救ったという言い伝えが残されているのみなのです」
「えー。名前はやっぱりわからないのか。残念……」
「まぁ、結局のところこの話も言い伝えなだけで噂話の域をでません」
「でも、ルー。なんでそんな大事なことを話してくれたの?」
「なぜでしょう? 私にもわかりませんが、なぜか話さないといけないという気になりまして……」
講義のためにやってきた二人だったが、すっかり話に夢中になっているそのときだった。
肖像画の少女がきらりと光を帯びた。
「え?」
アカネは驚き、肖像画に近づこうとすると
「少し話過ぎましたかね。今日の話は私の戯れ言だと思ってください。他言は無用でお願いします。さて、アカネ様。そろそろ講義を始めましょう」
ルーベンは気がつかなかったのか肖像画から離れ机に向かおうとする。
「いや、ルー。今、絵が光ったんだって」
「?? アカネ様何をおっしゃっているんです。そんなことあるわけないでしょう」
「本当なんだって」
「勉強をしたくないからといって、そういうわかりやすい嘘はどうかと思いますよ」
「いや、だから本当なんだって」
最初は嘘だと思ったルーベンだったが、あまりにも真剣な剣幕のアカネをみて
「本当…… なんですか?」
「本当よ。ね、ルーベンちょっと絵を調べてみましょう」
実際は何かしらの光が反射でもしたのであろうと思うルーベンだったが
「わかりました。何もなければ今度こそ講義をはじめますよ」
「えぇ。かまわないわ」
そろりそろりと二人は肖像画の前に近づきアカネが手を伸ばし額縁に触れようとすると、少女から発せられた大きな光が二人を包んだ。
「えっ?」
「なっ?」
二人はなすすべもなく光にのみこまれていった。
「う、うーん」
気が付くと横たわっていたアカネは、目をこすりながらあたりを確認する。
そこは、周囲には何もない草原だった。
一本道があるだけで、まわりは雑草が生い茂り、ところどころには林も見える。
「え? なになに?」
アカネは慌てふためきつつ、近くには同じように倒れていたルーベンを発見して少し安堵する。
「ねぇ、ルー、ちょっと起きて!! ここどこなのよ」
ルーベンはアカネに揺さぶられながら徐々に意識を取り戻す。
「う、うーん。アカネ様。ご無事ですか?」
ねぼけまなこのようなルーベンの返答に
「ご無事だけど、無事じゃないわ。いや無事なんだけど」
自分でもわけがわからないことを言っているなと思いながらも
「アカネ様。まずは、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるわけがないでしょう。ここどこよ。明らかに書庫じゃないわよ」
ルーベンも意識がはっきりしてくるにしたがい、ただ事ではないことは認識していた。
まずは現状認識が重要だとアカネを落ち着かせ
「私も、異常事態が発生していることは認識しております。なので、まずは現状を整理してみましょう」
「え。えぇ。そうね」
「まず我々は、書庫にいた」
「そうね」
「そして、肖像画の前に立った」
「そうね」
「すると、光に包まれた」
「そうね」
「……現在に至る、と」
二人の間にしばしの沈黙が起きる。
「……さっぱりわかりませんね」
ルーベンの一言に思わずずっこけそうになるアカネ。
「何か考えられることがあるとすれば、あの肖像画に誰かが転移魔法を仕込んでいて、それによってどこかにとばされたのか……」
「しかし、転移魔法は高度な魔法でなおかつ、誰が対象になるかもわからないものを仕込むというのも考えにくく。いや、対象をしぼって対象者が近づいたときにだけ発動するとか……」
ぶつぶつと考えこむルーベンをよそに
「あー、もう、なにもわからないじゃない!!」
とアカネが叫びながら立ち上がったときだ。
少し先に黒山の人だかりが出来ていた。文字通り黒い何かが集まっている。
「ね、ねぇ。ルー、あれ何かしら?」
アカネから呼びかけられ、ルーベンもそちらに目を向けると馬車のようなものが見えてその周りを何か黒いものが覆っていた。
周りだけではなく、よく見ると空にも黒いものが複数存在している。
「あれって、切り裂きカラス?」
アカネは言う。
「そのようですね。しかし、あれほどの大群でいるのは初めて見ました」
「それよりも、あれって、誰かが襲われているってことよね? 助けなくっちゃ!!」
切り裂きカラスとは通常のカラスの4~5倍ほどの大きさを持ち、なかには10倍以上ほどの大きさを持つ個体もいる。
特徴としては、大きな口ばしでの攻撃を得意としている魔物で空から対象者を襲う。攻撃自体は単調で、単体では脅威が少ない魔物だが、知能はそこそこ高く群れをなして行動することもしばしばで、集団では連係プレーも見られるなかなかやっかいな魔物だ。
そして、今アカネたちの前にいる群れは少なく見積もっても、30羽程度はゆうにいるように見受けられる。単体では脅威が少ないといってもあれだけいれば話は全く違ってくる。
「アカネ様!!」
ルーベンがアカネを引き留めようと声をかけるよりも早く、アカネは、黒い集団に向かって走り始めていた。
「アイナ様、決して馬車から身を乗り出さぬよう」
「でも、カイン。とても数が多く見えるわ」
「大丈夫です、多勢といっても所詮は烏合の衆。切り裂きカラスなどわれらの敵ではありません」
「いいえ、こんなときこそ私が役に立つのでは」
アイナと呼ばれるその女性は、身にまとっているドレスやきらびやかな恰好とは裏腹に、腕まくりをして切り裂きカラスに立ち向かう気満々なようだ。
年のころはアカネと同じくらいか、少し年下だろうか。黒めで肩より短めな髪型をしており、豪奢な着こなしは平民とは一線を画している。
カインと呼ばれた男性もまた、平民には見えず、鎧を着こんでおり、年は24~5だろうか。薄緑色でルーベンと同じような髪型をしていた。
慌てた様子でカインは
「いえ、アイナ様のお力を借りるのはまだ早い所存です。切り札として備えていてください」
「むぅ、カインがそういうなら待機しますが私の力が必要になったら遠慮せずにすぐに声をかけるのよ」
「は、かしこまりました」
アイナは、幼き頃から英雄の書物や、戦記物などを読むことが好きでヒーローに憧れがあった。
また、何よりもアイナは、とある王国の王女であり、人々を守ることは自身の責務であるとも考えていたため、
積極的に戦いに加わろうとしていたのである。
しかし、自身の戦闘能力は……
(さて、アイナ様にはあぁいったものの、戦況としてはあまり芳しくない。なにより数が多すぎる)
カイン側の戦力はカインを含め4人。その他にもアイナを含め何人かがいるが、みな戦闘要員ではない。
馬車内外でおびえた様子だ。
「騎士団たちよ。馬車を囲むよう四方に配置に着け!!」
「はっ!!」
騎士団と呼ばれたものたちが馬車を覆い敵の襲撃に備える。
(カラス相手にそう簡単に突破されるとは思えぬが、あれだけの数、一斉にどこかを攻められたらさばききれない。かといって誰かが持ち場を離れるとそこから突破されてしまうおそれがある)
数羽の切り裂きカラスが、四方から別々の剣士たちに襲い掛かる。まるで、相手の力具合を探る偵察のようだ。
騎士団たちはそれぞれ迎い撃ち、攻撃をはじき返す。
「ジョージ、マイク、タケ大丈夫か?」
呼ばれていた騎士たちはカインよりも年下だろうか。がっちりと体制を整え
「もちろんです!!」
「カラス程度におくれをとるほどではありません!!」
と、力強く返答する。
「よし、このままアイナ様をお守りするぞ!!」
「はい!!」
騎士団と呼ばれるものたちは襲い来る切り裂きカラスをものともせず交戦し、すでに、数羽は絶命していた。
しかし、切り裂きカラスたちは数羽が討ち取られていることとは裏腹に、依然一羽の、おそらくボスと思われる個体のもと統率が取れており、戦況は膠着していた。
(このまま、散発的な攻撃が続いてくれればいいのだが、果たしてそううまくいくだろうか)
そんなカインの不安は的中する。
ボスは、一人の騎士に狙いを定めたようで一斉に襲い掛かっていった。
「ジョージ!!」
カインが叫ぶや否や、ジョージのもとに10羽を超える切り裂きカラスが群がる。
「な、くっ」
応戦するも多勢に無勢か、ジョージは剣を弾き飛ばされた。
「しまった!!」
ジョージはすぐさま、予備の短刀を手にし何とか体制を立て直そうと試みるが、劣勢なのは明らかだ。
カインたちはジョージの救出を考えるも、その隙を、残った切り裂きカラスたちが狙っているようで、うかつに動き出すことができない。
(このままではまずい。何か手をうたなければ)
カインが思考をめぐらしているところに
「ジョージ!!」
カインとは違うジョージを呼ぶ声が聞こえた。
ジョージの危機に思わずアイナが馬車から身を乗り出し叫んでいたのだ。
「アイナ様、お下がりください」
カインが叫ぶよりも早く、待ってましたといわんばかりに、今まで指示を出していたとみられる個体がアイナを急襲する。
「アイナ様!!」
「きゃーー!!」
アイナの悲鳴が聞こえたその時
「これ、借りるわよ!!」
颯爽と一人の少女が現れた。
周囲の驚きをよそに、さきの戦闘でジョージが落とした剣を拾い上げた少女・アカネは、アイナに襲い掛かる切り裂きカラスに飛びかかり
「どっせーーい!!」
掛け声のもと瞬く間に切り裂きカラスを両断した。
「なっ」
馬車の四方から声にならない声があがる。
ボスと思われる切り裂きカラスを倒したアカネは、こともなげにアイナに声をかけた。
「大丈夫だった?」
「は、はい」
アイナは、呆然としながらも、ヒーローのようなその少女に見とれていた。
「さぁ、次はだれ?かかってきなさい」
アカネは身構えながら声をあげる。
すると、それまでジョージを襲っていたものたちや、空中で待機していたものたちは、ボスを失ったためか、ひどくうろたえはじめ一斉に四方八方に飛び去って行ってしまった。
「あら、もう終わり? これからってときだったのに」
アカネはつまらなさそうにつぶやく。
ふぅっと一息ついたアカネは
「無事でよかったわ」
と、アイナに微笑みかけた。
先ほどまでの修羅場とは打って変わって、安堵した空気が漂うところからカインがアカネに近づき
「何者かわからぬが、危機を救っていただきかたじけない。大変助かった。言葉では言い表しようがない。アイナ様に何かあった場合は私はもはや生きていられなかった」
カインは、アカネに深々と頭を下げた。
「我々からも感謝申し上げます」
ジョージたちも同様にカインに続いて深々と頭を下げた。
「いいってことです。困ったときはお互い様ですよ」
アカネは当然だという表情でそう答える。
そこに、ルーベンがようやく追いついてきた。
「アカネ様、ご無事ですか」
「あら、ルー遅いわね。もう終わっちゃったわよ」
「終わっちゃったわよ、じゃありませんよ。何かあったらどうするつもりだったんですか」
「大丈夫、大丈夫。何もなかったじゃない」
息をきらせたルーベンをよそに、アカネはカインに話しかけた。
「ねぇ、そこのかっこいい騎士さん」
「私たち、道に迷ったというかなんというか、言っても信じてもらえないかもしれないんだけど突然ここにとばされまして、とりあえずここはどこなんでしょう?」
そこにルーベンも口をはさむ。
「おかしなことを言ってると思われるかしれませんが、事実でして。気が付くと我々はここに立っていたのです」
二人の発言に、まだ先ほどの戦闘の興奮冷めやらぬカインは、自分を落ち着かせながら
「何やらただならぬ事情がありそうだが、まずは名前くらい名乗らせてくれ。私は、カイン。カイン=シーカーだ。して、貴公たちは? 身なりからしてどこかの貴族や王族にも見受けられるが」
カインは微笑みながらアカネに名乗る。
「これは大変失礼いたしました。私はルーベン=スタッド。そして、こちらが」
「私は、アカネ。アカネ=マグダットよ」
すると、それまでにこやかな顔をしていたカインたち一同の顔が、驚きの表情へと変わっていった。




