第15話:草原の激突 4
(なんだ? 今の声は?)
カインは、どこからか聞こえた声を気にしながらも、作戦の遂行を優先しミアに視線を向ける。
ミアもそれに応えて、小さな動作から詠唱をはじめると
「カインさん、いきます!! ウインドカッター(風の刃)」
ミアが魔法を唱えると、大きな風が巻き起こりたちまち魔物の群れに襲い掛かった。
するとこちらの予想通り、いたずら猿たちは、自らのまわりに風魔法を軽減させる魔法を唱え始めている。
麒麟や水妖馬はいたずら猿からの支援もあって、なんとか風魔法をこらえているようで、あまりダメージはなさそうだが、動きを封じられていた。
一方、三角サイは、麒麟たちとは異なり、魔法そのものに耐性があるため、ダメージも低くいたずら猿の支援魔法によって動きの制限も徐々になくなりはじめると、こちら側を見据え突撃の準備をはじめていた。
(よし、こちらの予想通りだ)
カインは、内心ほくそ笑むと
「騎士団の皆さん、ここまではこちらの狙い通りです。あとはうまく自分たちが囮となってこちらにひきつけましょう。危険な役目ですが、みなさんお願いします」
「おー!!」
ここでも、少ない人数ながらも大きな声が上がる。
「ミア様に近づかせぬよう、なんとかこちらに向かわせるのだ」
「あぁ。ミア様ならきっとなんとかしてくれる」
「我々マグダット騎士団の力を見せつけるときだ」
騎士団たちは、それぞれ気合を入れて、カインとともに、ミアたちと魔物たちのちょうど中央にあたる広々とした場所を目指して飛び出していった。
(うん。予定通り、三角サイ以外を足止めできている。あとは、カインさんたちがうまくおびき出してくれれば、きっとお父さんが決めてくれる)
ミアは、目の前の出来事をなぞらえながら、アルバンの方に顔を向ける。
遠すぎてアルバンの表情は全く分からなかったが、アルバンなら必ず応えてくれると信じていた。
「アルバン様。どうやらはじまりましたね」
「あぁ、そのようだね」
アルバンたちはミアの仕掛けに注視している。
風魔法を魔物の群れに放ったことで
「やはりミアは、三角サイを釣りだそうとしているのだろう。確かに、あれだけの広範囲にわたる敵と耐性持ちではさすがのミアも一掃できないと判断したのだろう。懸命だね」
アルバンはすこし微笑みながら頷く。
リロイは、自分なりに推論を立てながら
「三角サイだけを動ける程度に、その他をその場に押しとどめながら、三角サイが集まってきたところを一網打尽にしようということでしょうか?」
「あぁ。それで間違いないと思う。誰が立てたかわからないけど、悪くない作戦だね。ただ、全員がうまく一か所に集まってくれるとも限らないし、不測の事態は起こりえるだろうから、リロイくんもいろいろ想定しておいてくれると助かるよ。もちろん私も力を尽くすし、ミアも何かしらは考えているだろうけどね」
「わかりました。それでは私は麒麟たちの動きを抑止するためアルバン様が大穴をあけると同時に、麒麟たちの前には逆に土壁を出現させてけん制いたしましょう」
「お? それはいいアイデアだね」
「ですが、私の力ではあれほどの広範囲をすべて覆うような壁はもちろん、進行を食い止めることもおろか、跳躍すれば飛び越えられる柵のようなものしかだせないでしょう。ですが、一瞬でも気を引いたり驚かせたりすることはできるはずです」
「あぁ、わずかでも、時間が稼げればそれだけ、ミアたちを有利にできる。それでいこう」
「はい!!」
アルバンたちはそれぞれに準備をはじめる。
やがて風魔法をかいくぐるように、三角サイたちが体勢を整えこちらへと突撃を開始した。
麒麟たちはいまだに、風の影響で自由を奪われている。
「さぁ、来い!!」
カインは一声あげるとともに、手足を大きく広げ無防備に草原の中で立ち尽くしている。
他の隊員たちもカインと同様の格好をして、隙だらけなところをアピールし、声をあげてこちらに誘導しようとしていた。
この状態で三角サイの突撃を受ければ致命傷は免れないであろう。
それでも、誰一人ひるむことなくその場から離れなかった。
(大丈夫。きっと、ミア様なら……)
カインたち一同は皆、同様の思いで立ち向かっている。
すると、三角サイの群れもこちらの思惑通りに大半のものたちがカインたち目掛けて突進してきた。
その群れの勢いは恐怖を感じるには十分すぎるほどで、思わず逃げ出してしまっても仕方ないほどである。
それでも、全員が目を見開いて、三角サイから目を離さない。
そして、数十頭がいよいよカインたちの目の前に迫ったときだった。
「アースホール!!(大地の大穴)」
大きな地鳴りの音とともに、カインたちの目の前に大きな穴が出現する。
アルバンは遠く離れているにも関わらず、正確に三角サイたちを誘い込める位置に穴をあけていた。
カインたち目掛けて突進していた三角サイの群れは、突如出現した穴になすすべなく唸り声をあげながら、次々に落ちていく。
その穴の大きさは、20体近く飲み込んでいるにも関わらずまだまだ余裕があるほど、広く深いものである。
なかでは、三角サイたちが体をばたつかせながらうめき声をあげていた。
まさにその姿は地獄絵図のようである。
(さすがお父さん!! やっぱり、私たちの意図をくみとってくれてました)
ミアは、一瞬アルバンの方へ顔を向け、アルバンもまた、ミアには見えるわけもないが軽くウインクをしている。
(す、すごい…… さすがアルバン様だ。先ほどの火の壁にしろ、この大穴にしろ、これだけの規模の魔法。ましてや、属性が違う魔法なのに、こともなげに繰り出してしまう。アルバン様が大賢者の子孫でもおかしくはないほどだ…… おそらくは才能ももちろんだろうが、絶え間ない努力もあってのことだろう。私は、この域にたどり着くことはできるのだろうか……)
リロイは次々に見せつけられるアルバンの実力に圧倒されていた。
「さぁ、準備は整った。次はリロイくん、ミアを援護してあげてくれ!!」
「は、はい」
リロイは慌てて、魔法を放つ体勢を整えミアを見やる。
一方のミアは、ほとんどの三角サイが穴に吸い込まれていくのを確認すると、風魔法の詠唱をやめ、大穴目掛けて雷魔法の準備を始めた。
カインたちも雷撃に備えてその場から退避しはじめる。
その一方、風がやんだことでそれまで右往左往していた麒麟たち魔物の群れが、まだうろたえながらも正気を取り戻し始めていた。
(ここで時間をかけたら、麒麟たちが動き始めてしまいます。素早く仕留めないと)
ミアは、いつもよりも急ぎ気味に詠唱を始めるが、それでもあの数の三角サイを討ち落とすには莫大な威力を要するため、ミアといえども詠唱までに多少の時間を必要としていた。
やがて、麒麟たちに怪しい動きが見え始める。
その動きを察知したミアは
(まずいわ。もう少しなんだけど……)
「アースウォール!!(大地の壁)」
今まさに飛びかかろうとしていた、麒麟たちの群れの前に今度は土の壁が突然出現した。
数十メートルは続いているであろう群れの前には、高さ一メートルほどの壁が出来ている。
それこそ、ここにいる魔物たちであればその程度の高さを飛び越えることは容易ではあるが、一瞬怯ませることには十分だった。
「はぁ、はぁ。私の力では、これが限界です」
リロイは息を切らせながら、アルバンに話しかける。
リロイとしては、大型の高難度な魔法を唱えたという自負があるが、先ほどからのミサやアルバンの魔法を見せつけられているため、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
(やはり私では、この程度のレベルですね……)
しかし、アルバンは満面の笑みでリロイにねぎらいの言葉をかける。
「リロイくん。ばっちりだね!!さすが、アランくんからの信頼があついことも理解できるよ」
自分では不出来としか思えていなかったが、他意のないアルバンの言葉にリロイは、少し心が弾むのだった。
(ありがとう、お父さん!! これで、大丈夫!!)
「みなさん、もっと離れてください!!」
ミアは、魔物をさえぎる一連の流れがアルバンたちによるものだとわかると、一層詠唱に集中。手はずを整えると、カインたちにさらに離れるよう警告し、魔法を解き放った。
「サンダーボルト!!(裁きの雷)」
ズゴゴゴッ、ドガーン。
ミアの一声から放たれたその一撃は、三角サイがうごめていた大穴を補って余りあるほどの大きな雷の塊が襲い、一瞬で穴の中のものたちを絶命に追いやっていた。
それは落雷と表現していいものかわからず、さながら大木のような太さの雷が大穴から生えているかのようであった。
やがて雷が消え、爆風がはれていくと、そこには角が粉々に粉砕され、焼け焦げた三角サイの死骸が折り重なっている。穴の周囲に茂っていた草花も跡形もなく消しとんでいた。
その威力の凄まじさに、一同はあっけにとられている。
(な、なんという魔法なんだ。話には聞いていたが、これほどとは…… それに、まだまだ余裕がありそうに見える)
カインもまた、初めて目にするミアの力に驚きながらも、ミア目掛けて襲い掛かる影を発見した。
運よく大穴を避けていた、2体の三角サイたちがミア目掛けて突進していたのだ。
「ミア様!!」
カインはミアのもとに駆けつけていくも、それよりも早く
「任せろ!!」
ドーンの声とともにミアのもとで陣取っていた重騎士団たちが、瞬く間にミアを取り囲み、激しい衝突音を伴いながらも三角サイの攻撃を受け止めた。
なかには、突撃の勢いに吹き飛ばされるものもいながら、見事に防いでみせる。
「ドーンさん、大丈夫ですか?」
ミアはすさまじい衝撃の音にドーンを心配そうに見つめながら声をかけた。
「なぁに、これが我々の役目ですから。なぁ、みんな」
なかには、ダメージを負っているものもいたが、みな一様に
「はい、問題ありません。盾となることがわれら重騎士団の仕事です」
騎士団たちの笑顔での返答に、ミアはほっと胸をなでおろした。
側では、駆けつけたカインたちが立ちすくんでいる三角サイたち目掛けて剣戟をふるい、残党の処理に成功していた。
「やりましたね、ミア様」
「はい。カインさんの作戦と、お父さんたちのおかげです」
「ですが、まだこれからです」
「そうですね。次はどういった作戦を……」
カインとミアは見事に三角サイの群れを一掃し作戦の成功を喜ぶも、気を引き締め直し、あらためて残りの敵と対峙する。
するとそこには奇妙な光景が目に入った。
三角サイに放たれた雷撃を見たことで動揺しているのか、いたずら猿たちが慌てふためき、一体、また一体とこちらに背を向けながら逃亡をはじめていた。我先にと草原をかけ抜けていく。
いたずら猿たちは散り散りに走り去りあっという間に視界から姿を消した。
それを目にしたカインは
「?? どうやら、ミア様に恐れをなしたのか、いたずら猿たちが逃走していますね。もともと戦闘力はたいしたことない種族ですから、恐怖心が勝ったのでしょう」
「カイン殿。追いうちをかけますか?」
カインは、騎士団たちからの問いに
「いや、本来なら、追い打ちをかけるところでしょうが、ここはやはり、目の前の敵に集中しましょう。麒麟に水妖馬という手ごわい敵が相当数残っていますから」
「そうですね。承知いたしました」
カインたちは改めて魔物たちと向き合っている。いつの間にか魔物たちの前に出現していた土壁は姿を消しており、麒麟たちは凄まじい殺気でこちらを睨んでいた。
水妖馬はいまだ様子をうかがっているふうであるが、怒気を含んだ多くの麒麟たちは、今まさにこちらに向かって攻撃を開始した。
いきなりの襲撃に作戦の立案はままならず、カインやドーンたちは身構えるも、全身から炎を噴出させた麒麟の群れが、こちらに向いながら大きな火炎を放ってきた。
その炎は人間一人くらいなら簡単に焼き尽くしてしまうであろう勢いを備えている。
ごぉぉという轟音とともにカインたちに襲い掛かってきた。
「みんな気を付けて!!」
カインは、発声とともに身を低く構え、どうにか炎を避けようと考えていた。
そこにミアが一人、前に出る。
「みなさん、下がってください」
「ウインドウォール(風の壁)」
ミアから放たれた風はカインたちの前に、猛然と吹きすさぶ風の壁を作り上げていた。
その威力は、麒麟たちが放った決して小さくない、大きな火炎をすべて吹き飛ばすほどのもので、次々と迫りくる炎を消し去り続ける。
これには、麒麟たちも突撃を中止したようで、いったん退きこちらをうかがっている。
しかし、その顔付きは殺気立ったままで今度は雷撃へと切り替え、再びカインたちに襲い掛かった。
先ほどの炎と同様に、今度は雷の矢のようなものがカインたちに襲い掛かる。
ひとたび受ければかすり傷ではすまない威力であることは明白だ。
すると、今度はカインたちの前には巨大な土の壁が出現した。
「アースウォール(大地の壁)」
ミアは先ほど魔物たちを足止めしていた土壁とは比べ物にならないほどの大きく分厚い壁を出現させ、雷撃を打ち消していく。
「ミア様、大丈夫ですか?」
ミアのもとに駆けつけたカインはミアを気遣いながら
「はい。これくらいなら大丈夫です。ですが、相手の攻撃も数が多く威力もあるため、防戦一方になってしまっていますね」
「いえ、それでも、私どもだけではどうにもできませんでした。こうして無事でいられるのはミア様のおかげです」
カインの言葉に、騎士団たちも同調する。
「やっぱりミア様はえげつねぇなぁ」
ドーンもまたミアの勇姿に感嘆していた。
一方、火による攻撃も雷による攻撃も防がれたことで麒麟たちはたじろぎ、後方に向き直り、水妖馬となにやらコンタクトをとっているようだった。
すると、水妖馬が何やら攻撃の準備をはじめている。
この草原では水源があまりないため、本来ならそれほど大きな水を操ることは不可能であったが、数十体で群れているため、力を結集して津波を起こそうとしていた。
そして、麒麟たちはその津波目掛けて雷撃を放ち、電撃を帯びた水がカインたちに襲い掛かる。
わずかに攻撃を受けるだけでも大ダメージは免れないことは容易に想像できる大津波が、水など何もない草原から生み出されていた。
(こ、これはまずい…… 水滴一つ浴びるだけでも致命傷になりかねない……)
「みんなできる限る遠くへ!!」
敵の攻撃の意図を察知したカインだったが、自らでは防ぐ手立てもなく一同に避難を促すだけで精一杯だった。しかし、ミアは敢然と向かい受け
「ファイアーウォール(火炎の壁)」
目の前に迫る巨大な津波を蒸発させるほどの分厚い炎の壁を出現させ、電撃ともども攻撃を完璧に防ぎきっていた。
その炎の壁は先ほどミサが繰り出していたものと遜色ないレベルである。
次々と起こる魔物たちの苛烈な攻撃にも、ミアは顔色一つ変えずに対応し、カインは目の前で次々と起きる信じられない光景をただただ見つめているだけだった。
後方でミアたちを見守っているアルバンたちもまた、一連の流れに
「うーん。ミアを手助けしようかと考えていたけど、どうやら私の出番はなさそうだね」
アルバンは苦笑いとも受け取れるなんともいえない笑いを浮かべながら頭をかいている。
リロイはミアから繰り出される数々の魔法の威力に、本日何度目かわからないほど、驚愕させられ、もはや思いつく賛辞や驚嘆の言葉がなかった。
一方、麒麟たちはすべての攻撃が防がれたことに動揺しているようで、落ち着かない様子がみてとれた。
「さぁ、ここから反撃ですね」
ミアの言葉に、驚きのあまりぼうっとしていたカインは我に返り気を取り直す。
「そうですね。こちらから仕掛けましょう」
騎士団たちもまた
「よし、今度は俺たちもいいところをみせないと」
「あぁ、ミア様ばかりに頼っていられないぜ!!」
ここぞとばかりに張り切っている。
そのときだった。
「もうよい。下がれ」
どこからか低く重みのある声が聞こえてきた。
カインは、戦闘前にも耳にしたその声に反応し
「ミア様!!」
「は、はい。なにか、声が聞こえ……」
カインたちはその声の主を見つけるべく周囲を見渡すと、その声に反応したのか、対峙していた麒麟や水妖馬たちは、みな身を翻して、いたずら猿同様に四方八方へと散り始めていた。
「え?」
思わぬ光景にカインたちは唖然とするも、魔物たちはあっという間に見えなくなっていってしまう。
やがて、目の前にはいつもの草原が広がっているだけであった。
魔物たちがすべて逃亡するという予想だにしていなかった状況に、カインはいま一つ腑に落ちずにいる。
ミアや騎士団たちもみな同じ気持ちを抱えているのは見て取れた。
「これで終わったのでしょうか?」
カインはなんとも言えない気持ちでミアに話しかけた。
「はい。わかりませんが、そうなのかもしれません。それに、あの声はなんだったのでしょう……」
「えぇ。あの声は気になりますね。しかし、見渡せる範囲には声の主どころか、生物の姿すら見当たらないようで……」
カインたちの周囲はまさに見渡す限り草原が続いており、先ほどの声を出すような生命体はどこにもいない様子だ。
「とりあえず、魔物の群れが去ったことは事実なようですから、ここは兄上たちと合流いたしましょう」
カインはひとまず脅威は去ったのだと自分を納得させ、アランたちのもとへと向かうことを提案した。
「そうですね。考えていても仕方ありません。お姉ちゃんたちはまだ戦っているかもしれませんし」
ミアもまた自分を納得させているようだ。
カインは、一つ深呼吸を入れると気持ちを切り替え
「騎士団のみなさん。何か釈然としないものを抱えているのはわかります。私も同じ思いです。しかし、魔物たちがいなくなり、ひとまずの脅威がなくなったこともまた事実。これよりは、兄上たちの救援に向かいたいと思います。もうひと働き、ご協力お願いします!!」
「おー!!!!」
騎士団もみなもやもやとした気持ちでいたが、カインの言葉に気持ちを切り替え、雄たけびをあげると一同はアランたちのもとへと向かいはじめた。
大きな影が迫るアランたちのもとに。




