第10話:招集
アカネたち一行が城内の会議場にたどり着くとそこには何人かの者たちがすでに着席しており、その中には見知った顔も混じっていた。
その中の一人アランは
「やぁ、アカネちゃん、また会ったね」
小声でアカネに向かって軽く手を振りながら声をかけた。横にはリロイも着席している。
一方で
「父さん」
「お父さん」
ミサたちからも声があがる。
「やぁ、ミサにミア。久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
ミサたちが父だと称したものは、30代くらいの柔和な顔つきの優しそうな男性だ。
雰囲気から理知的な感じも漂わせている。
「父さんもこの会議に呼ばれたの?」
「いや、呼ばれたというよりも私が持ち帰った情報によって、今、会議が開かれようとしているんだ」
「え? そうなんだ。じゃぁ、この間の報告に何か問題が?」
「いや、この間の報告に間違いがあるわけではないが、周囲の情報を集めていくうちに思った以上に魔物の動きが活発になっているようで……。詳しくは会議で説明するよ。さて、アイナ王女も久しぶりだね。いつもミサたちと仲良くしてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、ミサちゃんたちと会えるのはいつも楽しみにしています」
「ところで、そちらのお嬢さんは? 見かけない顔だけど……」
ミサたちの父は、アカネの方を向きミサたちに問いかける。
「父さんにも紹介するわ。こちらは、アカネ。訳あって素性は明かせないけど、いいとこのお嬢さんよ」
ミサの一言で何かわけありなことを察したであろう姉妹の父は
「はじめまして。私は、アルバン=ターナー。ミサとミアの父親です。二人と仲良くしてくれているのかな? これからも娘たちをよろしく頼みます」
アルバンはぺこりと頭を下げる。
アカネもまた一礼して、自己紹介をはじめた。
「はじめまして。私は、アカネ=マグダットよ」
マグダットの名を口にしたとたん、アルバンの眉がぴくりと動いたが、すぐさまにこやかな顔に戻る。
「マグダットと言っても、今のマグダット王国とは関係ない人間だと思うわ」
アカネは何か含んだような物言いで、お茶を濁した。
「お二人と知り合ったのはつい最近だけど、こちらこそ親しくお付き合いしたいと思っています。よろしくお願いしますね」
そう言ってもう一度深々と頭を下げた。
「ふふ。あなたの雰囲気を見るにミサに言われるまでもなく高貴な人間であろうことは誰でも気がついてしまいますね」
アルバンは、アカネの素性については何も問いかけてこず、そう言ってにこっと微笑んだ。
そのとき、後方より
「おぉ。アカネたちも到着したか。では、これで、みな揃ったかな。始めよう」
国王が声をあげながら室内に現れた。
アカネたちも急いで、空いている席へと着席する。
参加者は10数名程度であろうか。半分ほどはアカネの知らないものである。
「早速ですまないが、この度のことは国の存亡ひいては世界の危機と認識しておる」
唐突の始まりに、国王は続ける
「皆も知っての通りの魔物の活性化現象について発表したいことがある。とある事象が原因であることはもはや間違いないであろう。それは、ずばり黒竜王の復活だ」
「え?」
「黒竜王?」
周囲はざわつき、アランをはじめ一部のものは黒竜王の話を初めて聞かされたため、驚きや戸惑いといった感じで、一様に顔を曇らせている。
「私は、しばらく前から魔物の活動が目立つことには、なにか原因があるのではないかと考え、いくつかの事象を調査させてまいった。そのなかの一つ。できれば外れていて欲しいと思っていた最悪のものがどうやら的中していたようでな。アルバンよ。ここからはそなたが説明せよ」
広々とした会場に、ただならぬ空気が漂い始めている。
「はっ。それでは、これより国王様に代わり私、アルバン=ターナーが僭越ながらご説明させていただきます。私は半年以上前より、国王様より命を受け秘密裏に黒竜王が封印されている黒竜の谷の調査を請け負ってまいりました。出発当初は半信半疑であったものの谷に近づくに連れ国王様のお考えは正しいとの思いが強くなり、谷に到着し確信いたしました。皆様もご存知の通り谷の奥深くには、かの大賢者様が封印された黒竜王が眠っています。しかし、それが今、すでに黒竜王は目覚めており、封印を破るべく活動しております」
信じられないという声が聞こえるなか、一人の参加者から声が飛んだ。
「封印を解こうとしていると聞こえたが、現在はどういう状況なのだ?」
「現状は、大賢者様の封印が強大であるため、張られた結界を破ることができずに黒竜王は谷底にとどまっていますが、すでに眠りから覚めておりそれを破るべく活動しております。そのためいくら強大といえども、あれだけの攻撃を繰り返されていたら、いずれ破られてしまい浮上してくることは時間の問題でしょう。おそらくは数か月、長くても一年程度で地上に姿を現すことになるでしょう」
アルバンは続けて
「さらに、我々は黒竜王の活動を認知してから、それに付随する行動までも調査しておりましたが、こちらの想像以上に近隣の諸国で被害を受けていることが判明いたしました。予想外の被害状況があり、具体的に申せば少し離れた、ナーハ、エーリカといった諸国ではすでに黒竜をはじめとした魔物による攻撃で壊滅的な打撃を受けていることが発覚いたしております。おそらくはその他の国にも影響が出ているでしょう。遠くないうちに救助の要請などがマグダットにも届くやもしれません。私は黒竜王復活までに、改めて黒竜王の封印をはじめとした解決策を思案しておりましたが、このままでは黒竜王の復活を待たずとも魔物たちの活動により、当国はおろか、全ての国々が甚大な被害を被ることになりかねません。おそらく黒竜王の動機は人類への復讐でしょう。一説には黒竜王は魔物はもとより人類とも意思疎通を行えるくらいの知能を兼ね備えていたと言われております。そういったことから推測ではありますが念波のようなもので魔物をけしかけているような節もみられます。そのため一刻の猶予もございません。しかし、できるならば、この事実を広めずに処理することがベストだと考えております。魔物たちの動きは苛烈の一途をたどるとみられますが、だからといって黒竜王の復活を公にすれば、いたずらに人民の不安をあおり無用な混乱が生まれるでしょう。ここは、極秘裏に黒竜王の復活を防ぐことが最善だと考えます。幸か不幸か国王様の素早い行動によって、復活までには今しばらくの猶予があります。それまでに、なんとか解決策を見出すことが最善だと思われます。今動かなければ手遅れになることは間違いありません」
アルバンの主張に加えて国王も口を開く。
「私もアルバンの主張に同意する。こたびの招集はこちらの想定以上に魔物の進行がすすんでいたことにある。ここに集まった面々ならば食い止められるだろうと思い集めているものたちだ。当面は、近隣の魔物の対処に関してはこれまで通り、騎士団を中心に対処にあたってもらうつもりだ。そして、黒竜王の討伐に関しては、選別した少数精鋭で当たってもらいたいと思っておる。理由は二つあり、一つはやはり大々的に動けば、何かしら緊急事態であろうことが悟られるため、また、人数が多ければ倒せるという相手でもないからだ。もう一つは現状ではまだ封印が効いておるゆえこちらのほうが有利であると考えられるためだ。ただ、思った以上に魔物たちの動きが日々強大になってきていることから、黒竜王のもとにいくまでにも十分に備え油断せぬよう頼むぞ」
そこで、国王の隣に腰を掛けていた一人の男が発言した。
「父上。でしたら、その討伐の話、この私めにお命じください。必ずやその任、果たしてみせましょう」
そう言いのけた男は、国王の息子、いわゆる第一王子にあたるものである。
明るい髪色に、いかにも自信家のような顔つきだ。年齢は10代後半くらいであろうか。
しかし、息子の勇ましい言葉を聞いた国王の返答は芳しいものではなかった
「いや、アーサーよ。そなたには国内の警備を任せたいと思っておる」
「なぜですか父上? 私はまがりなりにもマグダット騎士団魔法兵団長でありますぞ。それほどの身分のものが挑まなければ世間の笑いものになりましょう」
国王は困り顔を崩さず
「アーサーよ。こたびの件は秘密裏に行う予定のものだ。誰にも悟られることなくすすめる前提であるゆえ、世間では黒竜王の噂は流れることはないであろう」
「ですが父上、次期当主となるであろう私がこの戦から逃げたとしれば、世間では知られずとも今ここにいるものたちには知られております。そして、ここにいる面々は我が国でも重要な役割を持つ者ばかり。それでは示しがつきませぬ」
そのやり取りを聞いていたアカネは、アーサーの主張には一理あると思って聞いていたが、相変わらず国王の顔は渋いままだ。それどころか、話を聞いている大半のものたちもなんとも言えない表情を浮かべていた。
国王はやむを得ぬといった表情で
「わかった。アーサーよ。お前の心意気はしかと受け取った。十分に考慮して選抜隊を構成しよう」
と、参加は約束せずに切り返すのが精一杯であったようだ。
アカネは周囲の表情からも
(理由はわからないけど、国王様は息子?を参加させたくない事情があるみたいね。単純に危険だからということもありそうだけど、周囲の反応からもそれだけじゃなさそうかしら。でも魔法兵団長を務めてるみたいだし、それほどの実力があればやれなくもなさそうなのに……)
「はっ。父上。ぜひ私めにその役目、お与えくださるよう期待しております」
そう言うと、アーサーは満足げに席に座り直した。
空気が少し緩んできたところに一人が声をあげる。
「しかし国王様。討伐と申されてもかの大賢者様でもなしえなかったことを、どのようにお考えでありましょうか?」
その問いも当然だと言わんばかりに国王は
「うむ。その疑問はもっともであろう。実のところ討伐といったものの、それは最上の結果であり、かつての大賢者様同様、改めて封印をかけ直すことを現実的な目標と考えている。そして、それには、アルバンをはじめ、ミサ、ミアそなたたちターナー家の力を借りたい。それができるのは大賢者様の家系のそなたたちだけだと思っておる」
アルバン、ミサ、ミアはそれぞれがわかっていたかのように
「はい。お任せください」
アルバンが力強く返答し、ミサもミアも大きくうなずいた。
「ところでアルバンよ。大賢者様がほどこした封印の解析についてはどうだ?」
「は。封印についてですが、私は実物を目の当たりにし、解析についてはある程度の目星はついております。しかし、いまだ未知の部分も多く、再び現地に赴き娘たちの力も借りて全力を尽くしたいと思っております」
「うむ。そなたちの活躍に期待しておるぞ」
「そしてアイナ王女にカインよ。そなたたちには、これを知る他国の協力者として、ザイン周辺の警備強化、そして有事の際には国として助力を願いたいと考えておる。カインがアランの弟であることからも緊密な連絡もとりやすいであろう」
「は。お任せください。頼みとあれば私も討伐隊に加わることもやぶさかではございません」
「うむ。もし、貴公やザインの力が必要となれば、その際は期待しておるぞ。ザイン国王には折を見て、こたびの会議についてなど私の方から話を通しておく。アイナ王女はうまく両親を支え国内に動揺が広がらないように力添えをしてやって欲しい」
「はい。しっかりと承りました」
アイナとカインもまたしっかりとうなずいていた。
そこで国王は一呼吸置き、周囲を一瞥したのち
「では、これより現時点で私が選抜した討伐隊を発表する。また、さきのアーサーの意見受け、後日、隊員の追加発表も行うつもりだ」
追加発表の件は、急遽決めたのであろう。国王の顔は少し苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「では、隊員の発表を行う。まずは討伐隊隊長にはアラン。以下隊員に、アルバン、ミサ、ミア、この場にはおらんがレイ。そしてアカネを選抜し、残りは後日追加で発表いたす。メンバーの追加発表は3日後までを目途に、討伐隊出立はおおよそ10日後程度を予定しておる。現状選抜されたものは準備を整え、また、その他のものも選抜に備えておくよう。それでは、これにてこたびの会議を終了とする」
「父上、私の選抜をどうか期待しております」
アーサーは改めて父に要求しているようだ。
そんななか、一部がざわついていた。
「アカネ? アカネとは何者だ?」
「いや、私も聞いたことがない」
「アルバン様たちの近くにいる見慣れない顔の女性、きっと彼女なのだろう」
「まだ年端もいかなそうな女性じゃないか」
「国王様が、すでに組み込もうとしているのだからよほどの実力者なのか?」
アカネ選抜に対する困惑の声があちこちから漏れていた。そのなかから一人のものが、会場をあとにするため席をたとうとしていた国王に向かって
「国王様、おそれ多くもお尋ねいたします。たったいま、国王様が選抜されましたアカネとは何者でございましょうか?」
質問を受けた国王は、はっとした様子で
「おぉ、うっかりしておった。ここにはアカネを知らぬものも多かったな。これは申し訳ない。アカネよ、前に」
国王は足を止め、アカネを呼び出した。
「私の不手際で貴公を紹介するのを忘れておった。ここには、まだアカネのことを知らぬものも多い。また、お主も知らない顔ばかりだったであろう。ここにいるメンバーに関しては後ほど、アランなどを交えて話を交わしてみてくれ。ここでは、さきにアカネの自己紹介を頼む」
「わかりました。皆さま、はじめまして。私が今、国王様から紹介にあずかりましたアカネ。アカネ=マグダットと申します」
アカネは凛としたたたずまいで名乗りをあげると、ここでも、やはり周囲がざわついた。
「マグダット?」
「ということは、王族の血縁の方か?」
「だがアカネという名前に聞き覚えは……」
アカネはいくらか、もう慣れた様子で
「いえ、私は今のマグダット王国とは無関係のものよ」
「?? では、どういう経緯で当国に?」
そこからは国王が補足する。
「アカネは数日前、当国に現れた客人である。選抜隊への抜擢は私の一存だ」
その発言はさらに困惑を呼んだ。
「な。国王様、そのような者にこのような大役を任せるのは……」
「選抜されるからには実力は折り紙付きということでしょうか」
「なにか、深いお考えでもお持ちでしょうか?」
様々な声が飛び交っている中、国王はぴしゃりと
「抜擢は私の一存である。すべての責任は任命した私が持つ」
そう発言すると、周囲のものはなにも言えなくなってしまった。
一方、一連のやり取りにアカネは
(そういう疑問が起こるのはもっともよね。どう考えても場違い感はあるけど、先日に国王様からのお願いを受け入れてしまったしなぁ…… とはいえ、下手にいろんな人の反感は買いたくないわね。ただ、現状ではレイとかいう人以外は知らない人ではないからその辺はありがたいかしらね。それに、黒竜王の話が事実な以上どこにいても危機であることにはかわりはないわけで。それなら、こちらから乗りこむっていうのも、私の性格にはあっているかもね)
そこに横からアランも口添えをはじめた。
「それに、アカネの実力の一端は私も確認しております」
「アラン団長はアカネをご存じなのですか?」
「はい。私の目撃した彼女は、たった一人、ごくわずかな短剣のみでフライングライオンと互角に渡り合い、長剣を手にしては一撃のもとに切り伏せております。その動きは並大抵のものではなく、およそその可憐なたたずまいからは想像もできないものです」
アカネはアランのかしこまった口調に少し驚きつつ
(ちょ、ちょっと、その言い方はかなり話を盛りすぎてない? それだと私余裕で勝利しちゃってるみたいじゃない)
そんなアカネの表情にアランは軽く目配せしてにやっとしている。
アカネはもう流れに身を任せるしかないといった表情だ。
「それは本当ですか?」
「あぁ、紛れもない事実だよ。なぜなら、ぼ……私がこの目で確認しておりますので」
アカネの活躍を語ることが楽しく、ついくだけた口調になりそうだったアランは気を引き締め直し
「そういうわけで、討伐隊に加えるという国王様の意見に私は賛同いたします」
「フライングライオンを一人で退けたって?」
「やはり、国王様が選んだのだからよほどの実力者なんだろう」
「しかし、信じられないな。まだ、少女といっても差し支えないような年齢だろうに……」
先ほどまで訝しんでいたものたちも、アランがそこまで言うのならという感じで、かたい顔つきも崩れていく感じで、みな、納得したというか、受け入れてはくれるようだ。
「みんなわかってくれたかな? なにより、アカネちゃんがいる方が僕のやる気も出るしね」
アランは最後に小さくアカネに向かってつぶやいた。
国王も周囲のやりとりに満足げに
「うむ。そういうことだ。では、アランよ。レイに討伐隊の件、声をかけておいてくれ」
「は。かしこまりました」
「では、これにてこたびの会議は終了する。後日の隊員発表まで各自準備を整えておくように。もちろんわかっていると思うが、ここでの話は他言無用である。もし、破れば厳しい沙汰を下さなければならぬゆえ、そのようなことがないよう気を配って欲しい。以上である」
「は、かしこまりました」
返事とともに一同は敬礼し、国王はアーサーを伴って部屋をあとにしていった。




