第9話 私はどこから来たのか?
その晩、食事の席の話題は「私の正体について」だった。
「リリーは身分が低いわけではなさそうだ。少なくとも、お前みたいに頬に食べ物を詰め込むような見苦しい真似はしないしな」
美味しそうに料理を頬張るヒューさんを見ながらレイフォードさんが言った。
「よく言うよ、お前が異常に上品すぎるんだろ」
私に向き直って、きゅるんとした子犬のような目をしてヒューさんが言った。
「リリーちゃん、意地悪な上流階級の人がああやって言うんだけど、僕の食べ方って見苦しい……?」
(年上だしすごく背が高いのに、なぜか可愛い……)
つい肩入れしてあげたくなってしまって、微笑みながら言う。
「いえ、見苦しいことはありません。子供みたいで可愛らしいです」
「今の聞いた? 可愛いってよ!」
「リリー、甘やかすな。馬鹿だからつけあがるぞ」
「ひっど……」
(男子学生同士がふざけあってるみたい)
私より年齢が少し上くらいだろうけど、レイフォードさんはいつも仕事みたいな話し方をしている。ヒューさんに毒づいている彼はまるで少年のように見えた。
ヒューさんがいると一気に部屋に三人ぐらい人が増えたような気がする。家政婦は嬉しそうに彼の軽口に答えるし、あの厳格な執事でさえもかすかに口角を緩めている。
彼の太陽のような朗らかさにつられて皆それぞれの陽気な面が引き出されているようだった。
(レイフォードさんにもこういう一面があるんだ)
ヒューさんが学生時代からの付き合いと言っていたことを思い出す。
「お二人は学生時代からのお友達なんですよね?」
「お友達なんてそんな可愛いものじゃないよ、腐れ縁ってやつ?」
「文字通り、腐った縁だな」
レイフォードさんはヒューさんの言うことに毒舌を挟まないと気がすまないらしい。むしろ、どこかいきいきしてる感すらある。
「何の学校ですか?」
「そりゃあ、もちろん源素を学ぶ学校だよ。そこに行かないと素導師になれないもん」
「そうなんですか」
「旧都にしかないからさ、大変なんだよ。僕みたいに実家が遠いと宿舎生活だよ。レイは実家が旧都にあるからいいけど」
「ヒューさんは、今回どこから来たんですか?」
「旧都だよ。修了してからは素導師として源素庁に勤めてる」
「源素庁はこの国の素導師を管理する公的最高機関だ。優れた素導師の育成、管理および技術の体系化を担っている組織だ」レイフォードさんが辞書のごとく説明してくれる。
「へぇー」
「あのね、結構すごいんだよ? エリート中のエリートなんだから」
「すごいですねぇ」
「……うん、まあ、もういいや」
呑気な私の返答を聞いて諦めたようにヒューさんが嘆息した。
そこでレイフォードさんが思い出したかのように言い出した。
「おい、ヒュー、明日リリーに乗馬を教えてやってくれ。お前暇だろう」
暇って……と文句を言いつつ、ヒューさんは優しいので嫌だと拒否することはなかった。
「僕に教えてほしいってことは、鞍無しの田舎風の乗り方ってこと?」
「いや、鞍をつけないと無理だろう。リリーは全く乗馬できないんだ。この間、辺境の地主が俺の迎えに馬車をよこしたんだが、その帰りにリリーを馬車に乗せたんだ。それが初めてだそうだ」
「……そうなの?」
「はい」
「豪華なやつには乗ったことないって意味じゃなくて?」
「違う、乗合馬車にも荷馬車にも乗ったことがないらしい」
「本当に? 全然乗ったことがないの?」
「ないです」
レイフォードさんとヒューさんは目を見合わせて、
「リリーちゃんって、ほんとに……」
「一体どこから来たんだろうな……」
と私のことを珍しい生き物のようにしげしげと眺めるのだった。




