第69話 文書偽造罪と白金の枷
ある冬の午後、書斎の暖炉に手をかざして暖を取っていた私にレイフが声を掛けた。
「それで、君の仮の源素は土にしたのか?」
私は書き物机に座っている彼を振り返った。
「他の源素の方がいい?」
「いや、何でも構わないが」
「前に言ったときは、なんだか気に入らなそうだったから」
「……土の源素がということではなくて、ヒューと決めたというのが気に入らなかっただけだ」
「……そうだったの……ごめんね」
「謝る必要はない」
彼は何か書類に書きつけた。
「内容を確認してくれ」
彼の肘掛け椅子の背もたれに手をかけ横から覗き込むと、その書類は私の登録書のようなものだった。
「これ、前に旧都で出した書類みたいなやつ?」
「そうだ」
「私の源素、書いてくれたんだ。あなたが視たことになってるのね。あれ、出身地とかも書いてあるよ? 私、分からないのに」
「君が見つかったあの村ということにしてある」
「そんな勝手にでっちあげちゃっていいの?」
「村人に共同養育された孤児ということにしておく」
私は彼のこだわりように目を丸くした。
「え、そこまで書くの? わざわざ嘘を書かなくても、『不明』にしておけばいいんじゃない?」
「あったほうがいい。少しでも目立たないようにしたいんだ」
「目立たないように?」
「源素がないだなんて、誰にも疑われないように」
「でも、研究の結果をどこかに発表するんじゃなかった?」
「しない」
私は彼のあまりに簡潔な答えに呆気にとられた。
「だって……あんなにいっぱい実験したのに」
「付き合ってもらったのに、すまない」
「違うよ、レイフがあんなに苦労したのに、ってこと。書類だってすごい量だったじゃない」
「あれは全部燃やす」
「え」
その言葉通り、暖炉の火除けを退かすと彼は大量の書類を燃やし始めた。
「嘘、ちょっと……!」
慌てて手を伸ばした私の腕を彼は掴んだ。
「火傷するぞ」
「っ……なんで? 急に……」
「前々から考えていたよ」
「……いつから?」
「老師に言われてから、ずっと考えていた。……決めたのはあの雨の日の聖堂だ」
「そんな前から考えてたの……?」
――『己がなせる業と報いを、心して見極めよ』
「俺がこれを公にしたら、君の身に影響があるかもしれない」
「え!? 何が起きるの?」
「興味本位で実験される」
「でも、レイフも実験したじゃない」
「そうだ。だが、あんなものじゃ済まない……少なくとも、ここにはいられなくなる。源素庁に連れて行かれて、自由に出られなくなるかもしれない」
彼は火かき棒で書類をつつきながら言った。
ここにいられなくなる?
やっと私の居場所が見つかったのに。
やっと彼と心が通じ合ったのに。
「そんなの、やだ……」涙声になる私の手を彼が強く握った。
「俺も嫌だよ。だから、新しくユリ・リリアナ・セライフィという存在を定義するんだ」
生真面目な彼がここまでするとは思わなかった。
「ねえ、文書偽造罪とかにならない?」
「なる」
「なるの!? バレたら捕まっちゃう?」
「捕まるだろうな」
あっさりと認める彼の腕を私は強く掴んだ。
「嘘でしょ!? やだ、止めてよ」
「捕まらないように上手くやるよ。せっかく君を得たのに、離れ離れになんてさせない」
彼は愛おしむように私の頬を撫でた。
頬に添えられた彼の手に顔を寄せて、私は目を伏せた。
「でも……いいの? すごい発見だったんでしょ?」
「いいんだ。君以上に大事なものなんてないよ」
彼は書き物机の引き出しから小箱を取り出すと私の手のひらに乗せた。
「……何?」
彼は目線だけで私に開けるように促した。箱を開けると、サテン生地の内張りの上に銀色の透かし彫りの細いブレスレットが収まっていた。
ユリの花のような紋様がぐるりと一周彫られた、繊細なブレスレットだった。
「これ……」
「何か身につけられるものが欲しい、って言ってただろう?」
彼はそれを手に取ると私の腕につけた。
「これは枷なのかもしれないな。……二度と俺から離れないように」
そう言って、ブレスレットに恭しく口づけた。
「ありがとう……大切にするね」
私は腕のブレスレットを守るように手を添えて、抱きかかえるように胸に当てた。




