第67話 将来の女主人への通知表
闇の月が終わって光の月になった。
光の月はこの世界では皆が帰省する時期らしい。マルガレーテさんも素導館へ数日間帰ってくることになった。私は彼女と上手くやっていけるか少し心配だった。喧嘩まではいかないだろうけどお互い気まずいだろう。私とのことを報告したレイフの手紙に対する彼女の反応は特になかったらしい。
――怒ってるかな。
でも、そうだとしても仕方ない。時間がきっと解決してくれる。仮に敵意を示されても、柳に風と受け流そう。私にはレイフがいる。想った人に想われる、それはかなりの幸運だ。
レイフは、マルガレーテさんの彼に対する気持ちは兄以外の何ものでもないと、疑っていない様子だった。確かに彼女がレイフについて話すとき、彼に対してどこか信仰のような理想化した姿を抱いている印象があったが、私には確信が持てなかった。
彼女がカエリム家の馬車に乗ってやってきた。私はレイフと一緒に玄関で彼女を出迎えた。彼女は相変わらず美しくて愛らしかった。彼女はレイフに挨拶した後、私に「こんにちは、リリー」と小さな声で言った。気まずさと気恥ずかしさが混ざったような声音だった。
「こんにちは、マルゴ」私は微笑み返した。
夕食が終わりかけたとき、彼女は改まった様子で口を開いた。
「レイ、リリー。私、報告したいことがあって。私もう素導館に戻るつもりはないんです」
驚いて口を開きかけたレイフを手で制止して彼女は続けた。
「もう二度と来ないという意味ではなくて、私の家としては戻らないということです。……確かにここは私にとって思い出深い大事な場所です。
でも私が一番望んでいるのは、温かい家庭がここで育まれること。お祖父様とお祖母様のときのような素導館が続くことなんです。
……あなたたちなら、ここを守ってくれるでしょう?」
その言葉に胸を打たれた私はレイフと視線を交わした。彼も私と同じように感じているのだと思った。
「もちろん、大切に守るよ」
そう答えたレイフの言葉に私は何度も頷いた。
彼女は少し緊張した面持ちで続けた。
「ここにある私の部屋はもう片付けてください。私、もう少ししたら旧都の伯母様の所へ行こうかと思うんです。何か勉強したくて……まだ決まっていないけれど、旧都には沢山学ぶための場所があるから将来に向けて新しい環境で頑張ってみたいと思って」
「君の決めたことなら、どんな道でも応援する。でも君の部屋は片さなくてもいいよ」
「うん、帰れる場所は多いほうがいいんじゃない? 一箇所に決めなくても、何箇所あっても」
私も言った。
彼女ははにかんで微笑んだ。花が開くようだ、とよく表現されるけど本当にそうだと思った。
「ありがとう……じゃあ、当面は置いておいて。でも必要になったら片付けていいのよ」
「他に空いている客間もあるし、大丈夫だよ」
「そうね。でも、ほら、近い将来きっと、その……まあいいわ」
彼女は歯切れ悪く会話を終わらせた。
翌朝、聖堂の灯りを付けているとマルゴがやってきた。
「リリーに会うのは、いつもここね」彼女は微笑んで言った。
「そうだね」
彼女は偶然ではなく、ここに来たように思われた。
私は長椅子に腰掛けて彼女を優しく見つめた。
「もしかして、何か話したいことがあるの?」
彼女はためらいがちに口を開いた。
「……私、やっぱりレイのことは兄として愛してたんだと思うの。いつも完璧で強くて優しい兄として。あなたと一緒にいるレイは、なんだか、年相応の普通の男の人みたいだった……上手くいえないけど、それがきっと本来のレイなのね」
「……ありがとう」
返答としては的を射ない答えだったかもしれない。
私は彼女が伝えようとしてくれたことが何より嬉しかった。
*
リリーは近い将来、私のお義姉様になるのだろう。素導館の女主人としてやっていけるか、それが少し気がかりだった。
使用人の扱いは及第点。指示するのにやっと慣れてきたみたい。レイに聞いたら、自分がやるからいいと言う。本人たちが納得しているのなら、それでいいのかしら。
聖堂の運営は文句なし。帳簿は完璧だし、過去の収入やそれから予想した収入の見積もり、繁忙期のスケジュール予測までしていて、私は彼女の有能さに驚かされた。
(不思議なちょっとぼんやりした人なんだと思っていたけれど、頭がいいのね)
「レイフォードさんの研究、お祭りの準備、普段の業務が無理なくできるように素視は予約制にしてみたの。お金持ちには、交通費、手間賃、スケジュール確保代を請求して。一般の人には少し待つかわりに安めの費用で済むように、素視の日を固定して……」
しかも、商才もある。
「最近始めた、源素の証明書があるんだけど……これはね、モチーフを刺繍した証明書カバーなの。刺繍は身寄りのない女性や夫を亡くした貴婦人に刺してもらって、彼女たちの収入源になるようにしていて……。生地は旧都のレイフォードさんのお母さんからもらったドレスの端材を利用しているの」
(無駄がない……)
私は彼女の豊富なアイディアと実現能力の高さに唖然とした。
「あとね、前に私が作ってもらった女性向きの乗馬服が旧都の上流階級の女性の中で広がってきてるって、レイフォードさんのお母さんが言っていて! 正式に受注を始めたんだって、マルゴも試してみない? 何色がいい? リボンもレースも沢山付けた特別可愛いの作ってもらおう!」
「あ、ありがとう」
次々と立て板に水のごとく話しまくるリリーのアイディアに私は押され気味だった。
……ひょっとして、レイはとんでもなく有能な伴侶を見つけたのでは……。




