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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
最終章 私たちの未来

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第65話 付き合って一ヶ月も経つのに

 私たちの関係は公認になって、トッドやヒルダの私に対する態度が「ただの居候」から「主人の大切な女性」へと変わった。


 彼は私を躊躇わずに抱きしめるようになっていたけれど、それ止まりだった。

ほぼ毎日どこかのタイミングで優しく抱き寄せられるので、しばらくすると私はすっかり慣れて安心すらするようになった。彼の美貌にもあまり動揺しなくなってきたというか、もちろんかっこいいけれど、彼の態度や表情を可愛いと思う余裕が出てきた。


(私たち、付き合ってるんだよね?)

たぶん、そのはず。恋人って言ってたし。可愛くてしょうがないって甘ったるい目で私を見てくれるし。


――レイフは抱きしめるだけでいいのかな?


すごい真面目だから、結婚するまでずっとこうかも。

結婚……するのかな。まだ具体的には想像できないけど、いずれ、ゆくゆくは……。

結婚式のレイフ、かっこいいだろうな。素導師(そどうし)姿で挙式するのかな?

いやいや、それはもうちょっと先の数年後の話じゃない?


だってまだ本当に、抱きしめることしかされてない。

キス……くらいはしてみたいな、なんて思ったりして。

それくらいはこの世界でも普通だよね?

まさか、それもダメとかないよね?

聞けない、さすがに本人には。


悩んだ私はちょっとした計画を立てた。



 翌日、私はレイフのお母さんが作ってくれたワンピースを着ていた。私が前にデザインした、肩ひもがリボンになっていて透けた素材の袖が付いた服。あまり普段着っぽくないけど大丈夫だよね。髪にも細いリボンを編み込んでまとめた。私は鏡であらゆる角度を確認した。


(露骨じゃないよね? ちゃんと可愛いよね?)


 書斎に行くと、彼は私の姿を見てちょっと驚いたようだった。

(いくらなんでもレイフも気がつくでしょ)

私は浮足立った気分で褒め言葉を待った。瞬きしたあと、彼は少し目を逸らして言った。


「……寒くないのか?」

(嘘でしょ。心配されただけ?)

「どこかへ出かける用事でもあったか?」

(ないよ、あなたのために着たんだよ!)

私の恨めしそうな顔に気がついたらしい。

「なぜ怒ってる……?」

彼は困惑したようにそう言うのだった。


信じられない。ヒューさんのくれたワンピースは暗闇でもすぐ気がついたくせに。

ヒューさんのワンピースを着ればよかったの?

いや、それは絶対ダメ。利用するようなことを考えたりしちゃいけない。

それにしても、彼は嫉妬しないと動かないの?


「リリー、可愛いな」ってキスしたくならないの?

え、そんな。どうしたらいいの。

この館には彼の嫉妬心を煽ってくれそうな人物なんていない。

……そもそも、そんなことしたくないし。


 意地でそのままの格好で通したけど、私は「どこにも出かけないのに、なぜか薄着のおしゃれをしたリリー」ってことになっている。これで何もなくて風邪を引くだけだったら、私、可哀想すぎる。なのに、本当に何もないまま昼が過ぎ夕食になった。


 私のプライドは粉々に砕け散った。”薄着”で寒いから、聖堂の戸締まりにも行かなかった。彼は「なぜか拗ねたリリー」を腫れ物を扱うように、そっと遠巻きに見ていた。

私は聖堂の戸締まりを終えた彼を書斎で待ち受けることにした。クッションを枕代わりにして長椅子に横たわりブツブツ独り言を言う。

「……なんで気づかないのかな? 絶対おかしい」


 書斎の扉が開く音がしたので私はパッと飛び起きた。

その弾みでワンピースの片方の肩ひもが落ちてしまい、私はそれを直しながら書斎に入ってきたレイフを見た。朝に完璧にセットした髪はクッションに頭を乗せていたために少し崩れてしまった。


 彼はそんな私の姿を見て、ちょっと表情を硬くした。

(え、なんで?)

私はがっかりした。キスどころか、「可愛い」の一言さえ引き出せてない。今日はまだ抱きしめられてもいない。うつむいてため息をついた私を見て、彼は困ったように微笑んで私の隣に座った。


「どうしたんだ? リリー」

「……今日の私、可愛いと思わない?」

「可愛いよ、いつも可愛い」


「可愛い」はやっと引き出せた。

そこまできてやっと、私が褒めて欲しくてやったことだと彼は思い至ったらしい。合点がいったという表情をすると急に熱心に褒めだした。


「すごく可愛い。綺麗だ、本当に。それも君のデザインなんだろ? さすがだよ」

「……抱きしめたりしないの?」

途端に彼は口ごもると、少し躊躇しながら私を抱き寄せた。彼の胸に頭をもたれかけながら私は考えていた。


気合いを入れすぎて引かれちゃったのかな。

大人っぽいのじゃなくて、あざと可愛い系で攻めたつもりだったのに。

待って、もしかして逆にあざといのは嫌いとか?

だめだ。レイフには、はっきり言わないと。


 私は上目遣いで彼を見つめて言った。

「レイフ、知ってた? 私ね、あなたの藤色の瞳が好きなの」

彼はかすかに目を見開いてそのまま動きを止めた。


「月の光みたいな髪も、普段はあまり見えない額も好き」

私が手を伸ばして彼の髪をかきあげると彼はピクリと身動(みじろ)ぎした。


「あと、やっぱり鼻筋。すごく綺麗なラインなの。私の好きな角度があって……」

指先と手の甲でそっと彼の頬に触れて少し横を向かせる。されるがままの彼はどこか堪えるような表情で目を伏せた。


――レイフ、『年頃の異性の見た目を具体的に褒めるのは、かなり強い好意を抱いていると思われる可能性がある』んでしょ?


(ごめんね、私、あなたを弄んでるかも)

でも、そんな姿もどうしようもなく愛おしいの。

私は微笑むと小首をかしげて彼を見上げた。彼が私から目を離せなくなっているのが分かった。


 私はゆっくりと瞼を閉じて、彼の顔に自身の顔を寄せた。

彼が息を飲むかすかな音がした。


――私が考えてること分かるよね、レイフ。


 彼はそっと優しく私にキスをした。

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