第61話 その想いにふさわしい人に
リリーは俺が旧都に来た夜以降、部屋から出てこなかった。
食事を彼女の部屋へ運ぶ使用人にリリーの様子を聞いたが、毎回半分くらい残しているということだった。
一昨夜抱きしめた時、以前より少し細くなったように感じた。顔つきも少し大人びたように思えた。心労で痩せたのかもしれない。彼女の苦しみも悲しみも、全て自分が引き受けられたらいいのに。
――自分がしておいて、何を都合のいいことを。
ヒューには大口を叩いたが、この難問を解決することなど到底できないように思われた。
大人しく素導館へ帰って待った方が良いのだろうか?
だが、そうしたらきっと彼女はヒューのものになってしまう。
この手を振りほどかれても彼女を絶対に離すわけにはいかない。
だが彼女には拒否されているし、情けないことにこれ以上嫌われたくなかった。夜まで考えて、結局手紙を書くことにした。彼女から貰った手紙が俺の胸を打ったように、偽りのない本心がわずかでも伝わることに賭けるしかなかった。
彼女は手紙を読んでくれただろうか。
半日過ぎたが反応はなかった。明日以降だって分からない。返答など、期待するのもおこがましいのかもしれない。俺はただ待つしかなかった。
ふいに部屋の扉をノックする音がした。
「私です、レイフォードさん」
――リリーだ。
思考を追い越して身体が動いた。扉を開けると、目を赤くした彼女が立っていた。そんな思いをさせた自分が心底憎らしかった。俺は彼女に許しを請いたくなる衝動をかろうじて抑えた。
「私、あなたに言わなきゃいけないことが……」
彼女の手に手紙があるのが見えた。彼女はどう思っただろうか。
こわばった表情からは彼女の気持ちを読み取ることはできなかった。
「中に入っても?」
俺は身を引いて彼女を部屋に通した。答えを聞くまで一言も発することはできないと思った。
――ヒューなのか、俺なのか。一刻でも早く聞きたい。
許されていないのに近づくことは躊躇われて、少し距離を取って彼女の言葉を待った。彼女は手の中の手紙を見つめて口を開いた。
「……私、もっと相談してほしかった……私の意見も聞いてほしかった。いきなり旧都に行けって言われて、見送ってもらえなかったから……もうあそこには帰れないんだと思って……」
彼女の言うことはもっともだった。ずっと守っていたつもりだったが、彼女の方がよほど大人なのかもしれない。俺は何も言い返すことができずに、その正当な非難を受け入れるよりほかなかった。
懸命に言葉を選んだが、結局出てきたのはあまりにも単純なものだった。
「……君を不安にさせて、ひどく傷つけることになってしまって……すまなかった」
彼女の目が涙で潤んだ。
――俺はまた失敗したんだろうか。
今だけは絶対に間違えたくないのに。
俺は目を伏せて彼女の言葉を待った。
かすれた声で彼女が言った。
「あなただけ……あんなに私を傷つけることができるのは……。だって、好きな人だから……」
彼女の言葉の前半は俺の心を抉り、後半はその傷を優しく癒やすかのようだった。
――責められたのか? 許されたのか?
真意を確かめるように彼女の瞳を見た。
「私もごめんなさい……私の自信のなさがあなたを傷つけることになって。
最初から選んでいたのに。私が居たいのは、あなたのそばだって」
彼女の言った言葉の最後の部分が、胸の内に何度も響いた。
――『私が居たいのは、あなたのそば』
何度でも聞きたい、その言葉を。
俺は君を失わずに済んだのか?
なぜ、俺を選んでくれたんだ?
頭の中にいくつも疑問は巡るけど、心は君がいてくれればそれだけでいいと訴えている。
「あなたの大事なものを私も分かち合いたい。あなたの力になりたい。
もっと愛情を向けてほしくて、私もそれ以上の愛情をあなたにあげたい」
リリーの気持ちが何ものにも代えがたく思われて、俺は彼女に近づくと強く抱きしめた。
――もう絶対に離したくない。
彼女の頭に頬を寄せて俺は言った。
「俺はまだ君の言葉に値するような男じゃないけれど……努力すると誓うよ。君の想いに相応しい人間になれるように」
彼女は返事の代わりに、俺の背にそっと手を添えた。




