第58話 ヒューバートの本気
午後はリリーと一緒に街へ買い物に行くことになっていた。空は雲一つない青空だった。レイに遠慮することなく俺はあいつの実家にリリーを迎えに行った。
――レイもここにいるんだよな……。
そう思うとリリーをどこか別の所に連れ出したくなった。
どっか宿屋取ってやろうかな……。
本当は俺んとこでもいいけど、そういうわけにはいかないだろうな。
いや、別にいいはずなんだけど。
リリーだって子どもじゃないし、俺は自立した大人な訳だし。
だけど、リリーが断るのは目に見えてる。
(それどころか、引いちゃうんだろうな)
相手のことが分かりすぎてしまうのも問題だ。試すまでもなく予測がつくから、動けない。無鉄砲に突き進めたらいいものを、つくづく俺って察しが良すぎる。
これじゃまた、いい人止まりだ。
それはもう嫌なんだ。
でも嫌われたくない。傷つけたくない。
そして、俺も傷つきたくない。
レイの色恋は知らないが、あいつの見た目で強引にいったらリリーも即落ちだろうな。
どうやって対抗するって、もう気持ちを込めるしかない。
俺はフル装備のレイに手ぶらで戦いを挑むわけか。返り討ち必須じゃん。
使用人に取次ぎを頼んでいつものようにガラス張りのショーウィンドウを眺めていると、さっきの使用人が表に出てきた。
「本日はこちらにお越しいただけますでしょうか、とのことです」
「え、上に?」
「左様でございます」
「……分かった」
案内されるまま二階に上がる。
(あいつに出くわしたら最悪だな)
学生時代、遊びに来た時に通されたことのある応接間やダイニングを通り過ぎて、立ち入ったことのない奥の部屋の前へ案内された。
「こちらでございます」
使用人は指示されているのか、部屋の中に案内せずに引き下がった。
ここって誰かの居室だよな?
まさか、リリーの部屋じゃないよな?
少し躊躇してから扉をノックする。
返事がない。人のいる気配はあるのに、妙に静かだ。
「……リリー……? いるのか?」
しばらくの間があって扉がゆっくり開いた。そこにいたのは、目を真っ赤に泣き腫らしたリリーだった。
その姿を見た途端、体中の血が逆流するような感じがした。
――また泣かせたのかよ。あいつ、何したんだよ。
言葉を失って奥歯を噛み締めた俺に彼女はうつむいて言った。
「……ヒューさん、ごめんなさい。私こんな顔だから、今日は外に出られないと思って……」
こんな時でも彼女は俺に気を使って謝ってる。
いつでも呼べって言ったじゃないか。俺に抱きついて泣けばいいのに。
つい昨夜、君の”拠り所”になりたいって伝えたばかりなのに、なんで一人で我慢して泣くんだよ。
(くそ、約束の時間なんか気にせずにもっと早く来ればよかった)
「リリー、レイに何を言われたんだ?」
俺の鋭い口調に、彼女はさっと廊下の外に視線を走らせると困ったように俺を見上げた。
(レイに聞かれたくないんだな)
あいつの部屋はどこか知らないが、きっとこの廊下に面しているんだろう。
俺は彼女の背中を優しく押すと部屋の中へ促した。鏡の前の椅子の向きを変え彼女を腰掛けさせ、俺は離れた場所にあった椅子を近くに寄せて座った。
「リリー……何があった?」
うつむく彼女の横顔を覗き込んで俺は尋ねた。
彼女はかろうじて聞き取れるかどうかの小声で言った。
「……昨日の夜、あの後突然レイフォードさんがいて……俺を選んでくれって言われました」
堪えきれずに短い舌打ちをしてしまう。
(あいつも馬鹿だな。リリーに急にそんなことを言っても困惑させるだけだと、なぜ分からないんだ?)
「それで、君はなんて答えたんだ?」
「……もう私のことは放っておいて、って……」
意外な思いと安堵が広がる。
レイは『許してもらえなかった』と言っていたが、彼女の答えは保留になっているだけでなく、レイはこれ以上の働きかけを拒否されているのか。
今ならまだ俺の入る余地があるかもしれない。
思う存分優しく甘やかして、すべてを受け入れて癒やしてあげたら、もしかして……。
――いや、それだけじゃ駄目だ。
俺が彼女の力になりたいこと、そして、いずれは支え合いたいということを伝えるんだ。真っ向からいくしかない。
「君はなんで泣いているの?」
「分かりません……」
「よく考えてごらん」
俺は穏やかに、はっきりと言った。彼女は顔を上げた。少し驚いたような表情。きっと俺がいつものようにただ優しく慰めると思っていたんだろう。
――リリー、辛いだろうけど君はもう決めなきゃいけない。
「悲しいし……悔しいし……色んな感情がごちゃまぜで……」
俺は彼女が考えを整理するのをじっと待っていた。
「私は振り回されてばっかりで……選択肢は旧都での二つの仕事しかなかったはずなのに、急にレイフォードさんも選択肢に入ってきて」
(二人の間の誤解はその辺りか)
おおかたレイは自分の事を選択肢として強調すまいとして、言わなすぎて彼女にちゃんと伝わらなかったんだろう。
「それは混乱するだろうね。でも、その三択なら君はどうするの?」
「……分かりません」
「リリー、選ばなきゃ」
「そんな、急に……」
「急じゃないよ」
彼女は心もとなさそうに俺を見た。
「急じゃない。君はもうずっと前から気がついてたはずだ。それにもっと言うと、これは仕事の選択じゃない」
「人の選択だ。俺か、レイか。君が一緒にいたいのはどっちなんだ?」




