第54話 君の拠り所になりたい
劇の後、私たちは劇場近くの店で食事を取り、再び並んで歩いて家路についていた。
「本当に感涙必至でしたね」と私が恥ずかしそうに言うと彼は優しく微笑んだ。
「……次のメシはリリーの奢りだね」
「そういえば、賭けてましたね。さっき奢りそびれちゃった」
「いいよ、次回に取っとこう」
ぎこちないというわけではなく自然と穏やかな沈黙が流れた。一緒に歩いているけれど、ほんの少し空いた彼と私の空間のようだ。無理にこの距離や沈黙を埋めなくても、私たちのお互いを思いやる気持ちは揺らいだりしないように思えた。
さっき待ち合わせたショーウィンドウには金属製の格子が下ろされていた。もう夜も遅くて人影はほとんどなかった。
私は彼に向き直った。
「送ってくれてありがとうございました。じゃあ、また」
「うん、またね」
そう言って彼は私に背を向けて立ち去りかけたが、静かに私の方に向き直った。
「……どうしたんですか?」
「ねえ、リリー……今、君が俺のことをそういう風に見ていないことは分かってる」
私の胸の奥がざわついた。
――どうか、言わないで。
このままの私たちじゃいられなくなっちゃう。
ずっと優しくて温かくて、その明るさに救われてきた。
この世界で私を支えてくれた力の一つ。
お願いだから、俺たちは想いが違うんだ、と言わないで。
どうかいつものように微笑んでいて。
なんて呆れるほど身勝手な願いなんだろう。
「ただ、もし可能性があるなら、少しでも希望を持たせてくれないか? 俺のことを嫌じゃないなら……」
「……嫌だなんて、思いません」
「なら、困ったときや悲しいときは俺のことを思い出して。すぐに駆けつけるよ。君が側に居てほしいと思う相手は、俺でありたいんだ。君の拠り所になりたいんだよ」
――拠り所。
その言葉を聞いて、なぜかあの聖堂のステンドグラスが脳裏に鮮やかに蘇った。
「ありがとうございます……。でも、どう言っていいのか分からなくて……」
温かいヒューさんの気持ちが伝わってくる。そんな風に思ってくれて嬉しいと、できることなら彼の孤独を癒してあげたいとも思う。なのに、それと同じくらい反発する強い思いで、応えることはできないと、どこかで確信してしまう。
ぬくもりを求めるあなたを、同じ力で抱き返すことはできない。
胸の中で別の自分が呟いた。
――もしかしたら、あの人も私に対してこんな気持ちだったのかな。
応えられない思いが苦しくて、あんなに冷たい対応を私にしたのだろうか。
こんな時にまで、彼のことを思い出してしまうなんて。真摯なヒューさんに対して自分はなんて酷いんだろう。
俯く私の肩をヒューさんはそっと抱いてくれた。
寄り添うような抱擁。
どうしようもなく胸が苦しい。
ヒューさんは名残惜しそうに何度も振り返りながら去っていった。
彼が最後に振り返ったとき、私はできるだけ元気に見えるように微笑んで手を振った。
これ以上、彼を困らせたくなくて。




