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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第三章 源素と祭り

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第46話 『彼は愛情だけでは選ばない』

 その日の晩はご馳走が並んだ。ヒルダと料理番による、レイフォードさんへの労いと明日ここを発つヒューさんへの心づくしなのだった。


「お祭りでのお二人はとても綺麗で、圧倒されちゃいました」

「ね、別人みたいだったね」

「ヒューさんのダンスもかっこよかったですよ」

「ヒューのダンス?」

「レイフォードさん、見たことないですか? ヒューさん、すごく上手なんですよ」


源素大学校(げんそだいがっこう)の修了式の後のパーティーで俺、踊ったじゃん。覚えてないの?」

「知らん。そもそもパーティーに出てない」

ヒューさんは口をあんぐりと開けた。

「嘘だろ!? 修了式にはいたよな? 首席で代表だったもんな。じゃあ、その後すぐに帰ったの!? なんで!?」

「パーティーなんて面倒なだけだ」

「むしろそれが楽しみだろ!?」

マルガレーテさんはただ料理に目を落としている。


(どうしたんだろう、会話に入れないと思ってしまったのかな)

私は話題を変えようと思って、話し始めた。

「そういえば、私、自分の源素(げんそ)を土にしてみました」

レイフォードさんとマルガレーテさんが同時に私の方を見た。

「そうそう。『髪色とか瞳の色から推測するなら、土じゃない?』ってことで決めたんだよねー」


 和気あいあいと話す私とヒューさんと対照的に、レイフォードさんは険しい表情になった。

(もしかして、勝手に決めたから怒ってる……?)

「あの、以前レイフォードさんが仮で決めたらいいって言ってたので……いつ年を取るか分からないし……」

彼の反応が気にかかった私は、適当に決めたわけではないと説明を試みた。

「ああ、そうだろうな」

彼は冷淡に言った。


 私が分かりやすく肩を落としたので、ヒューさんが助け舟を出した。

「自分で決めたんだから別にいいじゃん。そういや、マルゴちゃんの源素は何なの?」

「……(しょう)ですわ」

「ああ、ぽいかも。じゃあ、来月17歳になるの?」

「ええ」


 私は気を取り直して会話に加わった。

「お祝いですね。レイフォードさんとヒューさんは、まだですよね。素導師(そどうし)は皆、光なんですもんね」

「……確かに光が多いが、全員ではない」レイフォードさんが静かに言った。

「え? うそ。俺が学生時代に練習で視たやつら、全員、光だったぞ」

「……老師は闇だ」


「ええええ、マジ!? そんな、ほんとに? ていうか、なんでお前知ってるの?」

「以前、俺に素視(そし)を許可してくださったことがある」

「老師が? なんで?」

「修了論文の過程で」

「ああ、お前の修了論文って『闇について』だったっけ?」

その問いに答えず、レイフォードさんはきっぱりと言った。

「絶対に他言するな。リリーもだ」


 私の胸に言いようのない違和感が宿る。

レイフォードさんは、なぜ尊敬する老師のプライベートなことを突然明かしたんだろう? 絶対に秘密にしろと念を押すようなことをわざわざ言うなんて、彼らしくない気がした。秘密にしたいことは、彼は最初から言わないはずだ。言わなければ知られることもない。


何か目的があって言ったとしか思えなかった。

私に分かるのはそれだけだった。



 翌朝、旧都に帰ってしまうヒューさんを皆で見送っていた。

来たときと同様、歩いて村まで行って乗合馬車で帰るという彼に、私は小ぶりのクッションを贈った。

「ヒューさんのお尻を守ってくれますように」

「相変わらず、すごい表現だね」


 例のミケーレさんのことをヒューさんに持ち出して、彼をからかいたい衝動に駆られたが、皆の前だったので止めておいた。

「また旧都へ遊びにおいでよ。観光に連れてってあげる」

「わぁ、いいんですか? 私、植物園に行ってみたいです、有名なんでしょ?」

「ご希望とあらば、どこへでも連れてってあげるよ」

「ふふ、すごいVIP待遇」

「ブイ、アイピー?」

「あ、最強に特別扱いってことです」

「確かに君は最強に特別だ」

一緒に笑う私たちを、レイフォードさんは無表情で見ていた。


「じゃあ、またね」

荷物を担いだヒューさんが木陰の間に完全に消えるまで、私はずっと見送っていた。レイフォードさんはマルガレーテさんと先に館の中へ戻っていた。


(また一人になっちゃった)

マルガレーテさんはまだ帰らないらしい。まるで嫌なことみたいに捉えてしまって、罪悪感が疼く。

だって彼女がいると私は透明人間だ。可愛らしくて聡明で、レイフォードさんの隣に立つのにふさわしい女の子。その前では、私は幻のように実体がない存在だった。二人が一緒にいる空間に居合わせたくなくて私は聖堂へと向かった。


 整理が終わった聖堂の中で長椅子に腰掛け、ステンドグラスを見上げていると扉が開いた。またマルガレーテさんだった。彼女は驚いた様子もなく私に近づいてきた。

(何か取りに来たのかな。早く戻ってくれるといいんだけど)

身勝手に私はそんな事を考えていた。ところが彼女の目的は私だったようだ。


「レイ兄様のことだけど……」

(嫌だな、その話題は。話したくない)

「彼はここに愛着を抱いているだけじゃなくて、もはや使命のようになっているの」

私の内心になど気づくはずもなく、彼女は静かに語り出した。


***


 十年くらい前、まだここに来たばかりで、親元から離れた寂しさで落ち込みがちなマルガレーテを元気づけようと、レイフォードは素導師である祖父のコンフェを持ち出してきた。

「マルゴ、これ見ててごらん。光るんだよ」

彼はマルゴにそれを握らせると、自身の手を重ねた。祖父から教わった呪文を、言い間違えないように眉根を寄せて唱えた。


彼の言う通り、二人の手のひらの中のコンフェが淡く白い光を放った。

「あれ、初めて見る源素だ。暗い赤と黒が混ざったような色。あ、そうか、マルゴって闇なんだね」

「わたし、晶よ。おばあちゃまと一緒なの」

「ほんとに? だって俺、視えたよ」

「ほんとだもん。おじいちゃまとおばあちゃまから、聞いたもん」


 レイフォードは子どもらしい率直さで、その事実を祖父母に伝えた。幼心にも記憶に残っている、取り乱した祖父母の姿。騒ぎになったのはレイフォードが勝手にコンフェを持ち出したことも理由の一つだったが、祖父母はレイフォードとマルガレーテにある事実を話した。


「世の中には闇に偏見のある人もいるので、マルゴは晶ということにしているんだ」

レイフォードはまっすぐな瞳で祖父を見つめた。

「闇って、なんで闇っていうの。俺は包みこんでくれる温かい夜だと思ってる。落ち着いて心地よくて。隠す必要あるの? マルゴが闇で何が悪いの。マルゴは優しくて、いい子だよ」

「そのとおりだ、レイ。でも世の中に広がっている誤解を、今すぐ解くことはできない。そうした状況で、マルゴの心を傷つける恐れのあることは避けたいんだ」

と話す祖父。レイフォードは納得のいかない顔をしていたが、やがて強い意思をにじませて言った。


「……マルゴのことを心配してるのは分かった。でも俺がいつか闇への偏見なんてなくしてやる。マルゴが堂々と自分の源素をみんなに伝えられる世の中に、俺が変えてみせる」


***


 昨夜の夕食の会話の違和感。

そうか、マルガレーテさんのためだったんだ。

彼女の源素を負い目に感じさせないように。彼女を勇気づけるためだったんだ。

闇でも素導師になれると、尊敬する老師の秘密を持ち出してまで。


ああ、なんて彼らしいんだろう。

やっぱり彼は真っ直ぐで優しくて。

レイフォードさんらしいと嬉しいような、彼女が羨ましいような気持ちだった。

そういう彼の真っ直ぐさが好きだ。

でも、その気持ちを自分だけに向けてほしいと思ってしまう。彼の特別になりたいと願ってしまう。


――なんて私は図々しいんだろう。


「源素大学校の修了式のパーティーへ行かなかったと言っていたでしょう? あれもきっと、ここへ来るためだったのよ。

二年くらい前、学生だったレイが突然、素導師の礼装姿で騎馬で旧都からやってきたことがあったの。ここにはいつも馬車で来ていたのに。事前に連絡もせずに何の前触れもなく聖堂に現れて、お祖母様は若いときのお祖父様の幻かと思ったと泣いていたわ」


『父にレイの素導師姿を見せられたら、どんなによかったかしら』

旧都でそう言っていたレイフォードさんのお母さん。


『遅かったくらいだ……』

優秀で早く卒業したとヒューさんに言われたとき、レイフォードさんが呟いた言葉。


「あの時、初めてレイが泣くのを見たわ」

――レイ兄様、と他人行儀に呼ぶのではなく、本人の前でだけ使われる”レイ”という呼び方。


 どんなときも冷静で平然としているレイフォードさんの涙は、想像するだけで胸をつまされるものだった。


「一筋の涙だったけど、あの涙はレイの想いなの。ここに愛着以上の強い想いがある。

レイはここから離れられない。いえ、離れようとしないでしょう。

その想いを共有できる女性でないと、彼は選ばないと思う」

彼女は真っ向から私を見て言った。


「レイは愛情だけでは選ばないわ」


 何を、か。それは言葉にしなくても明らかだった。

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