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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第三章 源素と祭り

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第38話 私の源素を選んだ日

 レイフォードさんの信頼した口ぶりやマルガレーテさん自身も言っていたように、彼女は即戦力になっていた。

素導館(そどうかん)やお祭りの内容を理解していて指示されなくてもテキパキと動ける。私はとても追いつけそうにもないけど、お祭りのことや源素(げんそ)のことを覚えようと、聞きかじったことを手帳にメモしてあがいていた。


 最近の定位置である東屋にいるとヒューさんが様子を見に来てくれた。

私は彼に微笑みかけると、招くようにベンチの隣を空けた。腰掛ける時、私の膝に開かれた手帳が目に入ったのか彼が尋ねた。

「へえ、偉いね。勉強してるんだ」

「まだ何も知らなくて。そうだ、ヒューさん教えてもらえませんか?」

「どうぞ、何なりと」

私はお祭りで何が行われるのか、他の源素のお祭りもあるのかなど、質問した。彼は面倒くさがる素振りも見せず一つ一つ優しく教えてくれた。


「”源素の御心(みこころ)”って何度か聞いたことがあるんですけど、神とは違うんですか?」

「……急に深いね……うーん、そうだな……御心と神の違い、か」

彼は眉根を寄せて考え始めた。

「御心は人々を超越した源素を司る何か……というか。俺の解釈では、神は擬人化してて御心は抽象的な象徴って感じなんだよな……普段使う意味ではほとんど同じ扱いだと思うんだけど」

そこまで言うと、諦めたというように彼は笑った。

「あー、詳しくはレイに聞いてみて。あいつなら嬉々として答えてくれるから。ただ話長くなるのは覚悟したほうがいいよ」

何となく彼の言うことが想像できて、私も微笑み返した。


ふと思いついて尋ねる。

「そういえば、ヒューさんの源素も光なんですよね」

素導師(そどうし)は皆、光だよ」

「え、そうなんですか?」

「そう、その”光”で視るって言われてる」

たしかにヒューさんは明るい春の空の太陽のような光を思わせる。


「人の見た目って源素に直接関係しないんですよね?」

「それだけで決まるわけじゃないけど、見た目も多少は関係するよ。俺はいかにも光っぽい感じの金髪でしょ」

「レイフォードさんは銀髪ですね」

「あー……あいつは法則とか、そういうのを超越してるから。基本的には俺みたいに分かりやすい奴の方が多いんじゃないかな」

「私って何に見えますか? ()えないことは分かってるんですけど、外見だけの印象だと何の源素っぽいですか?」


 彼は私の顔をしげしげと見た。

「髪だけ見ると、土か石かな。あれ?」

彼は何かに気がついたかのように急に私の顔を至近距離から覗き込んだ。

息のかかりそうな距離で見つめられて、私は思わず肩をすくめた。

「な、なんですか」

「リリーちゃんってさ……目の色、茶色かと思ったら緑っぽいんだね」

(瞳の色を見てたのか、びっくりした)


「そ、そうですか?」

「うん、角度によって違って見える。その目の色だと、木か土っぽいかな」

「へえ、そうなんですね。じゃあ、私は土ってことにしようかな」

「お、自分で決めるの?」

「だって年を取るタイミングが分からないのも不便じゃないですか」

「ああ、(いわ)(つき)ね。それもそうだね。ってことは、この祭りでリリーちゃんは十八か十九になるんだね。おめでとー」

パチパチと拍手してみせるヒューさん。

「ありがとうございます」

私もにっこりとそれに応える。


 そんな私を見てヒューさんは優しく微笑んだ。

「なんか、リリーちゃんたくましくなったね」

「そうですか? もう諦めがついたのかもしれません。ないものはしょうがないって」

「源素のことだけじゃなくて……自分に自信がついた、っていうのかな」


――自信は全然ない。


 途端に曇った私の表情を見て、ヒューさんが慌てたように言った。

「ごめん、何か変なこと言った?」

「いえ、私の元気が出たのだとしたら、それはヒューさんのおかげです」

「……そうなの?」

「はい、お祭りの準備で皆が忙しくなってからみるみるレイフォードさんは憔悴していくし……」

「まあ、忙しいっていっても祭りの準備じゃん。素導師の試験だとかじゃなくて。プレッシャーは全然ないよ。ただ事務作業が大変なだけで」


 彼は続けた。

「しかもレイは今年で二回目でしょ? どんどん慣れていくよ。前回のほうが大変そうだったし」

「これより大変だったんですか!?」

「前日まで徹夜続きだよ。俺も徹夜で手伝ったもん。でも今回は寝られてるでしょ。俺もほとんど手伝ってないし。大丈夫、大丈夫」


 ヒューさんが手伝っていないのは、一人ぼっちの私の相手をしてくれてるからでは。そう思ったけど、その原因である私が指摘するのは彼の優しさを無碍にしてしまう気がした。それに自分の居場所を再び失うことになりそうで、怖くて言えなかった。


 今年はまだいいほうだ、というヒューさんの意見が本当だといいんだけど。

(だめだ。心配しすぎて暗くなっちゃう)

私は油断すると落ち込んでしまう気持ちを振り払おうと、話題を変えた。

「そういえば素視(そし)の儀式って、視た後は特に何もしないですよね?」

唐突な私の質問に目を丸くして彼は言った。


「何もしない、ってどういう意味?」

「証明書とか出さないですよね」

「……うん。口で言うだけ。『あなたの源素は土だよ』って」

「やっぱりそうなんだ。こういう各源素のモチーフをデザインして、それを書いた証明書みたいなのがあったらいいかなって思って」


 私は手帳に書いていたアイディアを見せながらヒューさんに説明した。彼は驚きながらも賛同してくれた。

「ああ、いいかもね。視るのは赤ん坊がほとんどだし、記録を兼ねた記念品があれば喜ぶ親は多いと思うよ」

「素視の儀式って赤ちゃんが多いんですか」

「だって早く視てもらわないと、君みたいにいつ年取るか分からないだろ?」


 だから初対面のときにレイフォードさんが私を視てくれと言われて、あんなに驚いていたのか。普段は赤ちゃんばかりだから。

赤ちゃんには額にコンフェを当てるからと、私の額にも押し付けられたっけ。あれから随分経った。レイフォードさんとの距離は縮んだと思ったら、また距離を感じたり、まるでゴムみたいに伸び縮みしている。私の感情はその度に振り回されてしまう。


「リリーちゃんって絵が上手いんだね」

言いながらペラペラと手帳をめくるヒューさんの手があるページで止まった。

「これ、もしかしてレイ?」

「え!?」

そのページにはかなり前に描いたレイフォードさんを模したマスコット風のイラストがあった。


――少し目付きの悪いムスッとした顔。

「あ、あの、それは、この世界の月の順番を覚えるためにレイフォードさんに説明させているような感じで描いたというか……!」

勝手に似顔絵を描いていたことがバレてしまって、私は目を白黒させて言い訳した。


「褒めてるんだからそんなに慌てなくても。へー、似てるね。レイってすぐ分かるよ。ねえ、俺も描いてみてよ」

「えっ、いいんですか?」

「可愛く描いてー」と、ポーズを決めるヒューさんの仕草に思わず笑みがこぼれる。

「いいんですか、可愛くて。かっこよくなくて、いいんですか?」

「実物が十分かっこいいから」

「そうですね」

「へえ、かっこいいって認めてくれるんだ? てっきりレイのことばかり見てるのかと思ってたよ」


 意外そうに言うヒューさんに、私は彼の真価を伝えたくて力強く言った。

「ヒューさんは、中身も外見もすごくかっこいいですよ」

「……ありがと」

私のあけっぴろげな称賛に、彼は拍子抜けしたように小声でお礼を言うのだった。

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