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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第二章 旧都へ

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第28話 本当の妹じゃない

 レイフォードとリリアナが帰って来るのを待っていた母親は、家の前に着いた馬車から二人が降りる様子を階上の窓越しに見ていた。二人の表情、特にリリアナに向けられた息子の顔を見た母親はわずかに目を見開いた。彼女はしばらく考え込んだ後、意を決したようにレイフォードの部屋へ向かった。


 ノックをして扉を開けると、息子は一瞬はっととしたように顔を上げたが、母親の姿を見るとすぐにいつもの端然とした表情へ戻った。

「どうだった?」

「上手くいきましたよ」

礼装のボタンを外しながらレイフォードは言った。


「エルストナーの元上司、あの引退した少将閣下に真っ先に注文をいただけることになりました。令嬢も一緒でしたが、あの色と花の形が気に入ったとのことでした」

それを聞いた母親の目が輝いた。

「分かったわ、明日から忙しくなりそうね」

「あとウィンズロウ卿と令嬢、ド・スーザ子爵夫人、あと何組かボックス席へお越しになりました」

(兄エルストナーの同僚の近衛将校もいたが、あれは遠い異国からやってきた正体不明の美女がいると聞いてリリーを見に来ただけだからドレスを注文しやしないだろう)


 満足気に母親は労いの声をかけた。

「よくやったわね、レイ」

「ご所望の通り、最善を尽くしました。もう当分は御免ですが」

「リリーはどうだった?」

「……見事に役目を果たしましたよ。もう解放してやってください」

「あら、まだまだ頼みたいのに」

鏡の前で飾りピンを外し首元を緩めながらレイフォードは背後へきっぱりと言い放った。

「駄目です」


 どこか思わしげに母親は言葉を選ぶようにして口を開いた。

「あの子はいい子ね、私も好きよ。……マルゴにリリーのこと、伝えてあるの?」

レイフォードは片眉を上げて怪訝そうに母親へ視線を向ける。

「前に手紙で知らせてありますよ。リリーが素導館(そどうかん)に滞在し始めたときに」

「そう、ならいいんだけど……リリーの滞在がもっと長くなるなら、もう一度そのことをマルゴにちゃんと伝えておいてほしいの。マルゴは素導館が実家のようなものだし、私の娘も同然なんだから」

「俺にとっても妹同然ですよ」

「でも、本当の妹じゃないわ」


 母親の真意を推し量るように息子は目を細めた。

「……どういう意味ですか」

「あなたにもマルゴにも、お祖父様やお祖母様の期待は背負わないでほしいの。あれは……勝手な夢なのだから」

母親は真剣な面持ちで続ける。その声音には切実な思いが含まれていた。

「あなた達には、亡き人の遺志や周囲の思惑など関係なく自分で選んだ相手と添い遂げてほしいの。あなた達の結論なら私はどんな形でも受け入れるわ」


 レイフォードは視線を逸らすとそっけなく言った。

「期待など意識したことさえありません。言われるまでもありません」

「そう……」

逡巡した様子を見せつつ部屋から出ていこうとする母親を息子は呼び止めた。

「ご心配には及びません。……マルゴのことも、俺のことも」

穏やかな微笑みを浮かべ頷くと彼女は静かに部屋を後にした。

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