第27話 月下の花
レイフォードは足を組んでどこか斜めに構えて劇を見ていた。
どこからどう見ても両思いの恋人たちが、勝手に誤解して空回りして周囲を巻き込んでの大騒ぎ。終わりよければすべて良し、のご都合主義だ。自ら問題を大きくしている主人公の恋人たちに呆れてしまう。
(まあ、そうしないと劇の時間が持たないからな)
歯の浮くような美辞麗句と聞いているこちらが恥ずかしくなるような愛の台詞の数々。
(こんなことを言われて現実の女性は本当に喜ぶのか?)
現実はもっと地味だ。地に足がついて……。
ふと、先ほどのリリーが口にした奇妙な話を思い出す。確か地面が揺れると言っていたか。
(本当に突拍子もないことを言い出す)
知らず、口元にこぼれた微かな笑みを片手で隠した。あたかも舞台を真剣に見ているかのように装って。
リリーは思ったより社交界の形式的な挨拶が上手かった。もっと挙動不審になるのではと予想していたが、心持ち伏せた目と口元を扇で隠す様子がいかにも令嬢らしく見えた。隠された表情がかえって異国情緒を醸し出して魅力的に映ったことだろう。挨拶のたび自分の肘に添えられた手がわずかにこわばるのが伝わってきてひそかに案じていたが、よくこらえていた。
ボックス席に入ると安心したのか扇の使い方がやや豪快になっていたが、虚栄と偽りに満ちたこの小さな世界で彼女の率直なふるまいはむしろ小気味いいほどだった。周りの目があるので冗談めかして止めたら、意外にも真っ赤になって大人しく黙ってしまった。
(てっきり何か言い返してくると思ったのだが……)
自分でデザインしたというドレスも似合っている。シンプルで優美なデザイン、色合いも清純なリリーらしい。賢くて有能だとは思っていたが、違う面でも優れた能力があるとは。少女らしい外見と裏腹に彼女の好みは大人っぽいのだと知らなかった。
そんなことを思い巡らせながら傍らのリリーに視線を移すと、随分と熱心に舞台に見入っている。
劇場の熱にあてられたリリーの瞳はシャンデリアの炎を反射してかすかに潤んで見えた。
角度によって緑がかって見える不思議な魅力のある瞳。
艶のある小さな唇。
首筋に滑り落ちるまっすぐで光沢を放つ滑らかな髪。
美しさとは、あの舞台のような目もくらむような華やかさだけを言うのではない。夜空の下にひっそりと咲く純白の花。月の光を受けて淡く輝く繊細で可憐な美しさ。それがリリーだ。
――俺が見つけたんだ。
ただ珍しいだけではない。その本当の価値に気づいているのは、この世界で恐らくまだ自分だけ。
無意識にきれいな首筋と鎖骨に目が行く。
呼吸に合わせてかすかにゆっくりと上下しているのが見える。
こんなにも蒸し暑いのに、背筋にゾクリとするものが走った。
冷たい短刀で肌をなぞられたような感覚。
喉の奥がひどく渇く。唾を飲みこんだら喉がごくりと鳴ってしまいそうだ。耐えきれずに目を逸らした。どんな目をして彼女を見つめていたか、自分でも分かってしまう。
――リリーに見られなくて、よかった。




