第24話 夜空の下に咲く桜
劇場へ向かう馬車の中でレイフォードさんは外を眺めて黙っていた。顔色はすっかり良くなって、疲労の色もない。
沈黙を破ったのは私だった。
「……二日酔いは覚めましたか?」
彼は、はっとしたように私を見ると苦笑した。
「君のおかげで、すっかりいつも通りだよ」
「それはよかったです」
会話が途切れてしまう。
「……今夜の観劇会は、私が行きたいって言ったわけではないんです」
言い訳するように私は視線を落とした。
「分かっている。母が無理やり押し付けたんだろう」
彼は再びガラスの向こうに目を向けた。
またも会話が終わる。
彼は私と話すつもりがないのかな。
行きたくもない劇場に私を連れて行く羽目になって嫌なのだろうか。それにしては、彼の態度に苛立ちや不機嫌さは見えない。ただ黙っているだけ。
――どうしたらいいのか分からない。
凝視しないようにちらりと上目遣いで見た彼は、座っているだけでも絵になる姿だった。
通った鼻筋から唇へと続く優美な輪郭、丁寧に整えられた銀糸の髪。不思議な魅力を湛えた藤色の瞳は、外に向けられているせいでよく見えないけれど。
彼の濃紺の礼装は夜空のよう。
銀色のボタンは星のように輝き、銀糸の刺繍は星座のごとく布地を飾る。
私はその夜空の下で美しく咲く桜になれたらいいけれど。
「本当に綺麗だ」
一瞬、私の心の声かと思った。
唐突な言葉に顔を上げる。彼は変わらず外を眺めていた。外の景色のことだと思い直して、私も彼の視線の先を追った。
「君のことだ」
窓の外へ視線を向けたまま、彼は言った。
私は目を見開いて彼を見る。何か言おうと思って開いた口は言葉を紡ぐことができなかった。
「だから、自信を持って堂々としていれば良い」
これから社交場という見知らぬ戦場へと向かう私に、彼は励ましの言葉をかけてくれたのだろう。おまけで付けてくれた「綺麗だ」という言葉だったのかも。けれど、そこには真剣な響きが含まれているような気がした。
「……はい」
私は後半の言葉にだけ返事をした。




