第22話 二日酔いの特効薬
次の日、レイフォードさんのお母さんは朝食の席で愚痴をこぼしていた。
「レイったら、明け方近くに帰ってきたみたいなのよ。しかも酷く酔っ払っていて、ヒューバートくんに肩を貸してもらう有り様だったんですって」
やっぱりヒューさんと話し合ってたんだ。
しかも明け方まで。
一体どんな話をしたのだろう。
「……そうなんですか」
「もう立派な素導師なのに、学生気分が抜けないのかしら。困ったものだわ」
酔っ払うレイフォードさんを想像してみたが、ピンとこなかった。
素導館では、食前酒を飲む所しか見たことがなかったし、酷く酔っ払うどころかほろ酔い姿さえ目にしたことがない。
「今夜は劇場へ行くっていうのに。二日酔いなんて絶対に許さないわよ」
彼女は爪を噛みながら苛立ちを含ませて言った。
「そうなんですか」
他人事のように言った私に彼女はキッと鋭い視線を向けた。
「あなたも行くのよ。『忙しくなる』って伝えたでしょう。例のドレスを着て、あなたとレイが今夜劇場に行くのよ」
(それは聞いてないんですけど)
どういうこと? 私が? レイフォードさんと? ドレス? 劇場?
「あの、ど、どういうことでしょうか? 私がドレスとか劇場とかって」
「一昨日、あなたがデザインしたドレスを今夜の劇場で披露するのよ。劇場の催しは旧都の社交場なの。ちょうどシーズンでよかったわ。あの素晴らしいドレスを着たあなたは、カエリム家の最高の広告になるわよ」
私は混乱する頭を必死で整理しようとした。
「なぜ私が……それなら、お母さ……レイフォードさんのお母様が着た方が、絶対素敵ですよ」
「私には似合わないわよ。若くてちょっと変わった雰囲気のある、あなたみたいな娘が着こなした方がミステリアスな魅力と相まって絶対に話題になるわ。流行を作り出すにはそれ位やらなくちゃ」
「というか、一昨日話したドレスですよね? そんな短時間で出来上がらないんじゃないですか?」
「うちのお針子たちを総動員して、もう仕上げさせたわよ。カエリム家の底力を侮られては困るわ」
「いや、侮ってなんか……あの、もう、なにがなんだか」
「とにかく、今夜は劇場に二人で行ってもらいますからね。この後、あなたには必要最低限の社交界での礼儀作法を頭に入れてもらうわ」
(もう意味分かんない)
何とか劇場に行かないで済むように説得を試みる。
「あの、レイフォードさんだって、行きたがらないんじゃないですか?」
「そんなの無理矢理にでも行かせるわよ」
(そんなことできるの? でも、レイフォードさんのお母さんならできるかも)
彼女の行動力は私の昨日までの落ち込みようを一時忘れさせるくらい猛烈なものだった。
朝食後まもなくレイフォードさんのお母さんは私の部屋に来て、直々に礼儀作法を叩き込むのだった。
まず挨拶の仕方。優雅に膝を軽く曲げる動きをひたすら練習させられる。
「本当はお相手の身分によって角度を変えるんだけど、あなたは外国育ちということにして細かな礼儀作法には目をつぶっていただきましょう」
(これ、なんの修行なの?)
次に会話の仕方。これは早々に匙を投げられた。引きつった笑いをしてしまい、ついには扇で顔を隠せと言われる。
「かえってミステリアスな印象を与えるかもしれないわ。あなたは話すとボロが出そうだから、それも防げてちょうど良いわ」と言われた。
(レイさんの辛辣な物言いって、お母さん譲りなんじゃ……)
数時間に及ぶ熱心な指導の後、彼女は時計を見て急に慌てだした。
「あら、もうこんな時刻。そろそろレイを叩き起こさなきゃ。あなたもお昼にしてちょうだい」
(やっと解放された……)
ダイニングで私が遅めのお昼を取っていると、壁に手をつくようにしてレイフォードさんが入ってきた。珍しく髪が乱れていて、どう見ても寝起きの様子だ。母親が息子の後ろから、やいのやいの言いながら入ってきた。
レイフォードさんは力なく椅子に腰掛けるとテーブルに肘をついて額を両手で支えた。
「で、何です? 重大な用というのは」
「今夜リリーを劇場に連れていってちょうだい」
顔を上げると据わった目で息子は母を見つめる。
「……なぜですか」
「社交シーズンに旧都へ来たというのに、あなたはリリーに何の楽しみも提供しないつもり?」
「……なぜ、今夜なんですか」
「今夜しかボックス席が確保できなかったのよ」
「別に劇場でなくても、落ち着いた綺麗な所を観光するので構わないでしょう」
(私もそっちのほうがいい)
「とにかく、もう席は取ってあるしリリーだって行きたがっているのだから、あなたがしっかりエスコートなさい」
(私、別に行きたがってないのに)
さすがに口を挟もうとしたとき、使用人がお酒と強烈なスパイスの匂いがする肉料理を運んできた。レイフォードさんのお母さんが食べるのかと意外に思っていたら、なんと二日酔いでげっそりしているレイフォードさんの前にその皿と杯が置かれるではないか。
彼は口元を手で押さえ、みるみるうちに顔から血の気が引いた。そりゃそうだろう。
「さ、早くお食べなさい」
無情にも彼女は息子に言い放った。
私はぎょっとして思わず席を立つと二人の間に入った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 二日酔いなのに、それはどう考えても逆効果です!」
迷いもなく平然と彼女は言った。
「あら、迎え酒で酔いを散らして栄養をつけるために特製の肉料理を用意させたのよ。これが一番だわ」
「いやいやいや、なんで二日酔いにアルコール足すんですか! 悪化しますよ!?」
レイフォードさんを指さしながら続ける。
「見てください、レイフォードさんのこの様子を! こんなの食べさせたら、劇場にたどり着けたとしても、そこで全部戻しちゃいますよ。そしたら別の種類の大騒ぎになります!」
「……それは困るわね」
彼女は私のあまりの剣幕にたじろいた様子だった。
レイフォードさんは目を瞑り苦行に耐えるような表情をして椅子にもたれた。私の言い方があまりに露骨すぎて、余計に具合が悪くなったのかもしれない。
「とりあえず、冷たいお水を飲ませて。あとはハーブティーとか、すっきりする飲み物はないですか?」
「それなら用意できるけれど」
「何か口にするなら、そういうものにしてください。あと、なるべく出発ギリギリまで静かな落ち着いた所で休ませてあげてください」
あまりのとんちんかんな治療法に、つい強い口調で指示してしまう。
レイフォードさんが横目で私を捉えると、絞り出すような声で言った。
「リリーの言う通りにしてくれ……」
レイフォードさんのお母さんはぐっと言葉に詰まった。
「……いいわ。その代わり、絶対に今夜は劇場へ行くのよ」
彼は諦めたように力なく頷くと、ふらつく足取りで自分の部屋へ戻るのだった。




