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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第二章 旧都へ

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第18話 面会の後で

 源素大学校(げんそだいがっこう)を後にした私たちは、ほとんど会話らしい会話もせずに近くのカフェに入った。三人の中で一番平静を保っていたのはヒューさんだった。レイフォードさんは心ここにあらずの様子で、普段の彼から想像できないほど放心した面持ちだった。


「昼飯、何頼む?」

ヒューさんが努めて明るい口調で言ってくれているのが分かる。でも今は同じ明るさで返すことができない。

「……私は、ヒューさんと同じのをお願いします」

「レイは?」

「……何でもいい」

「じゃあ、お前も俺と同じやつね」


 ヒューさんはろくにメニューも見ず一番上にあった料理を三人分注文すると、居心地悪そうに椅子に座り直した。

「で、まあ、老師との面会が終わったわけだけど」


 沈黙。


「しっかし、老師さ、俺にだけひどくない? めちゃくちゃ怖かったー」

苦笑して愚痴をこぼすヒューさん。


 またもや沈黙。


 私は彼に微笑みかけようとしたけれど上手くできなかった。

「俺、全然しゃべってないのに『沈黙せよ』って、どういうこと?」

ははは、と乾いた笑い。反応しない私たちを見て、ヒューさんは困った子どものような顔をした。


 そんな彼の優しさに応えたくて何とか言葉を口にする。

「確か『沈黙を以て律せよ』とおっしゃってましたよ」

「ああ、『律せよ』か。相変わらず難しい言い方するよねー、通訳必要なんだけど」

「私も難しくてほとんど分からなかったです」

「俺らが学生の時からあんな感じだよ、まいっちゃうよねー」


 二人でぎこちなく笑い合う。無理やりに作った明るさだけど、気を逸らさないと深く暗い思考の渦に飲み込まれてしまいそう。今はただヒューさんの明るさを道標にして思考の波をかき分けることに集中しなくては。


「……お前は普段からうるさく喋っているからだろう」

黙りこくっていたレイフォードさんが、ぼそりと口を開いた。

「なに、レイ、急に悪口?」

「老師がおっしゃったのは、『お前は口が軽いから、ペラペラ喋るな』ってことだろう」

「ひどっ。そこまで言ってなくない?」

「通訳すると、そういうことだ」


普段の調子が少し戻ったみたいだ。自分だけ黙っているのは機嫌を取ってもらうようで、気が引けたのだろう。

「そういえば、私、老師に素導師(そどうし)風のお辞儀をちゃんとできなかったんですけど、大丈夫でしょうか?」

「君は”視られない”でしょ? 拝礼は”視ることができる人”だけ、すればいいんだよ」

ヒューさんが言った。


「そうなんですか?」

「拝礼は”勝手に視ません”、っていう意思表示だからね。だから両手を相手に見せて、目は開けたまま下を向くんだよ」

「そんな意味があったんですね」

「ちなみに、源素大学校に入学するとめちゃくちゃ練習させられるから」

「へえー」


 レイフォードさんも会話に加わる。

「確かにあの練習だけは嫌だったな」

「もう体に叩き込まれるもんね。拝礼だけは軍隊並みだよ」

「あれはもう御免だな」

少しずついつも通りに戻る会話。


 食事が運ばれてくる。できたてで温かくて美味しそう。そのはずなのに味がほとんど分からなくて、なかなか喉を通らなかった。レイフォードさんも何とか口にしていたが、どこか苦痛を隠したような表情をしていた。ヒューさんはそれに気が付かないふりをしていた。


「まあ、老師の言っていたことは、後で皆でよく考えてみよう」とヒューさんが優しく言った。

『皆で』そう言ってくれる彼の気遣いが、とてもありがたかった。

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