第16話 源素大学校
翌日の午前中、私とレイフォードさんは源素大学校へ馬車で向かった。私はぴったりのサイズに調整されたえんじ色の服を着て髪をハーフアップにしていた。失礼のないようにとレイフォードさんのお母さんが使用人に私の身支度を手伝わせてくれたのだった。
レイフォードさんは初めて会った時と同じ純白の素導師の正装をしている。その姿を見るのは二度目だったが、やはり目を奪われるほど高貴で惚れ惚れする美しさだった。
門の前にはヒューさんが待っていて、馬車が止まると私が降りるのを手助けしてくれた。
「ようこそ、源素大学校へ」彼は大仰な芝居がかったお辞儀をしてみせた。
ヒューさんもまた素導師の正装を着ていた。淡いクリーム色の梨地の布に金の刺繍という組み合わせが、彼の蜂蜜色の髪によく似合っていた。長身で手足が長いのでローブが映える。いつもは無造作に括られている髪は丁寧に整えられて細いリボンで結ばれていた。
「ヒューさん、かっこいいですね!」
そう言ってから『容姿を褒めるのは、好きという意味』というこの世界の習わしを思い出して、慌てて付け加えた。
「あの……服がかっこいいですね」
ヒューさんはあからさまにがっかりした様子を見せた。
「なんだ、服が? 僕のことも、かっこいいって褒めてくれてもいいのに」
「だって見た目を褒めちゃいけないんですよね?」
「え?」
ヒューさんはきょとんとして首を傾げた。
「勘違いさせちゃうというか、異性として好きみたいな意味になっちゃうというか……」
「どういうこと?」
私がレイフォードさんの方を向くと、聞こえていないのかしれっと澄ました表情をしている。
「レイフォードさんが『目とか顔のパーツを具体的に褒めるのは、誤解を招く』って」
「ああー、なるほど。まあ、そうかもね。でも全体の様子をかっこいいとか可愛いとは言うし、喜ばれるよ?」
彼はいたずらっぽい表情で続ける。
「あ、確かに、僕も熱っぽい眼差しで目とか髪を褒められたら、その人のこと好きになっちゃうかもなー」
「そうなんですか?」
「そりゃもう、ねぇ」
二人でレイフォードさんを見ると耳がほんのり赤くなっている。
「行くぞ」とレイフォードさんは先に歩き出した。
あとから付いていく私にヒューさんはこっそりと小声で聞いてきた。
「ねえ、もしかして、レイの髪とか目を褒めたことあるの?」
「髪ではないんですが、うっかり鼻を『スッとしてきれいですね』って言ってしまったことがあります」
彼は呆気にとられて口をぽかんと開けた。
「いや、知らずに言ってしまったんです!」と慌てて顔を赤らめながら釈明する。
ヒューさんはプッと笑ってから「まあ、大丈夫でしょ。相手はレイだし。それに、鼻を褒めてもロマンチックじゃないし」と涙目で慰めを言うのだった。
源素大学校は物語に出てくるお城みたいな見た目なのだろうと想像していたが、実際は非常にユニークで近代的な建物だった。無機質なほど角張った多面体がいくつも組み合わさったような形をしている。
「これ、人が建てたんですか!?」
思わず感嘆の声を上げるとヒューさんが笑って答えた。
「逆に人が造る以外にどうやって造るの? 数百人もの職人が何十年もかけて造るんだから大層なことだよね」
私たちのやり取りをじっと見ていたレイフォードさんがぽつりと呟いた。
「……やはり、そうだよな」
「え?」
「普通はそう考えるよな」とヒューさんに対してどこか意味深に言う。
「なにがですか?」と私が聞いたけれど、「いや、何でもない」とはぐらかされてしまった。
中に入ると学生と思われる紺色の制服姿の若者たちとすれ違った。
すれ違いざま彼らは足を止めると、片方の手の甲にもう一方の手のひらを重ね、胸に添えるようにしてお辞儀をした。
それに対してレイフォードさんとヒューさんは歩みを止めずに軽く頷き返す。
素導師への敬意を表す挨拶なのだろう。レイフォードさんに対する田舎の村長の丁重な態度を思い出す。私はこの世界での”普通の感覚”さえ知らないのだと改めて思い知らされる気持ちだった。
入ってすぐのホールにある受付でヒューさんが書類を提出して何かやり取りをした後、別棟へ繋がる通路を進む。
「ここがお二人が通っていた学校なんですね」
「そうそう、懐かしー」
「レイフォードさんとヒューさんもああいう感じだったんですか?」
「まあね」
先程の学生達の数年後の姿に思いを馳せる。
「あの人達も将来、素導師になるんですね」
少し困惑したように苦笑してヒューさんが言う。
「んー、果たして、何人がなれるかな」
「……そんなに少ないんですか?」
「あの中の何人か、だね。全員なれるわけじゃないから」
あっさりと言ってのける彼に私は言葉を失った。
ヒューさんが以前素導師をエリートと言っていたことを思い出す。私の想像以上に厳しい世界なのだろう。入学するのは狭き門で、修了して素導師になるのはさらに少ないということなのだ。自分の無知さ加減が急に鉛のように重くなって胸の奥深くに沈んでいくような気がした。
「何年間も勉強しても、素導師になれないかもしれないなんて、大変ですね……」
「まあね、覚悟して一生懸命やるだけ」
そう簡単に言うヒューさんもさも当然といった顔をしているレイフォードさんも、私とかけ離れた世界にいるようだった。
(私はきっと、そんなことできない)
入学はヒューさんの方が先だったらしいが、修了式は二人同時だったという。後から入ったレイフォードさんが彼に追いついたのだそうだ。
「レイは4年だっけ? 異例の早さって言われたよね」
「ほぼ5年だ。別に早くない」とレイフォードさんは冷淡に言う。
「何言ってんの!? 6年かかった僕の立場は? しかも6年だって、優秀なほうなんだから。リリーちゃん、誤解しないで。こいつが異常なんだから!」
興奮してまくし立てるヒューさんには聞こえなかったのかもしれないが、レイフォードさんの隣にいた私には、ぽつりと彼の独り言が聞こえた気がした。
――「遅かったくらいだ……」
聞こえるか聞こえないかほどの低い声で吐き出された思い。
レイフォードさんは視線を下に落とし、その表情は凍りついたように動かなかった。




