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恋を知らない素導師様は  〜君という難問に抗えない〜  作者: 井ノ上 杏
第二章 旧都へ

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第15話 思いがけない才能

 翌日の朝食後しばらくして、例のえんじ色の服のサイズ調整をするためレイフォードさんのお母さんが私の部屋にお針子と一緒にやってきた。試着した私の肩や袖をあちこちつまんでは、まち針で手早く固定していく。

「これでよさそうね。すぐに取り掛かってちょうだい」

指示を受けたお針子は一礼して部屋を出ていった。


「……」

 二人きりになってしまい、気まずい空気が流れる。

(レイフォードさんのお母さんは部屋を出ていかないのかな)

空中を見つめる凛とした雰囲気がレイフォードさんに似ている。やっぱり親子なんだ。


「……リリアナさん、レイはあなたに研究の手伝いをしてもらっていると言っていたけれど、あなたは源素(げんそ)学に興味をお持ちなの?」

「いえ、全然」

ちょっと驚いた顔をして彼女は私を見る。

(はっきり言い過ぎたかも)

「あ、えっと、私は源素学のことはよく分からないんですけど……レイフォードさんによると私の体質が何か珍しいそうで」


 源素がないとか視えないとか言うと驚かれてしまうかもしれないと思うと、誤魔化すようなことしか言えなかった。珍獣を見るような目を向けられるのは、胸の奥がチクリと痛むから。


「ああ、そうなの」

私のまずい説明で彼女は納得してくれたようだった。というより、彼女も大して源素学に興味がないように見えた。むしろ興味があるのは……。


「あの子は、変わり者でしょう」

「そうですね」

またもや、はっきり言ってしまう私。

彼女が片眉を上げて言う。

「……あなた、随分はっきりと物を言う方なのね」

「すみません」

「まあ、いいわ」


 独り言のように彼女は続けた。

「私の父に似たのかもしれないわね、父は学者肌だったから。レイは昔からよく素導館(そどうかん)に滞在していたの」

先を促すように私は黙って聞いていた。

「レイは子どものときに咳の発作があって空気のいい田舎に住んでいる私の父母に預けていたの。私はカエリム家の家業とレイの兄たちのことで忙しかったし。それに、あの子は父のお気に入りだったから」


(なんでこんな話を私にするのかな)

「父にレイの素導師姿を見せられたら、どんなによかったかしら……」

――お祖父さんはレイフォードさんが素導師になる前に亡くなったのか。


「小さいときはあんなに可愛かったのに。今じゃまるで一人で勝手に大きくなったみたいな態度で滅多に実家に寄り付きゃしないし」

後半は愚痴になってきた。

突然彼女は我に返ったように、再び毅然とした女主人の仮面を被った。

「ああ、変な話をしてしまってごめんなさいね」

「いえ……レイフォードさんのお母さんが心配されているのが伝わってきました」


 そう、多分息子のことを話したいのだ。でも昨夜の様子から察するに、レイフォードさんのお父さんは反応が薄そうだった。使用人に息子のことを相談など気軽にできないだろう。たぶん、私はちょうどいい存在なのだ。使用人でもなく息子のことを知っていて誰にも繋がっていないから漏れることもない。


 都合の良い存在だったとしてもよかった。孤独な彼女の話を聞いてあげることで少しでも気が晴れるなら。服のお礼とでもいうのか。


 そんなことを考えて黙っている私に、彼女は話しすぎたと思い至ったらしい。気まずい雰囲気を振り払うかのように明るい口調で私に提案してきた。

「あなた、服が必要なのではなくて? 田舎では手に入りにくいでしょう。下に生地があるから見に行きましょう。好きな生地でいくらでも仕立ててあげるわ」


 いくつも服を作ってもらうのは気が引けたが、彼女の気持ちを軽くしてあげたくて私は提案に乗ることにした。

「ご親切にありがとうございます。素敵なお店だから見てみたいと思っていたんです」



 階下には実物大のドレス見本だけでなく、沢山の種類と色の生地やリボンがところ狭しと天井まで壁一面に並んでいた。

「希望を聞かせて」と言われたものの、これだけの種類があると組み合わせは無限大になるように思われた。いくつもの反物を選り分けていると、原色や濃い色がほとんどの中で真珠のような艶を持った綺麗な薄ピンクの生地に目が留まった。


「これ素敵ですね」

「あら、こんな生地あったかしら」

彼女が近くの従業員に尋ねると、それは最近小さな工房が持ち込んできた人工染料による試作品だという。


「濃いほうが染料を沢山使っていて上等な品とされているのよ」

だからやたらと濃い色が多いわけか。

「でもあえてこういう色合いを選ぶのもいいかな、なんて」


(私は好きなんだけどな)

「安物に見えないように上品で大人っぽいデザインにしたらいいんじゃないでしょうか。例えば……」

言いかけたものの言葉では上手く伝えられず、従業員に紙とペンを借りると簡単なイラストを描いてみせた。


デコルテが大きなリボンになった形のドレス。

ウエストは絞って下に行くに従って流れるようなマーメイドラインに。

桜のような色だから、裾は花びらみたいな形にして。

シンプルだけどきっと綺麗だ。


 それを見た彼女は目を見開いて信じられないという顔をした。

「あなた……絵が上手いのね!」

「え、そうですか? これは絵というのかな」

「写実的な絵ではないけれど、図案というのかしら。特徴が捉えられていて、とても分かりやすいわ」

紙を掲げてためつすがめつしている。


「デザインも斬新だわ……胸元自体がリボンの形になっているなんて」

「ドレス本体と同じ生地で作れば、できると思うんですけど」

「そうね。裾は曲線になっているの?」

「できませんか?」

私の言葉に反応してキラリと彼女の目が光った。

「我が家の技術をもってすれば、できないことなどないわ。裏に薄い布を当てて端を処理すれば……。このデザインはかなり前衛的だけれど、かえって熱狂的に受け入れられるかもしれないわ」


 私は褒められたのが嬉しくなって続けた。

「この世界の服って紐がいっぱい付いていますよね、ボタンもですけど」

「身体にフィットさせようとしたら、どうしてもそうなるのよ」

「どうせならリボンにして可愛く見せたらどうですか?」

「編み上げ紐ということ? でもそれは下着についているものよ」

下着っぽくなっちゃうのか。私はちょっと考えて答える。


「……太めのリボンではどうですか? 刺繍入りの綺麗なやつを使って、あえてデザインとして見せる感じで」

またもイラストに描いて説明する私の手元を彼女が熱心に覗き込む。

「確かに、これなら抵抗感なく受け入れられるかもしれないわね」

「肩のストラップをリボンにしても可愛いです。あと透ける生地の袖をつけたり」

「……!」


 他にも提案をする度に彼女が驚いて良い反応を返してくれるので、ねだられるままにデザイン画を描いた。

彼女はデザイン画を手元に集めると言った。

「これを印刷して顧客に配れば、注文を受けるときに圧倒的に便利だわ。遠方の方にもお送りできるし」

「生地見本とセットにすればイメージが伝わりやすいと思います」

「そうね! これは、いけるわ……!」


――よかった、役に立てて。

快い満足感に浸る私の手を、突然がしっと彼女が両手で掴んだ。上品な淑女らしからぬ力強い振る舞いに思わずたじろぐ。


「ど、どうしましたか」

「リリー、源素大学校へ行った後は特に予定ないのよね?」

いきなりリリー呼びされている。かなり心を開いてくれたようだ。

「はい」

彼女の深い紺色の目には勝機を逃すまいとする商人魂が星のようにきらめいていた。

「その後の予定、空けておいてちょうだい。忙しくなるわよ」


 そう言うなり、彼女はさっと身を翻し従業員たちに猛烈に指示を飛ばし始めた。雰囲気が一変しさながら臨戦態勢のような慌ただしい空気が流れる。


(レイフォードさんのお母さん、目の色変わってたな)

理由がわからないまま、私はひとまず彼女の元気が出てよかったと思うのだった。

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