75話 ヒビキの呆れ顔と、父親の「王家すら蹴散らす」絶対的な宣言
ヒビキの呆れ顔と、父親の「王家すら蹴散らす」絶対的な宣言
あまりの爆笑の嵐、そして自分の何気ない言い訳が「婚約の既成事実化」という特大の地雷へと変貌したことに、ヒビキの脳は一時的なフリーズを起こしていた。「えっ……?」という言葉すら漏れず、ただ間抜けに目を丸くして、父親の豪快な背中を見つめることしかできない。
その「驚愕して言葉を失っている姿」を、父親は息子特有の若さゆえの慎重さや、王家からの報復を懸念した「領主としての不安」であると、またしても勝手に深読みしたらしい。父親はニヤリと、獲物を狩る前の獣のような頼もしすぎる笑みを浮かべ、ドシドシと巨躯を揺らして歩み寄ってきた。
「なんだ、ヒビキ! 姫様の縁談を断ったことを、まだそんなに気にしているのか? まさか国王や王都の腰抜け貴族どもが、不敬だなんだと喚いて、我が辺境伯家に何らかの圧力をかけてくるとでも思っているのか!」
父親はフッと鼻で冷たく笑い飛ばし、国境の荒くれどもを幾度となく蹂躙し、絶対的な力で魔境を平定してきた覇者の目をギラリと光らせる。その眼光には、中央の権力など微塵も恐れぬ、暴力的なまでの圧倒的自信が宿っていた。
「安心しろ、馬鹿者め! そんなくだらん真似をあいつらがしてきたら、辺境伯であるこの父が、全軍を率いて正面から叩き潰してやるわ! そもそも、我ら辺境の守りをわずか一日放棄するだけで滅びるような脆弱な中央政府だ。我が辺境伯家を本気で怒らせる度胸など、陛下を含めて、この世の誰一人として持ち合わせておらん! だから、お前はただ堂々と、惚れた女の横で笑っていればいいのだ! ガッハハハ!」
それは政治的な対話などではなく、ただの「絶対的強者」による暴力的な宣告であった。
「良し! リサーナのところの伯爵には、わしから今すぐ、書簡を飛ばして婚約承諾の便りを出しておく! 覚悟しておけよ!」
父親は言い捨てると、満足げに鼻を鳴らし、まるで猛烈な嵐が過ぎ去ったかのような勢いで、重厚な扉を蹴破らんばかりの勢いで執務室を飛び出していった。風のように去りゆくその背中からは、息子が自らの足で人生の伴侶を見つけ、堂々と生きる姿に対する純粋な喜びが溢れ出ていた。
扉がバタンと激しい音を立てて閉まり、執務室には再び重苦しい静寂が戻る。ヒビキの肩には、先ほど叩かれた時の凄まじい衝撃の余韻が、鈍い熱として残り続けていた。
「……親父、強すぎるだろ……」
ヒビキは、あまりの「物理的な最強っぷり」と、自分と父親の間にある認識のズレ――いや、もはや銀河系の端から端までというような絶望的な距離感に、腰から力が抜けるような脱力感を覚えた。
自分はただ、のんびりと辺境の屋敷でサボりたかっただけなのだ。それなのに、父親の暴走によって、国を相手にした政治的決着すらも、強引に「力押し」で終わらされようとしている。
ヒビキは再びどっと噴き出した冷や汗を拭い、遠ざかっていく父親の足音を聞きながら、額に手を当てて深く、深く、溜め息を吐いた。辺境での平和なはずの生活が、またしても予想外のスケールで混沌の渦へと飲み込まれていくのを感じながら、彼はただ、呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかったのだった。




