7話 思わぬアクシデントと、大量の魔物の殲滅
思わぬアクシデントと、大量の魔物の殲滅
なんとかして魔物たちの頭部だけを効率よく水に沈められないか。ヒビキは顎に手を当て、奈落の底をじっと凝視した。
過密状態の彼らの頭の位置を測り、その少し下のラインに狙いを定める。大量の水を維持するのではなく、まず水を通さない強固な底を即席で作ればいい。そう考えたヒビキは、暗黒の空間を横断するように、結界を一定の高さで水平に展開しようと試みた。
その瞬間、大気が激しく震えた。
ヒビキの放った魔力が極限まで圧縮され、一条の冷徹な光の刃となって奈落の闇を走る。最大値まで引き上げられた結界のスキルは、主の曖昧なイメージを遥かに超越した強度で具現化した。それは薄い障壁などではなく、空間そのものを鋭利に両断する、目に見えない絶対不可侵の薄膜だった。
広大な地下空間を真横に切り裂くようにして、半透明の膜が一気に全域へと急展開する。
直後、鼓膜を破らんばかりの凄まじい絶叫と、骨が圧壊する鈍い音が穴の底から湧き上がった。
思いもよらぬアクシデントだった。
うごめいていた魔物たちの首が、音もなく一斉に撥ね飛ばされたのだ。鉄をも容易く切り裂く結界の凄まじい展開速度と硬度が、ひしめき合っていた巨体たちの首を無慈悲に刈り取る断頭台へと変貌していた。
ドシャドシャと生々しい音が響き渡り、数百の命が一瞬にして消散していく。奈落の底から吹き上がるすさまじい血の臭いに、ヒビキは思わず口元を押さえて数歩後退した。
息を整えながら恐る恐る穴の底を覗き込むと、そこには息絶えた巨体たちが折り重なっていた。探索スキルが捉えた反応の中には、凶悪な角や禍々しい甲殻を持った上級の魔物も多数混ざっていたようだ。
生存競争の激しい最深部ゆえか、小柄な低級の魔物や魔獣の姿はほとんど見当たらない。それらはこの暗闇に閉じ込められた恐怖のなかで、すでに中級や上級の怪物たちに貪り尽くされ、文字通り血肉と化していたのだろう。
凄惨な静寂が戻った落とし穴の前に立ち、ヒビキはただ呆然と、己の手のひらに残る恐るべき力の残滓を見つめるしかなかった。
爆発的なレベル上昇と、ヒビキの困惑
奈落の底から湧き上がる莫大なエネルギーが、ヒビキの全身の細胞一つひとつに染み渡っていく。ヒビキの脳内で透明なスクリーンが狂ったように明滅を始めた。
視界が白い光で埋め尽くされるほどの勢いで、レベルアップの通知とログが滝のように流れ落ちていく。レベルの急激な上昇に伴い、身体の奥底から筋肉の繊維、神経の伝達速度に至るまで、すべての基礎ステータスが爆発的に跳ね上がるのを改めて感じていた。視界はどこまでも明瞭になり、呼吸は驚くほど深く静かだ。
だが、その全能感に比例するように、ヒビキの背中を冷たい汗が伝う。
この世界は、前世の記憶にある画面の向こうのゲームとは根本的に違っている。リスポーンなんて都合の良い奇跡は存在しない。どれほど危険な魔物や魔獣が相手だろうと、命のやり取りは常に一発勝負だ。一度でも刃を浴び、命の火が消えてしまえば、そこで人生は完全に終わりを迎える。
だからこそ、この世界の住人たちは地道に過酷な修行を重ね、慎重に実力を積み上げていくのだ。血の滲むような鍛錬を経て、レベルが30に達すれば誰もが羨む上級冒険者として名を馳せ、50の大台に乗れば国中から称えられる英雄級と崇められる。それが、この世界の冷厳な常識だった。
そんな常識の遥か上を、ヒビキは一瞬にして突き抜けてしまっていた。
元より膨大だった魔物たちの群れに加え、獲得経験値3倍、そして獲得BP3倍という規格外のパッシブ能力。それらが最悪の形で噛み合った結果、目の前のスクリーンに表示された数値は、すでにレベル600を優に超えていた。
「おいおい……嘘だろ……いくらなんでも上がりすぎだ……」
あまりの桁違いな数字に、ヒビキはただ呆然と立ち尽くし、冷や汗を拭うことすら忘れて焦燥感に囚われていた。英雄すら子供扱いできるような怪物が、今、王国の最果てで人知れず誕生してしまったのだ。
無能と蔑まれ、サボることばかりを考えていた辺境伯家の落ちこぼれ。
だが、この日を境に、ヒビキの平穏な日常と人生は、世界の理ごと激しく一転していくのだった。




