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69話 キッパリとした拒絶と、貴族たちの震撼

キッパリとした拒絶と、貴族たちの震撼


 ヒビキの脳内で、刹那の間に弾き出された「人生の平穏」を死守するための最適解――それは、あらゆる政治的リスクを無視した、極めて鮮やかな「即座の拒絶」であった。


 彼は一切の躊躇を捨て去った。己の安寧を乱す全ての因子を排除するため、完璧なまでの仮面を被る。眉をわずかに寄せ、誠実さと同時に、どうしても覆し難い個人的な信念を滲ませた凛々しい表情。それは、王家に対する最大限の敬意を装いつつ、鋼鉄の如き拒絶の意志を隠し通す、ヒビキという男が長年のサボり人生で培った最高峰の演技であった。


 ヒビキは姿勢を正すと、王の間を支配する重苦しい威圧感を微塵も感じさせない涼やかな態度で、国王の深淵なる瞳を真っ直ぐに見据えて、深く、かつ優雅に頭を下げる。


「……お言葉、大変身に余る光栄に存じます。我が身には過ぎたる誉れ、これ以上ない幸せにございます。しかしながら、どうか……どうか、この身の勝手をお聞き入れください。私にはすでに、辺境の地で将来を誓い合った、かけがえのない婚約者がおります。そのため、こちらの縁談をお受けすることは、どのような事情があろうとも……どうしてもできかねます。誠に恐れ多く、心苦しい限りではございますが……謹んで、お断り申し上げます」


 澄み渡るような、澱みひとつないハキハキとしたその声は、広大な王の間に鮮やかな残響を残して消えた。


 その瞬間――。


 先ほどまで微かな囁きや政治的な駆け引きが渦巻いていた王の間が、まるで巨大な氷塊の中に閉じ込められたかのように、一気に凍りついた。


 周囲に控えていた重鎮たちや、権謀術数に長けた上級貴族、そして国家の運営を担う宰相に至るまで。その場にいた誰もが、あまりの衝撃に言葉を失い、文字通り目を見開いて硬直していた。驚愕のあまり呼吸すら忘れた彼らは、顎が外れんばかりに口を開け、ヒビキという青年を、まるでこの世の理(ことわり)から逸脱した未確認生物でも見るかのような恐怖と困惑の眼差しで凝視し続けている。


 王家が威信をかけて提示した、国全体をも動かす最高峰の栄誉。王女という国の至宝との婚姻。

 それを一介の、地方領主の嫡男が、あろうことか「プライベートな先約がある」という、国家の命運という壮大な舞台から見れば極めて個人的かつ瑣末な――しかし、ヒビキにとっては絶対的な――言い訳ひとつで、秒殺の如く蹴り飛ばしたのだ。


 これまでの王国史において、これほどの無礼があっただろうか。いや、これは無礼という枠組みを超えた、王家に対する公然たる拒絶であり、反逆にも等しい一撃であった。


 玉座に鎮座する国王の表情が、信じがたいものを見る驚愕から、じりじりと焼けるような強張った憤怒へと変貌していくのを、重臣たちは戦慄とともに見守っていた。


 ヒビキの背後では、彼が愛する平穏な日常を守るための命懸けの「サボり防衛戦」が、予想を遥かに超える巨大な政治的波紋となって、この王国の権力構造を根底から震わせ始めていたのである。



貴族たちの「勝手な深読み」と恐怖


 王の間に漂う沈黙は、わずか数秒のうちに「静寂」から、肌を刺すような「戦慄」へと変貌を遂げていた。


 ヒビキが放ったあまりにも無防備で冷徹な拒絶の言葉は、その場に控える王宮の重鎮、宰相、そして百戦錬磨の将軍たちの脳内で、政治的観測という名の歪んだフィルターを通り、凄まじい速度で増幅されていった。彼らはヒビキの行動の裏側にある「ただ面倒なことは避けたい」という究極のマイペース思考とは夢にも思わず、その態度のすべてを、辺境伯家が秘める「底知れぬ野心と、王権すらも凌駕する不遜さ」の表れであると、勝手に、かつ決定的に読み違えたのだ。


(……やはり、噂以上の脅威だ。あの辺境伯家という一族は、中央の王家ですら平伏させる冷酷な覇気と、揺るぎない矜持を持っているのだ……!)


 王宮の政治を司る宰相は、顔面を死人のように蒼白に染め上げ、手元の書類を握りしめる震えを隠すことができない。彼にとって、国王の慈悲深い縁談を平然と切り捨てたヒビキの態度は、王の権威など微塵も恐れない、絶対的な「力」の裏付けそのものに見えた。

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