68話 王の間での問答と、ヒビキの脳内ネガティブ葛藤
王の間での問答と、ヒビキの脳内ネガティブ葛藤
王都の心臓部、重厚な石造りの深奥に位置する「王の間」。天井を突き抜けるかのような巨大な大理石の柱が並び、黄金の装飾が煌めく空間は、息が詰まるほどに重苦しい威圧感に満ちていた。
中央の玉座には、この国の頂点に君臨する国王が静かに座し、その右隣には「国宝」とまで称される美貌の王女が、氷のような無表情で控えている。壇上を取り巻くように、王宮を支える宰相や百戦錬磨の老重鎮、そして野心に燃える上級貴族たちがずらりと並び、冷たく、かつ鋭い視線をヒビキの一挙手一投足に突き刺していた。
張り詰めた空気を切り裂くように、国王が朗々とした声でヒビキの武勲を大仰に称え、場の支配権を握るべく切り出す。
「ヒビキ・フォン・ヴァルハイト辺境伯よ。其方の類まれなる武勲、そして我が領土を救ったその忠義、深く感銘を受けた。つきましては、その功績に対する最大の恩賞として、我が最愛の娘、王女との縁談を授ける。王家を支え、共にこの国を導く重責を担うのだ」
その言葉が響いた瞬間、玉座の間を埋め尽くす貴族たちの間で、どよめきと羨望、そして嫉妬が渦巻く囁きが広がる。普通の貴族であれば、その場で跪き、歓喜の涙を流して感謝の言葉を紡ぐであろう究極の栄誉。しかし、当のヒビキの脳内では、その光り輝く未来の裏側に隠された「破滅のシナリオ」が、超高速演算でシミュレートされていた。
(……いやいやいやいや。俺が王女様と結婚? 無理、絶対に無理。どう考えても身分不相応どころか、釣り合いがとれていないだろ。それ以前に、もしこんな政治的権力の象徴そのものである王女と結婚なんてしたら、一生この王都の堅苦しい城の中に監禁されて、トイレに行く時ですら王家の監視員に四六時中マークされるに決まっている)
彼の脳内では、すでに自分の「自由な生活」が、砂の城のように音を立てて崩壊していく未来図が鮮明に描かれていた。
(一生、宮廷特有の面倒くさい礼儀作法や、足の引っ張り合いに過ぎないドロドロの派閥争い、さらには終わりの見えない書類仕事に追われる生活だと……? 冗談じゃない。俺がこれまで辺境の地で、いかに効率よく、いかに誰にも邪魔されず、ひたすらに『安全かつ快適にサボり抜くか』という、血の滲むような努力で築き上げた人生設計が、根底からひっくり返っちまう!)
さらに、ヒビキにとって最も死活問題である「趣味」という名の自己研鑽についても、即座に絶望的な結論が出される。
(何より、ストレス解消のために裏山でこっそりやる予定の『危険な大規模魔法の検証』や『ステータスBPを使った怪しい実験』なんて、この四方に目が光りまくっている監視の街・王都で、どうやって実行しろっていうんだ? 一歩魔法を使えば、すぐに王宮魔導師団が飛んできて、報告書を山のように書かされる未来しか見えない。あんな場所、俺にとっては牢獄以下だ!)
ヒビキは内心で毒づきながら、チラリと横に控える王女に視線を向けた。確かに絶世の美女だ。絵画から抜け出してきたかのような精緻な顔立ちだが、ヒビキにとってその美貌は、人生の平穏を根こそぎ奪い去る「起爆装置」にしか見えなかった。
(……というか、今日初めて顔を合わせたレベルの、性格もろくに知らない王女様だぞ? 美人だろうが何だろうが、中身がどんな地雷を抱えているか分からん爆弾を、自ら踏みにいくなんてバカのすることだ! そんなリスクを負うくらいなら、まだリサーナの小言やシアの過剰な甘えを適当に受け流しながら、辺境の地でダラダラと昼寝している方が、精神的安定という点では100倍マシだ!)
ヒビキは、周囲の視線を一切受け付けないポーカーフェイスを完璧に維持していた。しかしその内側では、「王女との縁談をどうやって角を立てずに断るか」「いかにしてこの過剰な期待をかわし、静かな辺境へ帰るか」という、究極のサボり防衛戦が、脳内で死闘のごとく展開されていたのだった。




