67話 国王の決定と、王都からの召喚
国王の決定と、王都からの召喚
国境を揺るがし、大地を震わせた魔物の大群の咆哮が嘘のように止んだ直後、王都の心臓部である深紅の玉座の間には、この世の終わりを告げるかのような重苦しい沈黙と、抑えきれぬ戦慄が渦巻いていた。
辺境の監視所から届いた緊急報告書には、筆記者の手が震えてインクが滲んだ跡が残っている。そこに記されていたのは、戦術の常識を根底から粉砕する狂気の事実であった。国境を蹂躙し、王国そのものを滅亡の淵へと追い詰めていた10万規模の魔物の大群が、たった一人の人間による「たった一発の広域滅尽魔法」によって、細胞の欠片一つ残さず、この世から消滅させられたというのだ。
「たった一発で、地形が変わるほどの『虚無の焦土』になっただと……? 貴様、今なんと言った……? 10万の凶悪な魔物や魔獣軍勢が、まるで存在しなかったかのように消えたというのか!」
老いた国王の震える指が、報告書を握りしめ、しわくちゃに折り畳んでいく。
辺境伯領は、もともと独自の軍事特権と強固な自治権を保持し、国への納税すら免除されているという、国内において公爵以上の権力を独占する「怪物領地」であった。これまでもその異質さは国政の懸念事項であったが、もしその嫡男であるヒビキが、国家そのものを容易く、それこそ概念ごと消し去れるほどの個人としての絶対的破壊力を有しているのだとすれば――。王家がこれまで積み上げてきた軍事バランスや、政治的な抑止力など、笑い話にもならない。力ずくで押さえ込むことなど到底不可能、かつ絶対的な破滅を招く禁忌であることは明白だった。
王家の長たる国王の額からは、冷や汗が滝のように流れ落ちていた。
王権の維持は、今や風前の灯火。ヒビキという規格外の存在が辺境という箱庭で野放しであれば、いつ王家そのものが彼の気まぐれ一つで塵へと変えられるかわからない。その拭い去れぬ焦燥感が、まるで冷徹な刃となって、国王の喉元を鋭く突きつけている。
「……取り込まねばならん。何としてでも、あの男を王家の中枢に取り込まねばならんのだ。首輪をつけねば、この国の王権は明日にも危ういのだ」
国王は、玉座から崩れ落ちそうになる身体を無理やり支え、側近たちへ震える声で決断を下した。
それは、伝家の宝刀にして、王家が持ちうる究極の籠絡策。王室の血を引く王女との縁談――それは、かつてないほどの格付けをヒビキに与えるという、事実上の王家による敗北宣言であり、命を懸けた賭けであった。
数日後、王都の極めて重厚な封蝋が押された公式な召喚状が、辺境伯領の門を叩いた。
それは単なる呼び出しではない。美しき王女を人質に近い形で差し出し、その代償としてヒビキという怪物に「王家の庇護」と「婿入り」という名の美しい首輪を強引にはめようとする、国王の最後の悪あがきであった。
王都から派遣された使者は、現地に到着し、かつての森の面影が消え去り、鏡のように平らな虚無の焦土が地平線まで続く異様な光景を目の当たりにした。彼はそのあまりの平穏な「破壊の跡」に魂の底から腰を抜かし、震え上がるのも知らずに――。
ヒビキが愛する、あの静かで心地よいサボり時間は、いま王都の政治的な思惑によって、静かに終わりを告げようとしていた。




