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5話 最果ての狩場と、見えない盾

殻を破る意思(2)


 ひと通りの振り分けを終えたヒビキは、平原から重い腰を上げ、夕暮れ時の赤褐色に染まりつつある辺境伯家の屋敷へと戻った。


 まだ兵士たちの声が遠くで響く訓練場の一角。ヒビキは錆びついた感覚を確かめるように、再び木剣を握って構えた。

 ゆっくりと息を吐き出し、踏み込みながら刃を振り下ろす。


 その瞬間、世界が変わった。

 驚くほどに身体が軽い。これまで鉛のように重く、自分の意志から遅れて動いていた四肢が、まるで神経が完全に繋がったかのように思った通りに駆動する。架空の敵を想定して足を踏み出し、木剣を払う一連の動作において、攻撃の軌道も、重心を引く回避の身のこなしも、意識するより先に身体が勝手に、最適な形へと動いていくのだ。


 風を切る確かな手応えを感じながら、ヒビキは自らの両手を見つめ、苦笑を漏らした。

 これで改めて、確信に至る。自分という存在は、どれだけ汗を流して泥にまみれようとも、通常の訓練では絶対に強くなれないのだと。


 この世界で自分が上を目指す道は、ただひとつ。

 魔物を倒してレベルを上げ、それによって得たポイントを強くしたい項目へ注ぎ込むこと。その特異な成長の法則を、ヒビキは胸の奥でしっかりと深く刻み込むのだった。



最果ての狩場と、見えない盾


 今思えば、この環境は幸運そのものだったのかもしれない。

 王国の最果てと蔑まれるこの地は、現当主である父が治める辺境伯領だ。人里を離れれば、鬱蒼とした木々が広大な影を落とす森や、天を突く険しい山々がいくらでも連なっている。そこは常人であれば命の保証がない危険地帯であり、だからこそ、誰の目にも触れずにレベルを上げるにはこれ以上ない最適な狩場だった。


 ポイントを割り振ったことで、すでに平均的な剣術と魔法は身についている。しかし、つい昨日まで最弱と笑われていた男が、兵士たちの前で突如として鮮やかな剣捌きや魔法を見せつければ、あらぬ疑いをかけられて大騒ぎになるのは目に見えていた。


 ヒビキは自らの本当の実力を静かに確かめるため、夕闇が迫る時間を見計らい、気配を殺してこっそりと屋敷を抜け出した。向かったのは、かつて苦戦した低級の魔物が徘徊する、薄暗い森の入り口だ。


 静まり返った木々の隙間から、飢えた獣の気配が近づいてくる。だが、今のヒビキの心臓は驚くほど冷静に脈打っていた。

 ステータス画面でほんの少し数値をいじった。ただそれだけのことなのに、身体の奥底から湧き上がる力は以前とは段違いだった。踏み出す足には確かな芯が通り、視界に捉える世界の速度すら遅く感じられる。


 森の奥で遭遇した、低級よりも遥かに狂暴な中級の魔物ですら、今のヒビキの敵ではなかった。

 咆哮とともに放たれた魔物の火炎放射が、ヒビキの目の前でぴたりと静止する。空気の壁に遮られたかのように激しい炎は四散し、ヒビキの髪一筋さえ焦がすことはできない。


 最大値まで引き上げた結界のスキルは、想像を絶するほどに優秀だった。

 迫り来る鋭い爪の物理攻撃も、大気を揺らす攻撃魔法も、その透明な障壁は一切の衝撃を通さず、完全に防ぎ切ってみせる。


 完璧な防御の合間に、ヒビキは冷徹に隙を突き、的確な一撃を見舞って中級の魔物を屠っていった。絶対的な盾を手に入れた少年は、誰にも知られることなく、静かにその爪牙を研ぎ澄まし始めていた。



理を覆す智慧


 さらにヒビキの背中を強力に押し上げたのは、前世から引き継いだゲームやアニメの知識だった。

 この世界の住人たちは、魔法といえば大火力をぶつける派手な戦闘を常識としている。だが、前世の記憶を持つヒビキの頭には、より狡猾で、より合理的な戦術がいくつも眠っていた。魔力の消費を最小限に抑えつつ、格上の魔物や魔獣を確実に仕留める方法を、彼はふと思い出したのだ。


 ヒビキは手始めに、水属性の魔法レベルを少しだけ上げた。

 湿った土の匂いが漂う森の奥、巨大な牙を剥き出しにした魔獣が、低い唸り声を上げてヒビキの前に立ちはだかる。並の戦士であれば、その質量に圧倒されて逃げ出すような凶悪な存在だった。

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