42話 狂犬の再牙――禁忌の力と哀れなイキり
狂犬の再牙――禁忌の力と哀れなイキり
湿った空気を切り裂くような、ひび割れた不気味な笑い声。
薄暗い路地裏の奥から、ずりずりと足を引きずるようにして、薄汚いボロを纏った一人の男が姿を現した。
その顔を見て、リサーナは小さく息を呑んだ。
かつてヒビキにすべてを奪われ、その傲慢なプライドをズタズタに引き裂かれて実家からも見捨てられた男――ザックだった。
だが、その姿は以前とは明らかに異なっていた。
ヒビキへの凄まじい復讐の執念だけで生き延びたザックは、闇の邪教組織と接触。「人間を辞める禁忌の呪術」に手を染め、その体内に魔界のドス黒く濁った魔力を無理やり埋め込んでいた。
ザックの全身からは、死臭に似た黒い霧のような魔力がねっとりと立ち上り、皮膚を突き破るようにして伸びた指先の爪は、獣のような異形へと変形してどす黒く光っている。
「アッハハハ! 見つけたぞ、見つけたぞヒビキィィィ!!」
ザックは血走った目を極限まで見開き、狂ったように笑い声を上げた。よだれを撒き散らしながら、彼は歪んだ顔に歓喜の表情を浮かべ、ヒビキを指差した。
「かつて我が誇り高き伯爵家を見下し、この俺をハメて奈落に突き落とした罪は重い! だがそれも今日で終わりだ! 見ろ、この圧倒的な『魔界の力』を! 今の俺は神をも超える存在となったのだ! これでお前も、その後ろで怯える女どもも、全員まとめてミンチにして肉片に変えてやる!」
傲慢かつ卑劣な本性を剥き出しにし、勝ち誇ったように叫ぶザック。
彼は異形と化した両手を天へと掲げ、自身の命を削って得た黒い魔力の弾丸を狂ったように乱射し、暴力の嵐となってヒビキたちへと襲いかかった。
リサーナの脳裏に、かつて襲われたときの底知れない恐怖が、一瞬だけトラウマとなってよぎり、身体が小さく強張る。
だが、彼女の震える足は一歩も後ろへは退かなかった。今の彼女には、自分の目を覚まさせてくれたヒビキの圧倒的な実力への確固たる信頼がある。そして何より、「もう二度と、あの人の背中を裏切らない」という、胸に深く刻んだ強い決意があった。
リサーナは拳を強く握り締め、震える足で大地を踏み締めると、毅然とした瞳で眼前のザックを睨みつけた。
一方、ヒビキはただ無言のまま、面倒そうに、片手を前方にスッと静かにかざした。
「これでも喰らえぇ! 我が怨念のすべてを込めた、最高火力の魔界の呪いだ!!」
ザックがドヤ顔で放った、極大の闇の波動。大気を腐食させながら迫るその禍々しい濁流を、ヒビキの手のひらの前に展開された、お馴染みの『結界魔法』が平然と迎え撃つ。
パシィン、と。
ガラス一枚を隔てたかのような、あまりにも小さく軽い音が響いた。
世界を滅ぼすとさえ豪語したはずのザックの特大の呪いは、ヒビキの展開した透明な結界に触れた瞬間、何一つ波紋を広げることもなく、完全にシャットアウトされて霧散した。結界の向こう側のヒビキたちは、風の一吹きすら感じていない。
あまりの次元の違いに、ザックは「あ……え?」と、間の抜けた声を漏らして硬直した。
ヒビキはただ、ゴミを見るような極限まで冷めきった瞳で、目の前の哀れな男を一蹴した。
「……わざわざ人間を辞めてまで突っ込んできて、所詮はその程度か? 退屈だな」




