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38話 歓喜の変貌、あるいは歪な従属

歓喜(かんき)の変貌、あるいは歪な従属


 すっかり狂信に染まってしまった幼馴染の姿に、シアは心底呆れ果てたように華奢な肩をすくめて見せた。


「……そこまでして付きまとうつもりなら、その誰もが恐れおののくような、いかにも凶悪そうな悪魔の姿は今すぐやめなさい。ヒビキ様の周りに余計な警戒をさせて、迷惑をかけるだけだわ。それくらい分かるでしょう? 人化くらいしなさいよね、本当に鬱陶しいわね……もぉっ」


 冷たく言い放たれた言葉に、アゼルはまるで極上の褒め言葉でも受け取ったかのように嬉しそうに微笑み、その足元の影を歓喜に揺らした。


「もちろんだとも! 愛するヒビキ様のためであれば、この身をどんな姿にでも変えてみせますよ!」


 次の瞬間、アゼルの身体が淡い漆黒の光に包まれる。

 光が霧散した後に立っていたのは、端正な顔立ちをさらに際立たせる、洗練された美少年の執事姿だった。黒紫の髪は上品に整えられ、体にぴったりと沿う漆黒のタイトな衣服が、悪魔の王子としての気品と、どこか妖艶な影を醸し出している。


 だが――


 劇的な変化を遂げたアゼルを前にしても、ヒビキは少しも表情を変えず、ただそっけなく呟いた。


「……ああ、そう」


 その反応は、道端の小石が形を変えたのを眺めるのと同等、いやそれ以上に興味の薄いものだった。

 しかし、アゼルは白手袋に包まれた両手を自らの胸に当て、その圧倒的な無関心――彼にとっては至高の慈悲――に胸を熱くして、その場に崩れ落ちんばかりに激しく感動に震えていた。


「『ああ、そう』……! ああ、なんと深く、慈愛に満ちた優しいお言葉なのだ……! この卑小な僕の存在を、確かに認識していただけるだけで、これ以上の栄誉はありません……!」


 シアは、もはや哀れみの色さえ浮かんだ顔で、今日一番の深いため息をついた。


「……本当に、救いようがないほどどうかしてるわね、あなた」


 こうして、主からのいかなる拒絶すらも歪んだ悦びと忠誠の糧へと変換してしまう、恐るべき“最上級悪魔の王子”アゼルの、狂気とも言える従属の日々が幕を開けたのだった。



齟齬(そご)の代償、あるいは増えゆく従者たち


 ヒビキは思わず片手で額を押さえ、深く頭を抱えてしまった。

 この世界で初めて召喚魔法を試した結果が、当初の予定とあまりにも、それこそ天と地ほどの差で食い違っていたからだ。


(召喚魔法の術式自体は、確かに成功したはずだ。だが、情報収集した者たちから事前に聞いていた常識とまるで違うぞ……)


「あのさ……。リサーナから聞いていた召喚魔法の常識と、目の前の状況が全然違うんだが。召喚獣っていうのは、ほぼ戦闘はできなくて、戦闘の支援や荷物の運搬、索敵くらいにしか使えない便利屋だと聞いていたんだが……」


 心底不思議そうに首を傾げるヒビキに対し、シアはふふ、と優越感を湛えた笑みを浮かべて解説を始めた。


「それは一般的なただの人間お話ですわ、ヒビキ様。召喚される存在は、召喚する術者の器――つまりレベルに見合い、かつ、その術者がその瞬間に抱いたイメージに強く引き寄せられてこちらの世界に呼び出されるのですから」


(あぁ……そういうことか。俺はあの時……前世の記憶にあった、とあるゲームの可愛い美少女悪魔を思い出して、無意識に強くイメージしていた。それに、召喚するなら失敗したくないと思って、ステータスのレベルを最大値まで一気に引き上げていたな……)


 己の圧倒的な規格外のステータスと、前世の記憶という贅沢すぎるイメージソースが重なり合った結果、魔界の頂点たる女王を釣り上げてしまったのだと、ヒビキはようやく点と線が繋がるのを感じた。


「……まぁ、それはそれとして。召喚魔法って、用が済んだら元の世界に帰るものなんじゃないのか?」


「それは一時的な召喚契約であれば、のお話ですわ。……ですが、わたしがヒビキ様と交わしたのは、魂を縛り合う『従者契約』ですもの。主様が破棄なされない限り、永遠にお側を離れることはありませんわよ」


「……実は、僕もすでに『従者契約』を完了させておりますから」


 すっかり美少年の執事姿へと人化したアゼルが、スッと滑らかに一歩前へ出て、胸に手を当てながら涼しい顔で言い放った。

 その言葉に、ヒビキは怪訝そうに目を細める。


「は? ちょっと待て。お前とはそんな契約を結んだ覚えは一切ないんだが」


「いいえ。ヒビキ様が先ほど、この僕に対して『勝手についてくればいい』とおっしゃって頂けました。あの絶対的な言霊をもって、僕の魂はあなた様に完全に縛られ、従者契約が滞りなく締結されたのです。光栄の至りにございます」


 アゼルは嬉しそうに金の瞳を細め、これ以上ないほど満足げに微笑んでいる。


(……はぁ。もうどうにでもなれ。幸い、あの広い屋敷に大勢いる使用人の中に俺と同年代の使用人の男女が二人くらい増えたところで、誰も気づきはしないか……)


 ヒビキは、自分の無自覚な規格外ぶりが引き起こしたあまりにも賑やかで、そして厄介すぎる事態に、ただただ諦め混じりのため息をこぼすのだった。

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