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31話 初級魔法の変奏曲、広範囲即死級の感電兵器

深淵を裂く微風、あるいは常識の外側(2)


 異なる魔力特性を持つ二つの属性を完全に融合させて一つの魔法として放つ「混合魔法」は、魔界の熟練した上位悪魔や、人間の世界で言えば伝説の宮廷魔術師であっても一生を捧げてようやく習得できるかどうかの極意だ。それを、先ほどまで「魔法は全然ダメだった」と語っていた少年が、まるで呼吸をするかのように平然と行使している。


「まあ、混合魔法って言っても、ほんの僅かに地属性を加えてるだけだぞ。風の刃の切れ味を良くするために、微細な硬質の砂を高速で混ぜ込んでヤスリみたいに削り取ってるだけだしな。大したことしてないって」


 ヒビキは全く自慢する風でもなく、苦笑いを浮かべながら説明した。

 そのあまりにも常識外れな魔法理論と、それを感覚だけで難なく成し遂げている主の異常性に、シアはただただ深い溜め息を吐き、改めて己がどれほど恐ろしく、そして底知れない「ただの人間」に魂を捧げてしまったのかを思い知るのだった。



初級魔法の変奏曲、広範囲即死級の感電兵器


 草むらの奥、潜んでいた魔獣の群れが、獲物の背を見定めて今まさに跳躍せんとしていた。

 草葉を揺らす低い唸り声と、湿った獣の匂い。ヒビキはそれを背中で察知しながらも、面倒そうに深い溜め息を吐き出す。


「……それとな、同じような技術もあったな。同じような感じだが混合じゃなくて、合成魔法なんてのもあるな」


 ヒビキの掌の前に、二つの異なる色彩の魔方陣が、同時に、けれど別個の意志を持つかのように顕現した。


 一つは潤いに満ちた、清らかな水色の魔方陣。もう一つは荒々しい雷鳴の残滓を纏った、鋭利な黄色の魔方陣。

 二つの陣は、まるで磁石の同極同士が反発するように激しく脈動し、周囲の大気をビリビリと痺れさせる。しかし、ヒビキが指を静かに重ね合わせると、状況は一変した。


 水色の輝きは霧となって微細な粒子へと解体され、黄色の火花はその一粒一粒に、まるで意思があるかのように吸着していく。水滴と電光が混ざり合い、青白く、かつ黄金色に明滅する幻想的なオーラが、ヒビキの指先から糸を引くようにして大気へ溶け出していく。


 それはまるで、極彩色の雲が掌の中で胎動し、自然の摂理を無視した新しい秩序を構築しているかのような、禁忌の光景であった。


「行け。『重イオン化霧(イオン・スモッグ)』」


 ヒビキが軽く指を弾くと、空間そのものが「帯電した水分子」の霧に包まれていった。

 視界を真っ白に染めるその霧は、一見すればただの涼やかな朝霧にも見える。だが、その粒子一つ一つには、ヒビキの手によって極限まで圧縮された「電撃」が均等に封じ込められていた。


 草むらに潜んでいた魔獣たちは、何が起きたのかを理解する前にその霧を、無意識のうちに肺へと吸い込んだ。


 ――その瞬間、魔獣たちの内側から、焼けるような悶絶の声が上がった。


 どれほど強靭な魔獣の鎧であろうと、あるいは物理攻撃を遮断する高位の結界魔法であっても、この「呼吸」という生命維持の動作そのものを利用する攻撃の前では、あまりに無力だった。霧が気管へ、肺の湿った粘膜へと到達した瞬間、数千もの電気が一斉に放電する。


 外側からの物理防御を完全に無視し、内臓と神経を直接焼き焦がす地獄絵図。魔獣たちは悲鳴を上げる間もなく、その場で力なく糸が切れた人形のように崩れ落ち、草地を焦がす黒い煙を上げた。


 初級魔法というカテゴリーを逸脱した、あまりに静かで、あまりに非情な殲滅。空間そのものを兵器へと変貌させる、冷徹なまでの最適解。


 その光景を見ていたシアは、先ほどまで余裕を保っていた表情を完全に消し去り、全身を硬直させて立ち尽くしていた。彼女は自身の豊かな胸元で小さく息を呑み、震える指先で自分の唇をそっと覆い、驚愕のあまり大きく見開いた紫紺の瞳を揺らしている。


「……嘘、でしょう……? そんな、魔法の概念が……」


 魔王女としての知識が、目の前の現象を懸命に解析しようとして、限界を迎えていた。彼女は、魔法とは「力と力のぶつかり合い」であり、障壁を突破する攻撃であると教わってきた。しかし、ヒビキが披露したそれは、力そのものを環境の一部へと昇華させ、相手の存在そのものを「防御不能」へと陥れるという、高位魔法よりも遥かに悪魔的で効率的な概念の行使だったからだ。


 シアは驚きに胸を震わせながら、ヒビキの隣へ恐る恐る歩み寄った。彼女は、ヒビキの袖口をそっと指先で掴み、信じられないものを見るような、それでいてどこか熱を帯びた眼差しを彼に向けた。その表情は、魔界の王女という仮面が剥がれ落ち、ただ一人の少女が「見たことのない魔法使い」の強さに心奪われたような、そんな素直な感動と昂揚に満ちていた。

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