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2話 常闇の覚醒、あるいは微かな兆し

泥に塗れた栄光


 試合開始の合図が響いた瞬間、風を切り裂く突風のような踏み込みとともに、ザックの姿が目の前から消えた。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になるほどの衝撃がヒビキを襲う。

 ずしりと重い木刀の先端が、防ぐ間もなくヒビキの腹部へ深くめり込んでいた。肺から酸素がすべて叩き出され、喉の奥から乾いた悲鳴が漏れる。


「ほら、言った通りじゃない。弱すぎるわよ」


 激痛に視界が歪む中、観戦席から届いたのは、容赦のないリサーナの嘲笑だった。心配や応援の欠片もない、突き放すような冷たい言葉が耳の奥にこびりつく。

 あまりの痛みに耐えかねてヒビキがその場に膝をついた瞬間、容赦のない靴底がその肩を激しく蹴り飛ばした。

 なす術もなく泥混じりの地面へと転がり、無様にうつ伏せになったところで、無情な試合終了の笛が鳴り響く。


「あちゃあ、新技を出す前に終わっちまったな。っていうか、今回は最短記録じゃねえか? アッハハハ! 本当につまんねえ奴」


 上から浴びせられるザックの勝ち誇った笑い声と、泥の苦い味が口いっぱいに広がる。ヒビキは握りしめた拳を震わせることしかできず、惨めさに耐えながら沈黙を守るしかなかった。


 手当てを終え、息を整えるために訓練場の隅にある古びたベンチに腰掛けていると、再びあの軽やかな足音が近づいてきた。


「うふふ、また面白いように負けちゃったわね。今回は最短だったんじゃないかしら? あっという間に終わっちゃったわね」


 覗き込んできたリサーナの瞳には、憐れみすらなく、ただ歪んだ愉悦だけが揺らめいている。


「せっかくわたしが応援に来てあげたのに、何の意味もなかったわ。本当に時間の無駄。フフフ、でもこれで最弱の名はしっかり維持できたわね。またそのうちに、気が向いたら会いに来てあげるわよ」


 勝ち誇ったように、そしてどこか満足げにそれだけを言い残すと、彼女は一度も振り返ることなく、華やかなドレスの裾を揺らして去っていった。



徒労の刃、翳る熱意


 どんよりとした雲が低く垂れ込める空の下、ヒビキは一人、訓練場の隅で木剣を振り下ろしていた。

 あの日、ザックに無様に叩きのめされ、リサーナに冷酷な言葉を浴びせられた屈辱は、泥の味とともに胸の奥にこびりついて離れなかった。己の不甲斐なさを嫌というほど思い知り、珍しく発奮して訓練の熱量を上げてみたものの、現実はあまりにも無情だった。


 ヒュッと虚しい風切り音が響くだけで、木剣の軌道はどこか頼りなくぶれる。

 昨日よりも鋭く、前よりは力強く。そう念じながら手のひらにマメを作り、汗を流しても、自らの肉体に何かが積み重なっていく感覚は全く得られなかった。どれだけ打ち込んでも、実力は一向に変わらない。


 ほんの少しでも、昨日とは違う手応えがあればよかった。

 目に見える上達の兆しさえあれば、この胸の奥にくすぶる火種を燃やし続けることもできたはずだ。しかし、どれほど無様に足掻いても、目の前には超えられない冷厳な壁がそびえ立っているだけだった。


 どれだけ努力しても意味がないのではないか。

 そんな暗い疑念が頭をもたげるたびに、握った柄からじわりと力が抜けていく。熱を帯びていたはずの胸の火は徐々に冷え込み、かつてのような気怠い諦念へと塗りつぶされていくのだった。



常闇の覚醒、あるいは微かな兆し


 木々の葉を揺らす風が、どこか甘い草の香りを運んでくる。

 実は、彼にはかつて別の世界で生きていたという不可思議な転生の魂が宿っていた。しかし、今の彼にはその確かな記憶は一切残っておらず、ただこの地で不甲斐ない生を重ねているに過ぎなかった。


 ある日のこと、息の詰まるような剣術の訓練からこっそりと抜け出し、うっそうとした森の奥へと足を踏み入れた。やがて視界が開け、陽光がさんさんと降り注ぐ瑞々しい草原へとたどり着く。ヒビキは重い体を投げ出すように寝転がり、どこまでも青く澄み渡った綺麗な空を眺めた。


「はあ……俺が剣術の訓練をしたって、これっぽっちも上達しないんだから。リサーナが言う通り、時間の無駄だよな。魔法だって、全然からっきしだしさ。俺には、何一つ才能なんてない。こんな俺が、本当に辺境伯の跡なんて継げるのかよ……」


 重いため息とともにゴロゴロと草の上を転がっていた、その時だった。

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