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18話 深淵の少女と、不破の盾

深淵の召喚、あるいは美しき咎人


 領下の大騒ぎから逃れるようにして、ヒビキは今日も懲りずに屋敷の窓から身を躍らせ、密かに脱出を果たしていた。


 向かった先は、辺境伯領のさらに奥深く、狂暴な魔物が跋扈するために一般の人間は決して近づこうとしない、静まり返った平原だ。緑の芝生の上に無造作に寝転がり、風に流れる雲を見つめていると、ふとリサーナとの会話で上った「召喚魔法」のことが頭をよぎる。


(召喚、か……。召喚術や召喚魔法が出来ればカッコいいだろうな。召喚獣に戦闘を任せれば良いんだし……見た目はカッコ良くて強そうなヤツ。可愛くて強いヤツ……選べるなら……断然に可愛い方が良いよな)


 ヒビキの脳裏に、ふと前世で熱中していたゲームに登場する、あるお気に入りのキャラクターの姿が浮かび上がった。それは、闇の深淵に棲まうという、恐ろしくも酷く美しい悪魔の女の子だった。


 寝転がったままステータス画面を呼び出し、半信半疑だったが有り余るBPボーナスポイントを惜しみなく注ぎ込む。画面のなかの「召喚魔法」の項目が、光を放ちながら一瞬にしてシステム上の最大値まで引き上げられた。


 満ち満ちた魔力が、ヒビキの体内で静かにうねりを上げ始める。

 彼は上体を起こすと、芝生の上に右手をかざし、ステータス画面に並ぶメニューから「召喚魔法」の実行を選択した。


 その瞬間、平原を吹き抜けていた風がぴたりと止んだ。

 静寂が支配する空間のなかに、突如として禍々しい紫色の魔法陣が浮かび上がり、怪しく、そしてどこか厳かにその輝きを放ち始める。


 魔法陣から染み出すようにして、辺り一帯に冷ややかな紫色の靄が立ち込め、真昼の太陽の光を遮るかのように視界が薄暗く閉ざされていった。空気そのものが重く沈み込み、肌を刺すような、生物としての本能が拒絶を叫ぶほどの異様な気配が平原を満たしていく。


 やがて、光り輝く魔法陣の深淵から、すっと一条の人影が立ち上がった。


 靄が晴れるにつれて露わになったのは、息を呑むほどに美しい少女の姿だった。


 陽の光を吸い込んだかのように艶やかな、漆黒のロングヘア。風に揺れるその髪の隙間から、まるで闇夜に灯る鬼火のように、妖しくも美しい赤色の瞳がヒビキをまっすぐに見つめている。


 彼女が身に纏っているのは、夜の闇を切り取って仕立てたような豪奢な黒色のドレス。その随所には、淡い紫色のレースが繊細な縁取りを形作り、幾重にも重なったフリルが、彼女の可憐な立ち姿に上品な華やかさを添えていた。


 年齢はヒビキよりも少しだけ若そうに見える。けれど、そのあまりにも整った顔立ちとミステリアスな佇まいは、この世のどんな美術品をも凌駕するほどに美しく、そして愛らしかった。



深淵の少女と、不破の盾


 ふっと不気味な紫色の魔法陣が光の粒子となって消え去り、立ち込めていた靄も風に攫われるようにして綺麗に引いていく。

 視界がクリアになったその瞬間、ヒビキは召喚されたばかりの悪魔の女の子と、正面からハッキリと目が合った。


 じっと自分を見つめてくるヒビキに気づくと、女の子は形の良い眉を不機嫌そうにひそめ、あからさまに嫌そうな表情を浮かべて口を開いた。


「ん? あんたが、わたしを召喚したのかしら? ずいぶんと若そうね……。わたしと契約を交わして、本当に大丈夫なのかしら? 見たところ、随分と弱そうですけれど……」


 ヒビキは、前世の記憶にあった思い通りの美しい悪魔の女の子が目の前に現れ、召喚自体が成功したことには内心で小さく感動していた。


 しかし、やはり本物の悪魔だからなのだろうか、口を開けば最初から棘があり、性格はかなりきつそうだ。

 何より、今のヒビキはただでさえ最近のリサーナの過剰なアプローチに戸惑い、先日の街での衛兵たちとの一件でも色々と神経をすり減らし、心の中にモヤモヤとした疲れを抱えていた。

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