15話 夕暮れの境界線、呼び声の行方
「お、お茶のおかわりは……?」
カップを持つヒビキの手に、リサーナの白く滑らかな指先が、そっと重なるように触れた。
吸い付くような柔らかい肌の感触と、指先から伝わってくる微かな震え。リサーナは瞬時に頬をさらに鮮やかな桃色に染め上げ、恥ずかしさに耐えかねるようにして、長い睫毛を伏せて視線を床へと落とした。触れた指先から、彼女の熱い鼓動が伝わってくるかのようだった。
(は? リサーナが、俺の手に自分から触れた……!?)
ヒビキは心の中で驚愕の声を上げた。
(あれほど俺に触られるのを嫌がって、バイ菌扱いまでしていたリサーナが、自ら進んで触れてくるなんて。……いや、待てよ。やっぱり幼馴染だからか? 小さい頃からずっと一緒にいるから、気兼ねのない兄妹のような関係だと思って、ただ無意識に距離感が近くなっているだけか……?)
隣で赤くなって俯く美少女の、あまりにも色っぽい仕草の理由を、ヒビキは自らの都合の良い解釈で「兄妹のようなもの」と結論づけようと必死になっていた。
夕暮れの境界線、呼び声の行方
「あ、ありがとな。じゃ、じゃ……おかわりをもらおうかな。……そ、そう言えば、召喚って知ってるか?」
触れ合った指先から伝わる、驚くほど柔らかく、そして熱い体温。そのあまりの生々しさに、心臓がいつもよりほんの少しだけ早く脈打つのを感じて、ヒビキは自らの動揺を隠すように慌てて話題を切り替えた。差し出された空のティーカップを握る手が、心なしか微かに震えていた。
リサーナは、ヒビキが慌てて手を引いたことに、一瞬だけ寂しそうな色を青い瞳に浮かべた。しかし、彼が自分との会話を続けようとしてくれていることが何よりも嬉しかったのだろう。彼女はすぐにトレイから温かいポットを持ち上げると、コトコトと上品な音を立てて、透き通った琥珀色の液体を注ぎながら記憶を辿るように答え始めた。
「うーん……そうね……聞いたことはあるわよ。魔獣を呼び出して、召喚獣として契約をする魔法よね。荷物の運搬をさせたり、屋敷やキャンプの周辺警備をしてくれるって聞いたわ。ただ……」
トプン、と最後の一滴が落ち、お茶の豊かな香りが再びふたりを包み込む。リサーナはそっとポットを戻すと、少し真剣な表情を浮かべてヒビキの顔を覗き込んできた。
「召喚術って、実はすっごく制約が厳しいのよ。基本的には、自分よりも遥かに実力が下で、精神的に圧倒できるような魔獣としか契約が結べないって聞いたわ。だから、命がけで鍛え上げたような上級の冒険者であっても、中級の魔獣と契約するのが限界なんですって。せいぜい、低級の魔物や野生の魔獣との小競り合いにしか使えないから、戦力としてはあまりあてにされていないって聞いたことがあるわよ……」
リサーナは少しだけ肩をすくめて見せた。
それは世間一般における、ごくありきたりで正しい召喚魔法の常識だった。
だが、その話を隣で聞いていたヒビキは、お茶を口に含みながら、内心でまたしても静かに戦慄していた。
(自分より弱い魔獣としか契約できない……? 上級者でも中級魔獣が限界……?)
ヒビキは、頭の中に思い浮かぶ己の規格外なステータスと、今やいつでも呼び出せる状態にある、伝説級の力を秘めた召喚獣たちのリストを思い描いていた。
レベル600という異次元の領域に達してしまった今の自分なら、世間一般では「国家転覆級」と呼ばれるような伝説の超高位魔獣であっても、理論上はただの『自分より弱い存在』として、いとも容易く、そして何頭でも使役できてしまうのだ。
(おいおい……もし俺が今、この場で全力の召喚魔法を使ったら、この国どころか、世界がひっくり返るぞ……)
隣で「ヒビキ、どうしたの?」と不思議そうに首を傾げ、こちらの顔をのぞき込んでくる可憐な幼馴染。彼女の柔らかいおねだりするような眼差しに、ヒビキは冷や汗が背中を伝うのを覚えながら、ただただ「そっか、やっぱり召喚って難しいんだな……」と、当たり障りのない笑顔を浮かべて、静かに紅茶を飲み干すことしかできなかった。




