11話 不協和音のランデブー
歪む天秤と、甘い訪問者(2)
その後、事態は瞬く間に大騒ぎへと発展した。
事の顛末を聞きつけたザックの実家である伯爵家は色を失い、急ぎ王都からの使者を通じてこの件の「穏便な解決」を模索しようと試みた。だが、彼らが辺境伯領の圧倒的な現実を知るまでに、そう時間はかからなかった。
「お前たちは正気か!? 相手はあの、王国の国防を一身に背負うヴァルハイト辺境伯家だぞ!」
王都の使者は、青ざめた顔でザックの父親である伯爵を怒鳴り散らした。
「ただの田舎貴族だと侮っていたのか!? ヴァルハイト辺境伯が抱える常備軍は、王都の近衛兵を遥かに凌駕する精鋭揃いだ。もし彼らがへそを曲げ、北方の防壁を解きでもしたら、魔獣の群れが一日で王都を蹂躍する! それどころか、ヴァルハイト辺境伯軍が本気で王都に牙を剥けば、国など一瞬で終わるのだぞ! 一伯爵家のバカ息子の不始末で、我が国を滅ぼす気か!」
圧倒的な権力差。そして武力の差。中央の貴族たちがどれほど着飾ろうとも、実質的な国の生殺与奪の権を握っているのは、この最果てを統治するヴァルハイト辺境伯家だった。
結局、ザックの実家は言い訳一つ許されず、ザックは当然のごとく両親から親子の縁を切られ、即座に爵位継承権を剥奪されて泥の中へと追い出された。かつてヒビキを最弱と笑っていた傲慢な少年は、二度と貴族社会に戻ることは叶わなくなったのだ。
一方で、あの事件以降、ヴァルハイト辺境伯家の屋敷には奇妙な変化が起きていた。
命を救われ、自らの醜態をすべて包み込んでくれたヒビキに対して、リサーナはこれまでにない激しい恩義と、それ以上の熱い感情を抱くようになっていた。
彼女は何かと理由をつけては、桃色に染まった頬を隠すようにして、度々ヒビキの屋敷へと通ってくるようになった。かつて最弱と蔑んでいたはずの少年の姿を、今では憧れに満ちた熱い眼差しで追いかけながら。
不協和音のランデブー
あれから、リサーナの様子は文字通りガラリと一転してしまった。
かつては人を見下すように冷ややかな目を向け、会えば嫌がる事ばかりを口にしていたというのに。今では屋敷の廊下や庭先でヒビキを見かけるだけで、彼女は頬をじわりと甘い桃色に染め、嬉しさを隠しきれない足取りで駆け寄ってくるのだ。
「ご、ごきげんよう、ヒビキ。あのね、今日は……その、天気がいいわね。これから何をするのかしら……? わたしも、ご一緒しても良いかしら?」
これまでの彼女なら絶対にあり得なかった行動だった。
リサーナは少し俯き加減になり、上目遣いに青い瞳を揺らしながら、ヒビキの上着の袖を細い指先で小さく掴んできた。そうして、まるで雛鳥のように、彼の一歩後ろをぴったりと付いてくる。
「ああ、最近よく会うなリサーナ。親の付き添いか?」
ヒビキが首を傾げながら尋ねると、彼女は掴んだ袖にきゅっと力を込め、さらに顔を赤くした。
「……ち、違うわよ。その……別に良いじゃない。屋敷にいても暇なの。遊びに来ても良いじゃないのよ。昔は、毎日遊びに来ていたでしょ」
「遊びに来るのは自由だけど、俺はこれから出かけたりするぞ?」
「そうなの? わたしも一緒に行くわ。ダメかしら……?」
不安そうに首を傾げ、縋るような視線を向けてくるリサーナを前にして、ヒビキは内心で頭を抱えていた。
これから自分は、レベルアップの恩恵や数々のスキルの実験、検証のために、魔物の蠢くあの森へ行こうとしていたのだ。当然、彼女を連れて行くとなれば、自分の力の大半を隠さなければならず、何かあった時の護衛役まで引き受ける羽目になる。非常に面倒なことになるのは火を見るより明らかだった。
だが、ここで下手に断れば、どこに行くのか、なぜダメなのかとしつこく問い詰められ、余計に面倒な問答に時間を取られることになる。
ヒビキは小さくため息をつき、今日も自由な実験は半ば諦めて、隣の騒がしくも可愛らしいお荷物と付き合う覚悟を決めるのだった。




