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10話 反転する月光

反転する月光


 静寂が戻った薄暗い木陰で、リサーナはただ呆然と、地面に倒れ伏すザックと、その傍らに佇む少年の背中を交互に見つめていた。

 いつも自分たちが無能と蔑み、嘲笑の対象にしていた、あの「最弱」のヒビキ。その彼が、あれほど強気だったザックを一瞬にして、文字通り赤子のようにあしらって見せたのだ。信じられない現実の前に、彼女の思考は完全に停止していた。


「あ、ありがと……ヒビキ。助かったわ……」


 乱れた髪を震える指先で耳にかけながら、リサーナは恥ずかしそうに視線を逸らした。その白い頬は、恐怖の涙の痕を残したまま、じわりと熱を帯びた朱色に染まっていく。


「お前たちは、仲良かったんじゃないのか? 見かけると、いつも二人でコソコソと話をしてただろ」


 ヒビキの淡々とした問いかけに、リサーナは弾かれたように顔を跳ね上げた。


「は? ちがうしっ。違うから……! ザックが、しつこいのよ。付き合ってくれとか、二人でデートをしようとか、しつこく迫ってくるのを全部断ってたの。こんなやつ……大っ嫌いよ」


 地面に横たわりピクピクと動くだけの肉塊を見下ろす彼女の瞳には、凍てつくような蔑みと激しい軽蔑が宿っていた。


「ふうん……そうっか。まあ、とりあえず……俺ので悪いけど、これを羽織ってくれ」


「え……?」


 ヒビキの言葉に、リサーナはハッとして己の身体を見下ろした。

 ザックのナイフによって無残に切り裂かれた水色のドレス。その大きく開いた胸元からは、ふくよかな胸の膨らみとともに、少女らしいピンク色の可憐な下着が露わになっていた。


 木漏れ日を浴びて艶やかに光る白皙の肌と、恥じらいに激しく上下する胸元。ヒビキは少しだけ目のやり場に困りながらも、自身の上着を脱ぎ、彼女の細い肩へとそっと掛けた。


「……っ!? きゃ、はわわぁ……あ、ありがと」


 リサーナは顔が沸騰しそうなほど真っ赤に染め上げ、慌てて細い両腕を胸元で交差させ、肌を覆い隠した。

 ヒビキのぬくもりと、男物ならではの少し大きめな上着が、冷え切っていた彼女の身体を優しく包み込む。彼の上着から漂う、どこか落ち着く乾いた草のような匂いが鼻腔をくすぐり、リサーナはさらに心臓の鼓動を速くした。


 腕の隙間から覗くピンク色のレースと、恥じらいに濡れた瞳。彼女は上着の裾をきゅっと握りしめ、身を縮めながら、上気した顔でチラチラとヒビキの様子を伺った。かつて見下していたはずの少年の、頼もしい横顔が急に眩しく見えて、熱い吐息がこぼれ落ちる。


「……あー、いや」


 あまりに色っぽく、そして普段とはかけ離れた弱々しいリサーナの姿に、ヒビキは決まり悪そうに頭を掻き、すっと背を向けて気まずそうに顔を逸らした。静かな平原の風が、二人の間に流れる妙に甘酸っぱく、そして落ち着かない空気を、そっと揺らしていた。



歪む天秤と、甘い訪問者


 草むらがガサリと音を立て、リサーナが起き上がろうとする気配がした。ヒビキは自然な動作で振り返り、彼女を支えようとそっと右手を差し出す。


「きゃ、だ、大丈夫よ……! あんまり、こっちを見ないでよ。え、えっち……こんな姿、ヒビキには見られたくないわ。向こうに行きなさいよ!」


 リサーナは差し出された手を見つめた後、さらに顔を真っ赤に染めて視線を泳がせ、上着の襟元をきゅっと握りしめて身を縮めた。


「……そうだな、悪かったな。それじゃ、俺は邪魔だろうから消えるわ」


 いくら命を助けたとはいえ、やはり自分を見下して文句ばかり言ってくるリサーナのことは苦手だった。ヒビキは言われた通り、素直に背を向けてその場を立ち去ろうとする。


「ち、違うわよ! そういう意味じゃなくて……その、行かないで……! ヒビキを探しに屋敷を出たって、言ったじゃない……」


 あっちに行けと言ったり、行かないでと縋ったり。動揺して矛盾した言葉を口にする彼女の相手をするのが、ヒビキには酷く面倒に感じられた。これ以上は関わらない方が賢明だと判断し、彼は屋敷の周囲を巡回中だった辺境伯領の兵士たちを呼び止め、すぐにリサーナの専属メイドを手配させた。

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