表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼に守られる理由を、私は知らない〜福山鬼記〜  作者: M


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

5話 権現

「ふう」


 風呂上がり。私はドライヤーで髪を乾かしながら、イヤホンで音楽を聞く。

 実習の準備で寝るのが遅くなってしまった。

 明日からの……もう日が変わっていた。今日からの保育実習は、万能倉駅近くのこども園に二週間通うことになっている。


  ピロン


 ユノからのメール。彼女も準備で大変なのだろう。

 明日の集合場所の確認だった。集合は七時半。

 彼女はお兄さんに車で送ってもらうらしいけど、私は電車と徒歩で行かなくちゃいけない。

 なぜ、子どもの頃の私は自転車に乗る練習を怠ったのだろう。


 ああ、早起きしないと。

 スマホのアラームを五時半にセットする。


 私はクラシックや癒やしの環境音で寝ていくタイプではないので、ラジオを聞き流す。今流れているのは、少し前に流行った歌。

 曲調は激しいのに、とても切なくて悲しい恋の歌詞。


「んーんんー」


 鼻歌を歌いながら、あらかた乾いた髪をシュシュでまとめ、ベッドに座る。

 ベッドのヘッドボードに置いてあるハンカチに手を伸ばす。


 ハンカチに包まれているのは、針のような髪の毛。

 先週、呪いを刺した御領の髪を持って帰ってきていた。


「これ、どうしよう」


 普通に捨ててしまえばいいんだけど、呪いを消す力があるんだと思うと、何だかもったいない気もする。


 ハンカチから取り出して、手のひらに乗せる。

 強くてまっすぐな髪の毛。指先に刺さってしまいそうなほど固く鋭い。


「イガグリくんらしい髪ね」


 今度、呪いを見かけたら、これで刺せば良い。

 でも、前回は呪いを消してしまったせいで、追加レポートを書かされたりと大変な目にあったけど。

 あんな厄介な呪いを先生にかけたのは、誰なんだろう。


『御領は他人を不幸にしたんだ。本当に気を付けて』


 ふと、権現の言葉を思い出す。

 確かに、私は少し不幸になった。

 でも、あのまま呪いが続いていれば、私はクラス全員から疎まれ、仲間外れにされていたに違いない。


 御領のお陰で、みんなと仲良くできているんだ。


 髪の毛をそっと唇に当ててみる。

 心の奥底の方が、ほんのりと温かくなった気がする。


 ……何してるんだろ、私。


「早く寝なきゃ」


 髪の毛をハンカチに包み直し、スマホの横に置くと、私は眠りに就く。




 私は豊田麻姫、小学三年生。

 今日は子ども会の日帰りキャンプだ。

 お友だちのユノちゃんと手をつないで、みんなと山を登る。

 やってきたのは堂々公園。広い芝生の真ん中には小さな川が流れていて、水遊びもできる。


 お昼ご飯は流しそうめん。みんなで楽しくお腹一杯になることができた。

 午後からは、ドッジボールや縄跳び、かくれんぼと、それぞれで遊ぶ。


『お……で』


 私は、何かに呼ばれたような気がした。


『マキちゃん、どうしたん?』


 フリスビーを持ったユノを置いて、私は森の方へ向かう。


『私、行かなくちゃ』


 私はそう叫ぶと、ユノを振り返ることもせず、真っ直ぐに森へと入って行った。


 誰かが私の手を掴んだ。

 とても大きな手。

 お父さんよりも大きい、体育の先生よりも大きい手。

 その手が、私の手を引いていく。


『どこ行くの?』


 私が聞いても、手の主は答えない。

 どこをどう歩いているのか分からなかった。

 一体、ここは何だろう。

 嫌な感じ。

 気持ちの悪い感覚。

 友達はもう居ない。一人ぼっち。

 この手にすがるしかない。


 私は大きな手をぎゅっと掴んだ。




 スマホのアラームが鳴り響く。

 変な夢を見た。

 今日の保育実習に緊張して、眠りが浅くなってしまったのだろうか。


 朝の支度を手早く済ませ、私は道上駅に向かう。

 今回は府中行き、下り方面の電車に乗る。万能倉駅までは一駅、三分程度だ。


 電車の扉が開くと、見知った顔の男性がこちらを見ていた。


「また会いましたね」

「権現さん……」


 権現の整った顔立ちは、朝早くから直視するには眩しすぎる。


「名前も覚えてくれてたんですか。ありがとう」

「あ、あの……」


 まさか、こんなところで出会うとは思っていなかったから、イケメンオーラに負けそうになる。

 でも、彼にはいろいろ聞きたいことがある。


「なんでこの電車に?」

「僕は、終点まで行くんです」

「府中ですか……」


 いや、そんなことを聞きたいわけじゃない。えーと、何を聞かなきゃいけないんだ?


「どうして、御領くんが鬼だって知ってるの?」

「長い付き合いだから」


 それは答えになってない気がする。

 でも、電車はどんどん万能倉駅に近づく。


「御領くんが、私の行方不明に関係してるってホント?」

「はい。僕は嘘を吐きません」


 ふと、権現が、どことなく御領に似てる気がした。

 しかし、彼の顔をまじまじと見ても、御領と似ているところなんて、どこにもなかった。いかついイガグリと、素敵なイケメン。


 一番気になっていることを聞く。


「御領くんが、他人を不幸にしたって……」


 電車が止まり、扉が開いてしまう。

 ここまでか……。私は電車を降りた。


「さようなら」


 権現が手を振り、扉が閉まる。


 私は、何となく権現に違和感を覚えていた。どこかで感じたことのある違和感。


「あ……」


 前に、ユノと堂々公園にピクニックへ行った時に感じた違和感と同じだ。

 あの感覚は何なんだろう。

 彼にはもっと聞きたいことがあったのに。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、こども園に着いてしまった。


 ちょうどユノのお兄さんの車がやってきた。


「やあ、マキちゃん。元気しとる?」

「あ、はい」


 お兄さんがわざわざ車を降りる。

 後部座席から、ユノが眠そうな目を擦りながら出てくる。

 この子、車の中でギリギリまで寝てたな。


「実習頑張ってね。実習が終わったら、またみんなで出掛けようよ。笠岡に美味いシャコ丼を出す店があるけぇ」

「はいはい、お兄ちゃんのシャコ好きはみんな知ってるから! ほら、ずっと車停めてたら、邪魔になるでしょ」

「分かったよ……」


 お兄さんはしょぼんとしながら、車に乗り込む。

 発車前にブレーキランプ五回点滅。


「あれは、が・ん・ば・れ・よのサインなんだって」


 ユノは呆れた様子で歩き始める。


「良いお兄ちゃんじゃない。ユノのこと大好きでしょ」

「一人っ子のマキには、この苦労分からんわ」

「えー、そうかなぁ」

「マキも男性と暮らせば分かるわよ」

「なーに、生意気言ってんだか」


 私とユノは、笑い合った。

 お陰で緊張せずに、保育実習の初日を迎えることができた。



 子どもたちは可愛い。だが、元気過ぎる。

 私たちはたった一日でへとへとになってしまった。


「これ、私らの体力続くかな」


 珍しくユノが弱音を吐く。

 私も同じ思いだ。だから、フォローする。


「指導の先生が優しくて良かったよね」

「あんな先生になりたい」


 そして現実に向き合う。


「実習日誌書かんと」

「とりあえず、大学の図書館かな」


 ユノのお兄さんの迎えは、残業が終わってからになるそうなので、一旦大学に寄ることにする。

 

 万能倉駅前を通った時、ソースのいい匂いがしてきた。

 お好み焼き屋さんだ。

 ユノが私の服を引っ張る。


「ねぇー、マキ。食べてこ?」

「……もちろん」


 私たちは二人で三枚を注文して、あっという間に平らげた。中でも府中焼きは、ミンチの旨味と麺のボリュームが、二人のペコペコのお腹を満足させてくれた。


「ごちそうさまでした」


 ユノは満腹のお腹を擦って、伸びをする。


「あー、実習日誌やる気失せたわ」

「そういう訳にもいかないでしょ」

「ですよねー」

「民俗学のレポートもあるし」


 私の言葉に、ユノはハッとする。忘れてたみたいだ。


「瀬戸内の妖怪伝承を調べろってやつか。実習の時期には、絶対無理だよ!」


 彼女は絶望を叫んだ後、真面目な顔で聞いてきた。


「それも呪いのせいじゃないの?」


 残念ながら、今回は黒いモヤは見えていない。


「違うよ。御領くんに頼んでも、どうにもならないから」

「ですよねー」 

「あと、来週の部分実習の指導案考えなきゃ。子どもたちと何しよう?」

「うわー!! やることいっぱいあるー!?」


 ユノがひっくり返りそうになるのを支える。


「今から図書館行っても、一時間くらいしかないね」


 間もなく閉館時間が迫っていた。


「他に行くとこある?」

「カラオケ? もう、私お金ないよ」


 先日の福山で、ちょっとした散財をしてしまった。

 でも、そのおかげで御領に似合う服が選べたんだから、後悔はしていない。ユノからも「決まってる」とお褒めいただいたし。


「お兄ちゃんが迎えに来るまでは、ここでゆっくりしてようよ」


 私もユノの提案に乗る。

 追加注文した明太だし巻きとポテサラはユノのおごりだ。


「御領さんって、不思議な人だよね」


 ユノはポテサラを口に運びながら、思い出したように言う。

 私は、御領のデニム姿を思い出していたところだったので、少し慌てる。


「な、なんで?」

「突然現れたり、消えるみたいに居なくなったり。まさに神出鬼没ってやつ?」


 そりゃあ、鬼だからね。

 でも、鬼に変わる瞬間を見ていなかったら、私も御領が鬼だとは信じていないと思う。


「そうかな」

「マキは御領さんといつ知り合ったん?」

「いつって、ユノが転んだ時だよ。ユノも居たじゃない」

「でも、御領さんに『マキを知ってたんですか?』って聞いたら、昔会ったことがあるみたいなことを言っとったよ」


 何それ。

 昔? いつのこと?


「そんなはずないと思うけど……」

「ああ、『マキは覚えてないと思う』とも言ってたわ」

「な、なんでそんなこと聞いたの?」

「……」


 ユノが、口にスプーンを咥えて考え込む。メニュー表の角をじーっと見つめている。

 ヤバい。この話の流れなら、彼女は何かに感付いたのかもしれない。

 ユノと二人の時に、御領が何を喋ったかは分からない。まさか、福山に行ったこととか喋ってないよね……。


「そうだ! この辺の妖怪のお話を調べて、紙芝居にするとかどうよ」

「は?」


 私の目が点になる。

 なんのこと? 会話が飛び過ぎて、一瞬理解が追いつかない。


「部分実習の指導案よ。紙芝居にするん」

「それは分かるけど、妖怪って?」

「ほら、民俗学のレポートよ。瀬戸内の妖怪を調べるんでしょ」


 ユノはキラキラした目で、自分のアイデアを語りはじめる。

 良かった。御領のことで考え込んでたんじゃなかったのね。


「あ、ああ。そういうこと」

「紙芝居をそのまま提出できるでしょ」

「一石二鳥だね」


 私も乗り気になる。


「でも、紙芝居だけだと実習時間に足りなくない?」

「絵を子どもたちに描いてもらうとか」

「絵は無理だよ。塗り絵ならいけるんじゃないかな」

「それだ!」

「私、ピアノ得意だから、伴奏する」

「紙芝居に伴奏……面白いかも」


 二人で話が盛り上がる。

 早速、ネット検索で妖怪の話を探してみる。


「小豆島に妖怪美術館ってのがあるって」

「三次にも、もののけミュージアム」

「島根と鳥取にも妖怪とか怪談の記念館があるし、この辺りって、意外と妖怪関係の施設が多いのね」


 先生が、妖怪をレポートのテーマにしたのは、こういうことを調べさせたかったからか。妙に納得。


「府中市に七ツ池の大蛇って怪談があるわ」

「ヘビは無理」


 ユノが即座に却下する。

 私は目についた検索結果を読み上げていく。


「岡山のヌラリヒョン、島根のヌルヌル坊主」

「名前がキモい」

「徳島の子泣き爺」

「それは聞いたことあるけど、ヌルヌル坊主を聞いた後だと、やっぱりキモい」


 ユノは、ポテサラの最後の一口をさらって食べると、自分のスマホでも検索を始める。


「なんか可愛いのないかな……」

「んー、なかなかね」


 私もいろいろと探してはいるんだけど、子ども向けの話が見当たらない。


「そもそも妖怪なんだから、怖い話ばっかり。ダメじゃん」


 言い出しっぺのユノが、そんな身も蓋もないことまで言い出した。


「あ、これは? 岡山のスネコスリ!」

「それはダメ」

「なんで?」

「可愛くない」

「いやいや、可愛いじゃん」

「ダメ、ゼッタイ」


 これは譲れない。

 ユノは知らないことだけど、スネコスリはユノを転ばせていた妖怪だ。

 見た目も性格も、全く可愛くはなかった。


「やあ、面白そうな話をしているね」


 突然、ユノの後ろから声が掛かる。私はこの優しい声を知っている。


「権現さん!?」


 私が名前を呼ぶと、ユノは振り返って、イケメンの顔を見て驚く。


「マキ、知り合い?」

「知り合いってほどじゃないんだけど……」


 会ったのは、これで三回目。

 しかも、全部で五分も話をしていない。


「こんばんは。僕は権現です。豊田麻姫さんとは少しだけお話をしたことがあります」


 権現がユノに挨拶をする。丁寧な物腰にユノも安心したのか、ペコリと頭を下げる。


「この辺りの妖怪の話ですよね?」

「え、ええ……」


 この人は、いつからここにいて、私たちの話を聞いていたんだろう。


「八丈岩の鬼の話なんていかがですか」

「八丈岩の鬼?」


 私とユノはオウム返しをしてしまう。


「端的に言うと、二人の鬼が喧嘩したと言う話で……」

「ちょっと調べてみる。二人で話してて」


 ユノは権現の言葉を遮って、スマホで検索をはじめた。


「そうですか」


 権現は頷くと、私の方を向く。不思議な色の瞳と目が合う。

 その視線からは、緩やかな優しさを感じられる。

 私は、権現に聞きたいことがある。でも、今ここで聞けば、御領のことがユノにバレてしまう。

 私は黙って頷くことしかできなかった。権現は昔話を続ける。


「昔々。この近くに、ゴンとハチと言う鬼がおりました。それぞれの住む山のどちらが高いかで、喧嘩をしたのです」

「へー、そんな話があるんですね」


 軽く相槌を打つ。彼からこんな話をされるとは思ってもみなかった。


「ハチは相手の山を目掛けて栗を投げ、ゴンは岩を投げました。ハチの山は、その岩の分だけ高くなったのです」

「面白い伝説ですね」


 変なお話。でも、妖怪が出てくる他のお話よりは面白そう。

 彼はどうしてそんな話を知っているのだろう。


「あった、その話! 紙芝居にもなってるみたい」


 ユノがスマホを見せてきた。

 そのサイトには、ゴンとハチの物語の簡単なあらすじが書いてあった。


「へー、最後は仲直りして、砂留を作るんだ。子どもたちの題材として、最高じゃん」

「でしょ!」


 ユノは嬉しくてたまらないようだ。私は、どこかで聞いたことのある言葉に引っかかっていた。


「砂留……なんだっけ、聞いたことあるよね」

「そうだっけ? 覚えてないわ」


 そんな私たちの後ろで、権現は怪訝な顔をする。


「仲良く?」


 そう呟いた彼は、少し遠くに視線を移した。


  ブブブ


 ユノのスマホに着信。


「あ。お兄ちゃんが、店の前に着いたって」

「じゃあ、行こうか」


 私が立ち上がると、ユノが引き止め、耳打ちしてくる。


「マキは、もう少しここに居ても良いんじゃない?」


 私は、わざとらしく権現にも聞こえる声で答える。


「なに言ってるの。これから実習日誌書かなきゃ。帰るわよ」

「そ、そうだったね」


 ユノを納得させると、私は権現に頭を下げる。


「権現さん、ありがとうございました」

「こんなので良かったかな」

「さようなら」


 謎めいた笑みを浮かべる権現を残し、そそくさと会計を済ませて、店の外に出た。

 ユノのお兄さんが車から手を振っている。


 ユノは左肘で私を小突く。


「何よ、あのイケメン」

「私も良く分からないのよ」


 悪い人では無さそうだけど、得体のしれないところがある。

 御領に気を付けろ、という彼の忠告も気になるし。


「せっかく二人きりにしてあげようと思ったのに。私の優しさを無下にしちゃってさ」


 ユノが、二人で話せとか、あの店に残れと言ったのはそれが目的か。


「余計な御世話っ」

「私と御領さん、マキと彼で、ダブルデートができるのに」

「ヤダよ。だって、あの人……なんか違う感じがするのよね」


 私は彼の違和感が気になっていた。


「違う? 理想の彼氏と違うってこと?」

「そうじゃないの、うまく表現できないんだけど……」

「ある程度、妥協も必要よ」


 ユノの言葉に、二人で笑った。


 ああ、御領に会いたい。

 なぜか無性にそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ