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忘れたくない

 11月18日。木曜日。

6時30分。


いつもより少し遅い時間に目を覚ました。


昨日は結局、夕方までこの付近を歩き回った。

家に帰る気にはならなかったので、元の家に泊まった。


「誠ちゃん、お弁当これでいい?」


部屋を出てリビングへ向かう途中、キッチンから姉が声をかけてきた。

その手には僕のお弁当。


…めちゃめちゃ可愛い。


小学生の女子が喜びそうな見た目をしている。


こういうキャラじゃないんだけどな…。


姉の笑顔は、その言葉をのどの奥にすっこめた。


「ありがとう。」


そう言って、お弁当を受け取る。


本当に。

去年の今頃、こんな景色を想像できていただろうか。


「うん!」


そう言って、姉は笑顔で頷く。


僕は、この1年で大きく変われた。


それはきっと、こういう愛をたくさん見たからなんだろう。



 「行ってきます。」


7時10分。


玄関を開けて一歩踏み出す。


今日は、朝日が眩しい。


空も青くて、空気も澄んでいる。


 「誠志朗(せいしろう)。」


エントランスを抜けて外へ出る。


左から、大好きな声が聞こえた。


「おはよう。」


そう言って、蘇我三玲(そがみれい)は軽く手を挙げた。


人生で、これほど誰かを好きになったことはない。


どこが好きなのか、挙げたらキリがない。


太陽みたいな眩しい笑顔も、明るい声も、努力家な一面も、優しい仕草も、全部。


「おはよう。」


ー好きだ。


まだ、僕はそれを言葉にできていない。


いつか言葉にできたとき、僕はすぐ横を歩く彼女と、対等に並べるんだと思う。


でも、それは、今である必要はない。


この恋がそうだったように、少しずつ、一歩ずつ。


芽生えたこの気持ちを絶やさないように、育てていければいい。


鮮やかな朝の香りの中を、僕らはゆっくり歩いた。


 ◆


 学校へは何時もとほぼ同じ時間に到着した。


教室の、窓側から2列目、前から2番目の席。


そこには、もう1人の、大切な人がいる。


僕は、その席へ向かって、彼女の前に立った。


「…おはよう。」


どう関わればいいか、分からない。


それでも、関わることをやめてはいけない。


僕に、恋をしたい気持ちをくれたのは、紛れもなく、今目の前に座る、彼女なのだから。


「おはよう。」


田沼優羽(たぬまゆう)はちょっとおかしそうに笑った。


 学校というのは、実に不思議だ。


何百、何千という人間が一処にまとまっているのに、


完成するグループは仕切られた数十人のうち、さらに小さく仕切られたものなのだから。


 けれど、僕はもう1人じゃない。


浮いている?


そんな簡単に、人は浮けない。


「おぅい誠志朗!何書いてんだよ。」


和輝(かずき)、日誌だろ?誠志朗の邪魔すんな。」


こうやって、僕を見つけてくれる人たちは、必ずいるんだ。


「和輝も貴輝(たかき)も、なんか書く?」


そう言って、シャーペンを差し出す。


2人は笑ってそれを受け取り、日直日誌に好き勝手に書き込む。


キャラの落書きだったり、先生への告白文だったり。


彼らといると、自然と、笑顔になれる。


ー友達、見っけた。


 ◆


 帰り道。


いつもの通りに帰宅すれば、当然、田沼さんと2人きりになる。


でも、僕にそれを避けるつもりは毛頭ない。


いつもならば、ポツリポツリと会話はあるはずなのだが、さすがに今日はたがいに言葉が出ない。


田沼さんといる時間は、どちらかといえば、こういう沈黙のほうが多かった。


最初はそれが嫌だったのに。


いつからだろう。


彼女との間の沈黙を、全く苦に感じなくなったのは。


気づけば、彼女は眠ってしまった。


肩から伝わる彼女の温度は、やはり温かい。


こうしていても、多分、幸せだったんだろう。


選ばなかった。


いや、選ばないことを、選んだ。


彼女は今、どんな気持ちなんだろう。


ずっと地下を走っていた電車は、今は地上を走っている。


そろそろ彼女の降車駅だ。


起こそう。


「田沼さん、そろそろ…」


呼びかけながら右を見る。


ー彼女は起きていた。


目を開いて。


ただ前を見て。


あぁ、そうか。


ずっと…。


「着くよ?」


僕の呼びかけに応えない彼女と、その目に浮かぶ寂しさを、無視することはできなかった。


「祭誠志朗くん。」


ーそうか…。


そうだ…。


彼女は、僕を。


こんな僕を。


「大好きだったよ。」


電車のブレーキ音が鳴る。


体がぐっと傾く。


彼女の左肩が、僕の右肩に触れる。


その重さを、たぶん僕は忘れない。


電車が止まる前に、僕は、伝えなくちゃいけない。


彼女に伝えなくてはいけない言葉を。


「ありがとう。」


本当に。


ありがとう。


僕を好きになってくれて、僕に恋を教えてくれて、僕を見守ってくれて。


いくらしようともしきれない。


この感謝を、僕はこれからも伝えなくちゃいけない。


それが、僕なりの向き合い方だ。


「うん!バイバイ!」


電車が止まり、彼女は僕に手を振って駆け出していった。


その背中も、僕は、忘れない。


忘れたく、ない。

次回、最終回です。


いつも通り、日々を重ねた。

それだけで、世界はたしかに変わった。

その結末を、ぜひご覧ください。


『相も変わらぬ日常を』

明日午前6:00公開です。


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