物語が終わるとき ①
物語が終わるとき。
それは、誰かが何かを選び、そして、捨てたときである。
「君が好きです。」
彼女は、確かにそう言った。
◆
体育館裏。
誰も来やしない。1人だけの場所。
「はぁ〜〜。」
祭誠志朗は大きなため息を吐いた。
分かっていた、というのは烏滸がましい。
けれど、予感はあった。
ずっと前から。
「どうしよう。」
1人つぶやく。
誰に助けてもらおうというのか。
自分のしたことが間違っていると、誰よりも僕がわかっている。
◆
「君が好きです。」
その言葉を聞いたとき、最初に浮かび上がったのは、
「まずい」という感情だった。
今まで気づかないふりをしていた彼女の好意に、
気付かされることが、まずい。
もう一人の女の子、彼女の好意に気付かされないまま、この関係が終わることを、まずい。
「そっ…か。」
あいまいな返事しかできなかった。
「誠志朗。」
「私ー」
と言いかけた彼女の言葉を遮るように、
「ごめん。まだ答えられない。」
そう言ってしまっていた。
「まだ、答えたく…ない。」
捻り出そうとも、無理だった。
どうしようもなく、それが本心だった。
「分かってるよ…。」
彼女はそう言うと、机から立ち上がり、僕の隣へ歩み寄る。
彼女は優しい人だから、そんな僕を許してしまう。
彼女が伸ばしてくる手を、僕は避けるように立ち上が り、何も言えないまま、
ここへ逃げてきた。
◆
硬いアスファルトに寝そべる。
背中越しに感じる冷たくゴツゴツしたその地面も、まるで僕を責めているかのようだった。
顔を手で覆った。
「あぁ〜〜〜〜。」
うめき声を上げる。
もっと…うまくできると思っていた。
例えば三津家君ならどうしただろう。
多分、彼は曖昧さを断ち切って、先に思いを伝えた方の、その勇気を取るのだろう。
じゃあ、浅井君ならどうだろう。
彼ならそもそも、自分の恋心に気づいた瞬間にまっしぐらか。
いずれにせよ、僕が蘇我さんを傷つけたことは紛れもない事実だった。
一番向き合いたい人に対して、それができない自分…。
もう一度、ため息が出た。
そんなふうに内省に浸っていたせいか、近づいてくる足音に気づかなかった。
「誰だ?」
足音の主は言った。
ガバっと起き上がる。
指導かな。
そうだろうな。
ここ立ち入り禁止だもんな。
覚悟を決めたわけではない、もうどうでもよくなって、その足音が横に来るのを待った。
「誠志朗?」
聞き覚えのある声だった。
「丸山先生…。」
そこには、僕の"先生"丸山帆波が立っていた。
◆
「どうした?」
先生はそう僕に問いかけた。
「…どうしたんでしょうね。」
しかしその問の答えは、僕にもわからなかった。
「じゃ、何があった?」
先生は僕の隣にしゃがんだ。
「僕を好きな人が、2人いるんです。」
もう、逃げられない。
彼女たちの心はもう決まってしまった。
「自慢か?」
先生はムスッとする。
「違います。2人を、大切にしたいと思って、でも、そのためには2人を傷つけないといけなくて…。」
…何を言っているのかわからなくなった。
「告白されて逃げたな?」
なんでわかるんだよ。
「そうです…」
どんな罵声を浴びるんだろう。
この先生は、この問いには答えをくれるだろうか。
「人との向き合い方は、色々ある。誠志朗のしたい向き合い方で、良いんじゃないかと私は思う。」
先生は前だけを見ていた。
「先生はね、誠志朗。君みたいな真っすぐな子がいてくれてよかったと思ってる。私から言わせれば、今君がしているのは単なる"逃げ"じゃない。準備の期間は誰にだって必要さ。君は少し、それが人より長いだけ。長い分、ちゃんと向き合える優しさを君は持っている。1年間の見てきたんだ。それは保証する。」
そう言って先生は立ち上がって僕に目線を戻す。
「そのままでいいと思うよ。」
先生は笑った。
その笑顔は、なんだか少し、僕の心を軽くしてくれた。
ーそのままでいい。
ー保証する。
優しい人だから、そうやって僕を責めないでいてくれる。
あの2人もきっとそうだ。
でも。
それに甘えてばかりでいられるほど、
俺は子供じゃないみたいだった。
◆
『これにて汐見高校文化祭すべてのスケジュールを終了いたします。』
その放送が終わるその前に、
僕は教室へ、一歩踏み出した。
次回、『物語が終わるとき ②』
明日2/26 20:00公開です。




