伝える
蘇我さんと田沼さん、2人と過ごした奈良観光の時間は、あっという間に終わりを迎えた。
二月堂裏参道を通り二月堂、不動堂、三月堂、手向山八幡宮の参拝をして、お店に並ぶ通りを抜けて、最後には走ってバスの止まっている広場まで向かった。
急いで帰ってきた僕らを見て、先生は笑う。
「まだ10分くらいあるけど、いいの?」
時計を見る。午後3時51分。
確かに、まだ時間はある。
「まぁ、俺はいいんすよ。」
2人とだけで、過ごしたかった。
「そうか。」
先生は何か、嬉しそうに笑う。
「どうしたんすか?」
聞くと、
「いや、誠志朗も男子らしくなった。」
…。バレてんのかい。
「秘密っすよ。」
「もちろん。」
先生は笑った。
この人といるときは、ありのままでいられる。
その点では、感謝だ。
6月20日。
三者面談の日。
僕は祖母が家からあまり動けないので、先生と二者面談のかたちになった。
「詳しいことはよく分からないけど、誠志朗は色々あったんだよな?」
先生は遠慮がちに聞いた。
「まぁ、そうですね。」
こういう性格になった原因は特段珍しいものではないが、出自はかなり珍しい。
それこそ、日本には、一人いるかどうかだろう。
「進路について、何か希望は?」
「まぁ、無いっすよね。」
その時は、本当に無かった。
自分が将来どんな大人になるのか、全く想像していなかったから。
むしろ、大人にならずに人生を終わらせようと思っていたから。
「そうだよなぁ〜。」
先生は手を後ろに組んで考える姿勢をとった。
しばらくの沈黙のあと、先生は言った。
「誠志朗。もし辛くなったときは、絶対に、私を頼れよ。」
捻り出した言葉がそれかい…。
「いや、辛くなるとかじゃなくて。」
そもそも誰とも関われないのだから、生きていけるはずもない。
「私のことは何も考えなくていい。」
先生は僕の言葉を遮るようにして言って、続けた。
「今の悩み事を1つ解決してやる。そうしたら、私を認めてくれるかな?」
認める、というのは、僕の避難基地としての機能と、大人としての、信頼の話なのだろう。
「僕の悩みは、僕が僕を嫌いなことです。」
この悩みは、僕がどうにかするしかない。
他人にどうこう言われたところで嫌いなものは嫌いだ。
「誠志朗、それはただの思春期だ。」
先生は得意げに言った。
「は…?」
この真剣な悩みをただの思春期で片付ける気か?
「だって、お前が一番気づいてるだろ?そうだって。」
そんなわけない、とは言えなかった。
自分が嫌い、自分は浮いている、そんなのは思春期特有の悩みだ。
それは、知っていた。
知っていて、それではないと言いたかった。
「だとして、どうすればいいんです?」
思春期が終わるのを黙って待てというのか?
「そのままでいい。」
先生の言葉は予想していたとおりだった。
しかし、
「誠志朗が誠志朗を嫌いでも、私はセンセイだ。どんな生徒も、分け隔てなく愛する。」
先生は両腕を広げて言う。
その言葉は、予想していなかった。
「先生に愛されてたって…」
しょうがない。
一人になったら、どうすればいい?
『もし辛くなったときは、絶対に、私を頼れよ。』
そうか…。
この人は、僕がなにに悩んでいるのかもお見通しだったのか。
「…頼りますよ。先生。」
完敗だ。
「あぁ。」
そう言って、笑う先生。
この人は、すごいなぁ…。
大人になるのなら、この人のようになりたい。
あれももう4ヶ月前になるのか。
続々と集まり始めたクラスのメンバーに指示を出す先生。
あの人は、僕にとって、初めて出会えた"先生"だった。
「誠志朗、どこ行ってたの?」
バスに乗り込み、京都の宿へ向かう。
隣の席には三津家貴輝が座っている。
「三月堂とか、皆とは逆方向。」
皆は奈良公園の方に行っていた。
鹿がそんなに気になるかね。
「蘇我と田沼といっしょに?」
やはりバレていたか。
「なんで知ってんの?」
「いや、仲いいし。」
そうか。
一緒にいると思われるほどには、仲がいいのか。
「そっちは?三田さんとは話したの?」
楽しい修学旅行のネックはそこだ。
「いや、向こうは向こうで女子たちといた。」
そうか。
やはり話せるほどの距離感にはないか。
告白というのは失敗するとこうも残酷な結末を迎えるのか。
「修学旅行中は三田さんの相手は蘇我さんと田沼さんでするらしいから。貴輝は僕といればオーケー。」
OKマークを指で作ってみせる。
「そっか。気遣わせてごめん。」
彼はやはり律儀で真面目なイケメンだ。
「いや、貴輝はイケメンだよ。」
「答えになってねぇよ。」
僕が恋をしたいと思えたのは、今も後ろで彼女といちゃいちゃしている浅井和輝のおかげであって、
一番感謝しているのも彼なのだが、
一番素の自分を見せれているのは三津家君の方な気がする。
「ていうか誠志朗。」
三津家君は思い出したように聞いてきた。
「誠志朗って今好きな人いる?」
…。
「バレるのか。」
彼の顔を見て言った。
「まじか。」
こっちのセリフだ。
「みんなにもバレてる?」
それは、恥ずかしいと言うか何というか。
「いや、今のは俺の勘で、なんか最近変わったかな〜って。ほら、恋は人を変えるだろ?」
なんちゅう勘の鋭さだ。人を殺すぞ。
「誰にも言うなよ?」
もう、彼に隠すのは出来ない気がした。
それと同時に、隠す必要も、無いように感じた。
「言わん。約束。」
僕は…。
「変われたと、俺が実感できたら、伝える。」
どんな自分が嫌いで、どんな自分が好きか、まだわか
らない。
けれど、変わりたい気持ちをくれた彼女に、
精一杯変われた自分で、この心を伝えるんだ。




