君もでしょ?
『大型の台風23号は明日の昼頃に関東に上陸する予報です。非常に強い風と激しい雷雨を伴っています。不要不急の外出はお控えください。』
10月5日。
定期テストまであと2日と迫ったこの日。
台風か…。
学校休みにはならないかな…。
続けてニュースを見るが、ひどい地域だと家が吹き飛んでいたりする。
さすがに、これは休校だろう。
『本日の授業は2時間目で終了とします。安全に気をつけて登校してください。』
翌日、学校から届いた一斉メールはこれだった。
2時間目で終わらせるなら行く意味ないだろ。
そんな不満を抱えながらも、準備を整え家を出る。
嵐の前の静けさ、というやつだろうか。
今日はやけに空が晴れていた。
いつもよりガラガラな駅についてスマホを確認するとメッセージが1件届いていた。
姉さんからだ。
『今日もし学校行くようなら、帰りはこっちに泊まってもいいよ』
『学校からだとこっちのほうが近いよね』
去年まで、あんなに僕を嫌っていたのに。
『ありがと。電車止まったりしたら頼む』
そう返信した。
電車もいつも通りの時間にやって来た。
計画運休とかもあって、ここ最近は遅刻ギリギリになったりもしたが、今日は大丈夫そうだ。
駅もそうだったが、今日は電車もガラガラだ。
乗り換え後は基本ぎゅうぎゅう電車に乗るのだが、今日は人もまばら。
1車両に10人はいるか。
こんな日まで出勤?お出かけ?ご苦労さまです。
お互い頑張りましょう。
そんな事を考えながら、電車に揺られること数分、
田沼優羽の最寄駅、聖学園前に到着した。
田沼さんはいつも来る時間がバラバラなので会えるかどうかは時の運だが、今日は会えた。
こちらを見かけると一目散にやって来る。
なんだか飼い主を見つけた犬みたいで可愛らしい。
「なんか失礼なこと考えたでしょ。」
しかし、察しの良さはさすがに田沼さんだ。
「そんなことないですけど。」
目線を外しながら答える。
「台風なのに登校とか、変だよね。」
「ホントにね。」
「他の学校は流石に休校だよね。」
「そりゃ、そうでしょ。」
…。
今になって気づいたが、僕から話題を振るということを全然してない。
それに返答も適当だ。
これでは失礼だ…。
「今日、物理、実験だよね。」
必死に探して見つけた話題が物理基礎…。
つくづく、僕は下手くそなんだな。
「うん、なんの実験だっけ?」
田沼さんはこんな話題にもまっすぐ答えてくれる。
ありがたい。
そうやって、彼女に甘えるカタチで言葉を紡ぎ、僕らは学校へ行った。
1時間目の数学Bをなんとかやり過ごし、2時間目の物理基礎。
僕らのクラスは国公立文系志望者のコース。
理科基礎2科目の特別講習として月曜日と水曜日は7時間目まで行われる。
僕はその特別講習を履修している。
物理は受験に使うつもりがない。
つまり、この時間は僕にとってただの休憩時間だったのだ。
休憩か、実験か。
いずれも好きだが、個人的には教室で座学の時間のほうが好みだ。
実験内容は中学の時にやった電熱線の抵抗の算出。
4人班が8つ、3人班が1つ。
僕はその3人班を引き当てた。
同じ班にはガリ勉メガネさんと、蘇我さんがいる。
僕と蘇我さんはそこそこ話しつつ、メガネさんの指示に従い実験結果を記入して、2時間目は終わった。
「えぇ〜、まだ空は曇り空。つまり、今がチャンス。お前ら早く帰れ帰れ。」
帰りのホームルームを丸山先生はさっさと終わらせた。
さてと、今日帰る家について考えなければ。
姉には電車が止まったらと言ったが、今のこの空模様、多分帰ってる途中に足止めを食らう。
『今日、父さんのとこ泊まる』
祖母に連絡を入れる。
「お、誰?女?」
一緒に帰る三津家貴輝はスマホを覗き込むようにして聞いてきた。
「まぁ、一緒に住んでる女だよ。」
そう返す。
「母ちゃんかよつまんねぇの。」
母ちゃんでもないけど…。
「今日僕大正神宮で乗り換える。」
大正神宮は三津家くんの最寄りのはず。
「お、マジ?降りる駅一緒か。」
そんな会話をしながら駅までのくだり坂にかかる。
「あれ、蘇我と田沼じゃん。」
三津家君は前方を歩く2人組に気づいて言った。
「本当だ。」
そう言えば、あの二人も同じ駅から帰るのか。
「よっ。」
三津家君が信号待ちをしている二人に声をかける。
「おぉ貴輝。誠志朗もいるじゃん。」
蘇我さんはこちらに気づくといつものハイテンションで答えた。
「やほ。」
それに引き換え、田沼さんは落ち着いている。
すごいコントラストだ。
正反対の2人が仲いいのは面白いな。
駅に着き、電車に乗り込む。
「今日は誠志朗も大正神宮だもんな。」
会話の流れでそんな話が出た。
「お、いっしょ〜。」
蘇我さんは手を挙げて言う。
「そうなんだ。」
田沼さんはポーカーフェイスだ。
いや、興味ないだけかも。
「誠志朗、乗り換えは?」
蘇我さんはグイグイくる。
距離感…。
「京浜線直通で文芸大前まで。」
少し後ろにのけぞりながら答える。
蘇我さんは一気に距離を戻して
「そっか。」
とだけ言った。
その後も、なんで今日は乗り換えるのかとか、姉ちゃんは何歳かとか、そんな質問を受けた。
大正神宮前駅での乗り換えははじめてだった。
目的の京浜線と直通しているのはサブセンターライン。
主要な街を駆け抜ける比較的新しい電車だ。
僕らと同い年とかだった気がする。
電車に乗り込む。
このまま5駅乗っていけば目的地だ。
「…。蘇我さんはどこで降りるの?」
さっきからこの質問をしているのだが、
彼女は答えない。
スマホをいじって「ん〜。」と言うだけだ。
え、嫌われた?
そう考えると、途端に口が重くなった。
しばらく黙っていると、今度は彼女が口を開いた。
「誠志朗、さっき昔住んで家に行くって言ってたけど、それ何歳まで住んでた?」
電車が外に出た。
相変わらずの曇り空が広がっていた。
「えぇと、8歳か9歳までだけど。」
小学3年生に上がった直後だったはずだ。
「小学校のこと、覚えてる?」
正直言って、
「あんまり…かな。」
その後が忙しすぎたのだ。
その後、彼女はまた黙ってしまった。
『次は、文芸大前、文芸大前でございます。』
そのまま会話を続けることはできずに、目的地に着いてしまった。
「あ、じゃあね。」
てっきりここでお別れだと思っていたが、
「あたしもここだから。」
そう言って彼女は電車から降りた。
「ちょっと、歩かない?」
彼女の言いたいことが、少しわかった気はした。
「うん。」
南口から出て歩く。
「私、小中ずっとこのあたりなんだよね。」
やっぱりそうか。
「うん。」
それしか、返す言葉は見つからなかった。
駅前の商店街を通り抜け、僕の帰る家もとうに通り過ぎた。
コンビニの角を右折する。
校舎が見える。
「蘇我さん、この小学校?」
分かりきった事を聞く。
「うん、君もでしょ?」
蘇我さんはこちらを向いていった。
「瀬田誠志朗くん。」




