08:夏の夜の出会い(その8)
***
ルリの声は思った以上に森に響いた。ぎょっとして歌うのをやめようとすると、コナーからもやめないように言われて、ドキドキしながらルリは歌い続けた。
するとどうだろう、雨が小降りになり、風が弱くなり始めた。
「信じらんねー」
ベリルがボソッとつぶやいて、コナーと目を見かわした。ルリが続けて歌うと、だんだんと嵐は収まり、元の静かな明るい森になっていった。
「もういいですよ、ルリ」
おだやかなコナーの声に、ルリはようやく歌うのをやめた。
「驚きました。ルリ、あなたは詩人の才能もあるんですね」
「詩人?」
「そう。詩を歌うことによって神々や精霊たちの怒りを鎮める人のことです。私たちは術の一つとして歌っているにすぎません」
「はぁ」
いたって真面目に言うコナーに、うなずいているベリル。ルリにはどうしようもなかった。
「詩人、ねぇ」
半分妖精で、風使いで、さらに詩人とこられては、ルリにはもう何が何だかさっぱりわからなかった。
「ちょっとまって、いま、精霊たちの怒り、って言った?」
「ええ、言いましたよ?」
「じゃあもしかして大嵐を起こしてたのは」
「そう、ぼく」
頭の上から声がして、ルリが見上げると、木の枝にアランが乗っていた。
「アラン! どこに行ってたの。心配したんだから」
ルリはアランに向かって大声を上げる。
「ルリ!」
アランはそう叫ぶと、ジャンプしてルリの腕に飛び込んできた。
「うーん、話の論点がずれている」
ベリルがボソッとつぶやく。
「アラン、今回はちょっとやりすぎましたね」
「えへへ、ごめんね。せっかくルリと仲良しになったばっかりだったのもあって、はじけちゃった」
「「はじけちゃった、って」」
ルリとベリルは同時に言うと目を合わせた。
「びっくりしたぁ」
緊張が解けてルリがその場に座り込もうとしたところに、
「気をつけろ、ぬれるぞ」
とベリルの声が聞こえて。ルリはよろめいた。
「あ、ありがとう」
「おまえ、すごいやつだな」
ベリルが初めてルリをほめてふたりの目が初めてちゃんとあった。その言葉にルリがほほを赤くしたのを見て、
「だって、みんな僕の友達だもん」
アランがにぱっと笑いながら言い、その場に笑いがこぼれた。
「ルリ、真剣に私のところで修行してみませんか」
コナーがまじめな顔をして言うのに、
「あたし、いまのまんまでみんなでいられたらそれでいいや」
と笑ってごまかした。
「ルリありがとう。きみもぼくと一緒に森をまもってくれたんだね」
アランがほほえむ。
「うん、あたしたちの大事な森は、あたしたちで守らないとね」
雨上がりの小枝が、太陽の光を浴びて輝いていた。 その時、いきなり大きな風が吹いて、アランが転がったかと思うとそのまま風に飛ばされて空に舞いあげられてしまった。
「アラン!」
コナーの声は今までに聞いたこともないくらい切羽詰まって大きくて、ルリとベリルは空を見上げて呆然としてしまった。
「ルリ! やりすぎだ」
「今のはあたしじゃない」
小さな言い争いに意味はない。アランはいったいどこに飛ばされていったのだろう。
「ふたりとも、追いかけますよ」
コナーは必死に落ち着こうとしていた。
***
ひゃああああ。なにこれ。
驚いたのは最初だけで、風がしたからどんどん湧いてきて、まるで空気のクッションに乗っているような感じがして、アランはちょっと楽しくなっていた。
なぁに、だれかぼくをよんでるの?
風はアランを傷つけようとはしなくて、どこかに運ぼうとしているようだった。けれどアランに思い当たる炉ことはなくて、だからと言ってどうすることもできなくて、この空の旅を楽しむことに決めてしまった。
あせったってどうにかなるもんじゃないし。帰り道も大体わかるからなんとかなるよ。
基本的に、アランは気が長い。
風の力が弱くなってきて、ぽふ、ととある木の上におろされたアランは、それでもほうっと一息ついた。風の目的地はこのあたりらしい。周りを見ると森の緑のじゅうたんの上にいるような気がして、空の青と木々の緑、太陽の光がとても気持ちいい。ひなたぼっこに最適な場所に違いない。と思ったら、近くの枝に乗ったまま昼寝をしている仲間を発見してしまった。
お友達?
見た目はアランとほぼ同じ生き物が上手にバランスをとったまま寝ている。器用なのか、慣れているのか。それにしても少し変わりものかもしれない。気持ちよさそうに寝ているので声をかけるのもためらわれて、起きるのを待つことにした。それまでひなたぼっこの続きをするのも悪くない。
「ん~、だれ~」
アランの気配に気づいたらしく、相手はもそ、と起きあがった。
「あれ~、ぼくがいる~」
起き抜けよろしくぼーっとした顔でアランに声をかけてきた。
「こんにちは。ぼくアラン。きみは?」
「鏡じゃないんだね。僕はトーマ。はじめましてだよね。どこからきたの?」
「南から、風に運ばれて」
「面白い特技を持ってるんだね、すごいな。これからも遊びにおいでよ。一緒にひなたぼっこしようよ」
「うん。トーマも遊びにおいでよ」
「うん」
二匹は笑いあう。
「風はぼくがおこしたんじゃないんだ。誰かがぼくをここに呼んだみたいなんだよ。きみじゃないの?」
「僕寝てたから知らないよ」
「そうだよねぇ」
二匹はそっくりな顔でそっくりに不思議そうな顔pで考えたけれど、なにもわからない。そよそよと流れる風が気持ちいいばかりだ。
「……ねぇ、なにか聞こえるよ。トーマは聞こえない?」
「え?」
「誰かが泣いてる」
二匹が注意深く耳を澄ませてみると、少ししゃくりあげながら泣いている誰かの声が聞こえた。
「ほんとだ。下からみたいだよ、降りてみよう」
と手てて、と二匹はまたもや器用に木を走りおりると、あたりを見渡した。うっそうと茂る森の奥深くだから、木が多すぎて見渡しは悪い。
すこし歩いてみると、声がはっきり聞こえてきたので二匹は急いで声のもとに走ってみると、そこにいたのは。
「あれ~、またぼくがいる?」
二匹にそっくりな、でも二匹の胸かよくて首まで位までしか背のない小さな生き物。
「チビちゃん、どうしたの」
「ぼく、ぼく……」
「泣かなくていいんだよ。なにがそんなに悲しいの」
「きがついたらここにいたの。くさやはながなまえをきいてくれるんだけど、ぼくはぼくのなまえをしらないの。こたえられないのがかなしくてたまらないの」
「チビちゃん、泣かないで」
この小さい生き物は、多分生まれたばかりなのだろう。漠然とした自然の意識から、自我を持つようになって身体を持ったばかりで、なにもわからない状態が不安になってしまったらしかった。
「ぼくたち、友達になれるよ。三匹ともそっくりだから仲良くなれるよ。ね」
「チビ、ってぼくのこと?」
「そうだよ、ぼくたちより小さいから」
「ぼくの名前はチビっていうの?」
「それは違うよ」
「ちがうの?」
また泣きそうになったのを見て、アランが慌てて言葉をはさむ。
「ぼく、風に運ばれてるときに、風の言葉を聞いたの。野うさぎみたいな小さな小さな森の子が泣いてるよって」
「野うさぎ……小さな森……ってハーリー?」
「うん、そう」
「じゃあ君の名前はハーリーだね。よろしく」
二匹に笑いかけられて、ハーリーがぱぁっと笑う。その笑顔がまぶしくて、つられて近くのつぼみがほころんだ。
「かなしくてたまらなかったときに、かぜがたすけてあげる、っていってくれたの。おにいちゃんたちをよんでくれたんだね。ぼくうれしい」
「アランーどこにいるのー」
ルリの声が聞こえてきて、アランはぴくっと耳を立てた。
「アラン、人間の友達がいるの?」
「大丈夫、やさしい人たちだから。ここだよーっ」
身体の小さいアランは森の中では人間からは見つけにくい。そこでアランは隠し持っていた星くずのかけらを振りまいた。暗い森の中でそれはキラキラと輝いて、ルリ達三人のいい目印になってくれる。
「よかった。無事?」
息を切らしながらたどり着いた三人は、アランとその友達二匹に目を丸くした。
「そっくり……」
ベリルが漏らした一言に、
「ぼくたちおともだちになったの。大きい方がトーマ、小さい方がハーリーだよ。すごいでしょう」
自慢気に紹介するアランは、自分が風にさらわれていたことなどすっかり忘れているようだ。三人太刀が怖くないのを確認して二匹はほっとため息を洩らしたのにアランはそっとほほえむ。
「アラン、心配しましたよ」
コナーの言葉にようやく思い出したのか、
「そうだった、忘れてた。ハーリーがさみしがって呼んだみたいなの。一緒にいてもいいかなぁ」
「ハーリーがいいなら」
「ぼく、お兄ちゃんについてく」
「トーマもおいでよ」
「僕は森から出ないよ?」
「大丈夫、ぼくたちは森にすんでるんだよ」
「なら遊びに行くのはいいかな」
「よかった、星くずのシロップがちょうど六杯分あまってるんですよ。みんなでお茶会にしましょう」
「星くずのシロップ?」
「私たちのお茶会の必須アイテムですよ。一緒にどうですか」
三人と三匹はほほえんだ。




