07:夏の夜の出会い(その7)
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水晶林近くの木陰から、三人と一匹は水晶林の気配をさぐった。どこからか男の声がする。
「禁足地ってのはな、なにか隠しておきたいから禁止されてるだけさ。そして、それはたいていお宝と相場が決まってらぁ」
がはは、と品のない笑い声を上げながら元子は大きく歩きながら一緒に歩いている男の肩をたたいていた。
「結界は? あの人たちがはいってこれないようにするための結界は、はれないの?」
あわてて瑠璃は口走った。
「ああいった人たちにはききめがありません。まったく自然への敬意のない人たちには。残念ですけれどね。ただし、こちらにはこちらの手段があります」
コナーに支持されて、ベリルが風のロープの結び目をほどくと風が吹き始めた。
「ベリル、もっと強く」
風はだんだん強くなる。
「あたしも呼んでみる」
「できるならお願いします。初心者のあなたに無理はさせたくないのですが。彼らに向かい風を吹かせて、ほこりをあびせて帰りたくなるように仕向けてください」
「わかった、やってみる」
ルリが結審して、でも心細くて、アランを抱いていようと思ったのに、アランはいつの間にかいなくあっていた。
「コナーさん、アランがいない」
「そんなことより、早く!」
仕方がないので、ルリは必死になって風を念じた。
森は、守ってみせる!
***
森の天気はくずれはじめていた。空にはどんよりと黒い雲がかぶさりはじめ、どこからともなく風が吹き始め、木々のおおいかぶさる道は暗くなってきていた。
「おい、なんか変だぞ」
気の弱そうな男があたりを見回して、大きい男に帰ろう、と言い始めた。
「ここまで着て帰れるか。お前怖いのか? ただの通り雨だろ、気にするな」
「でもよぉ、ここって『見張りのいる森』なんだろ? 万が一、ってこともあるよな」
「万が一? ってことは万にひとつだけだ。ということは基本的に大丈夫ってことだ。なぁに心配するこたぁねぇ、大丈夫だ」
「じゃあさっきまであんなに晴れてたのに、なんで今はこんなに暗いんだよ」
「木で太陽が隠れちまってるんだろう」
「雲が出てるのに?」
「お前は心配性だなぁ、なに、すぐ晴れるさ」
ふたりは森の中を進んでいった。
ルリの横でコナーが何やらぶつぶつと呪文を唱えている。ベリルは大きな風を選んで結び目をとくのに必死だ。ルリも必死に念じてみた。
風が強くなり始めていた。
アラン、どこに行っちゃったの。
心配だけれど、この状況で動き回る和敬は行かない。あの二人が水晶林息づきませんように……! ルリはアランにもらったペンダントを握りしめて祈りながら風を呼んだ。
風はいよいよ勢いを増していく。
と思ったら、急に雨が降り始めて、空は真っ暗になってきた。さっきまでの青空が嘘のようだ。
三人は幸いにも木の枝に守られて、あまり濡れない場所にいた。それでもこれはちょっと、と言いたくなるようなどしゃぶりになってきて、しかも雨は風にあおられて嵐になっていた。
「コナーさん、風を呼ぶのやめちゃダメ? 嵐になってる」
「やめないでください。侵入者がいなくなるまでは、やめられません!」
コナーの術のせいか生い茂る木々の中でも三人には侵入者がはっきり見えていた。嵐になってきた、と気の弱い男が帰りたがるのを、大柄な男が笑い飛ばしている。
「通り雨だって言ったろ」
雨はどんどん強く、大粒になっていった。風もどんどん強くなる。
ルリは怖かった。こんな大嵐、家の中でも体験したことなんかないのだ。怖くて、もう風を呼ぶのをやめてしまっていた。なのに、風はどんどん強くなっていくのだ。
どうしよう。
そんなルリの肩をべリルが抱いて、こっそり話しかけてきた。
「おまえ、風呼ぶのやめてるだろ?」
「うん」
「おかしいな、俺も今は何もしてない。なのにどんどんひどくなる。お師匠様はあいつらを迷子にさせて水晶林にたどり着かないようにしているだけみたいなのに。なにか変だ」
「なにが?」
「わからない」
ベリルはそれきり何かを考えこんでしまったようで、口を閉ざしてしまった。けれども、ルリの肩に手を置いて、なんとかするから、と伝えてくる。
「きゃっ」
風にあおられてルリの体がバランスを崩しかけた時、ベリルの腕がしっかりとルリを支えていた。
ベリルの腕がこんなにたくましく思えたのは、正直これが初めてだった。
ふたり組の男は水晶林に近づきつつあった。
そっちに行っちゃだめ!
ルリは声にならない叫びをあげた、その時。
大風、といっていいのかどうか。すべてのものを吹き飛ばすような風と、川があふれたのではないかと思えるような雨粒が一気にあたりを包んで、何も見えなくなってしまった。風と雨で目を開けているのさえつらい。
ごうごうと空気がうなる。木々の枝がしなり、悲鳴を上げている。
森自体がうなっているかのようで、ルリは今までにない恐怖を感じた。
これはなに?
空気が、森がおこっている。
そうとしか表現しようがなかった。
空気が、いきなり何かを見つけたように流れ込んでいく。
森がふたり組を襲った。
そう思った。
こんな怖い空気に襲われたら、人間なんて、ひとたまりもあったもんじゃない。
ルリは怖くて目をつぶった。
森は荒れ狂う。
人も動物も、生えていいる木々さえも折るかのように。
森という生き物がそこにいておこっているようだった。
おそるおそる目を開けても、事態は何も変わっていなかった。ただ、森がふたり組を嫌っているということだけはわかった。
ぶわん。
空気の塊が、ふたり組の荷物を吹き飛ばした。クワも、カバンも、コートも、みんな。
思わずふたり組はあとずさる。
これでもか、これでもか、と空気の塊がふたり組にぶつかっていくのがわかる。
いや、わかる、というより感じる。
あの空気の塊は、森の怒りそのものだ。
細身の男の体が浮いて、飛ばされそうになって大柄の男にしがみついた。なんとかふたりは飛ばされずにすんだものの、それでも空気の塊はどんどんぶつかっていく。彼らの服は裂け目がたくさんできていたから、ほほには傷さえあるだろう。
「裂!」
コナーの声が響くと、先日拾い損ねていた星くずが彼らの服を引き裂いた。
「もうそろそろいいでしょう」
コナーが茂みを出てふたり組の前に足を進めると、
「ここはあなた方の来るところではない。早々に立ち去るがいい」
深く、はっきりとした響く声で言い放った。空気がうなっている中でコナーの声だけが聞こえるというのも、森の意志だろうか。
「お前か、この仕業は」
男はコナーをきっと見据えていったけれど、声は半分以上も風に飛ばされた。
「あなた方はこの森に入るべきではない。即刻立ち去りなさい」
「この、時代遅れの魔術師め」
「そんな言葉は無意味です。立ち去りなさい。今ならまだ間に合う。この森が禁足地であることはあなた方もしているはず。それを破ってこの程度で済むとお思いか」
コナーの眼光は鋭かった。
にらみ合いが続いていると、ふたり組にはコナーの姿がだんだん大きく見える気さえしてきた。
「さぁ、立ち去りなさい」
コナーの声は大きく太く響いて、ふたり組ははじめはじわじわと、けれどだんだんとまるで風に飛ばされるように走って去っていった。
***
ふたり組がいなくなっても、森の怒りは収まらなかった。
どうすればいいんだろう。
思わずベリルを見た。
「こういう時は歌を歌うんだけど……。どうしたらいいんだろう」
「歌?」
「そう、精霊の心を静める歌ってのがあるんだ」
「歌わないの?」
「俺ぐらいの歌で静まるとは思えなくってさ」
ベリルの戸惑いが伝わってくる。
「ベリル! 歌いなさい!」
コナーのはっきりした声に驚いたベリルは立ち上がると、歌い始めた。
「ベリル?」
ルリには訳がわからない。コナーの方を振り返ってみると、コナーはふたりの方に戻ってきていた。
「ようやく退散してくれましたね。もう安心です。あとは森のほうだけですね」
疲れた顔に笑顔が浮かんだ。ベリルの声は大きくて、最初はびっくりしたけれど、その声はとてもきれいだった。
「ベリル、もっと大きく!」
コナーの指示が飛ぶ。
「コナーさんは歌わないの?」
「今から私も歌います」
コナーの歌が森に響くけれど、ベリルの声は風にかき消されそうになっていった。嵐は収まらない。
「これは少々やっかいですね。いつもと違う」
コナーの顔に少し焦りが見える。
「どうしたの?」
「いつもなら、これほど嵐はひどくならずにおさまるんですが、今日はなんだか様子が違うようです」
「森になにかがおきてるの?」
「そう、ですね」
コナーはなにかを考え始めた。
けほっ、とベリルが咳をした。疲れて息が続かなくなってきたようだった。
「おまえかわってくれ」
「え、あたし?」
「そうだ。俺がさっきから歌ってる歌だ、もう覚えただろう? 簡単な歌詞とメロディーの繰り返しだから難しくない。ちょっと交代してくれ」
それだけ言うとベリルは座り込んでしまった。
「わ、わかった、とにかく歌えばいいのね?」
ベリルがうなずくのをみて、ルリはさっきまでベリルが歌っていた歌を、ペンダントを握りしめながら歌い始めた。




