03:夏の夜の出会い(その3)
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これは小さいけれど大きな秘密。
月明かりの夜道の中、こらえても出てしまう笑いをかくしきれずにルリは走った。走るには絶好の満月で、雲もほとんどなく、てらしだされた道はルリをさそってでもいるかのようだ。
またアランに会える。それだけでルリはうれしかった。あの柔らかい感触と無邪気な笑顔、あふれでる緑のイメージ。なんだかそれはとてもなつかしくさえ感じられて、会いたいという思いがいっそう強くなっていた。水晶林はすぐそこだ。
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水晶林は昨日よりかがやいているように見えた。月の光の乱反射はそれだけで心をわくわくさせる。気が付くと口元がゆるんでいるのをまた気にしながら、ルリは水晶林に急いだ。月夜のお茶会。その言葉の響きだけで心がどきどきする。
両親はうまくごまかした。出かけたことには多分気づいていないはずで、だからこそなのか、余計にワクワクした。
水晶林の入り口はいつもと何も変わりはなかった。なのに一歩足を進めると月の光が強くなったように感じられて、その変化にルリは正直おどろいた。
足をすすめていくと、林立する水晶の中に満面の笑みをたたえたアランが立っていた。
「こんばんは」
「あたし、来たわ」
「うん、やっぱり君はお仲間なんだね」
「なに? 仲間って」
「コナーが説明してくれるよ。さぁ、急ごう」
「あの……」
「なに?」
「まただっこしてもいいかなぁ?」
アランはほんのりを顔を赤らめながら、
「いいよ」
と近づいてきた。
水晶林を抜けると、そこは通称『見張りのいる森』、禁足地だ。さすがのルリも森に入るには怖く心臓がどきどきした。アランはルリの緊張に気づいて、
「大丈夫だよ、ぼくがいるから」
とにっこりほほえんだので、ルリはびくつく足を何とか森に忍ばせられた。
「不思議、お化けなんかいやしないのね。明るいし」
「満月だもの。そら、もうすこしだよ」
角を曲がると、ポツン、と一軒家があった。家というよりは、小屋。煙突からは煙が出ていて、家の前にはテーブルといすが用意されていた。そこに人間がいる。
まさか、これが森にすむ化け物?
ルリの心配が伝わったのかどうか、しかしアランは笑顔のままルリを見上げた。
「あの人たちが僕の友達だよ」
「やぁ、こんばんは」
大人の人が声をかけてきた。大人に見つかったら怒られる、という気持ちが働いて、ルリはしどろもどろになってしまう。
「あ、はい、こんばんは」
「ルリ、痛いよ」
思わずアランをきつく抱きしめてしまったらしい。
「ルリ、準備があるからぼくをおろしてよ」
アランはご機嫌なまま、おろされると体のサイズに似合わない速さで走っていった。
「あなたがルリさん?」
大人の人が優しい声をかけてくる。ローブを身に着けたその姿は物語に出てくる人物みたいだ。
「はい、ルリです。あなたは?」
「私はコナー。この小屋に住んでいます。あそこで食器を運んでいるのが教え子のベリル。仲良くしてやってください」
男の人の優しい声は、父親を思い出させた。
「今日はアランが張り切っててね。どんなお嬢さんかと思っていたら、なんとこんなにかわいらしいとは。ベリルと年のころが同じだから、話もはずむでしょう」
コナーにうながされてテーブルに向かった。
「今日はベリル。あたしはルリ」
声をかけると少年は照れたようにそっぽを向いて食器を取りに行ってしまった。
「コナーさん、あたし嫌われてるの?」
「照れてるだけですよ。じきに慣れてしゃべるでしょう。それより、あなたの名前、すてきですね」
「名前?」
「あなたのお父さんは東洋の方ですか?」
「ううん違うわ。学者なの」
「あぁ、それで」
「なにか関係があるの?」
「それはね……、あぁ、ケーキができたようですよ。みんなが揃ってからお話ししましょう」
「でね、この子がルリだよ。昨日友達になったんだ」
満月の灯りの下、得意げな顔でルリを紹介するアランを見て、ルリは正直恥ずかしくてしょうがない。
「変な名前」
ベリルがボソッとつぶやくのにムカッとしたが、コナーがまぁまぁ、と仲立ちに入った。
「『ルリ』というのはね、『青金石』のことで、東洋での呼び方ですよ、ベリル」
「青金石?」
ルリ自身はじめて聞く言葉に疑問があふれる。
「そう、このあたりでは『ラピスラズリ』と呼ばれている石です。ルリのお父さんは物知りな方なんですね。ベリル、これも勉強のうちです、覚えておきなさい」
「ちぇ」
「そうそう、ルリ、ベリルとはその名の通り『緑柱石』です。石の名前を持つ人間同士、仲良くできるでしょう。アランも石という意味がある」
「コナーさんは?」
「私はしがない薬草使いです。石の名前は持っていません」
「賢者様なのね? わぁまだいたのね。あたし、お話の中だけの存在だと思ってた。そっか、だからそのローブ着てるのね。あ、ごめんなさい」
「いえいえいいんですよ。正直もう絶滅寸前ですから」
コナーの笑顔は優しい。
「それより、ケーキが冷めてしまいますよ、まずはみんなで食べましょう」
月のケーキは思った以上にふわふわで、シロップの甘さはとろけそうだった。
「森は禁足地なのに、住んでて大丈夫なの?」
お腹もいっぱいになって、お茶を飲みながらルリは疑問を口にした。
「ああ、この森はね、大丈夫ですよ」
「だって、『見張りのいる森』なのに?」
「あ、それぼく」
カップを置きながら、アランがもう片方の手をあげた。
「え?」
「その見張りってね、ぼくのことなの。ぼくがいるから、ここは見張りのいる森なの。ぼくがこのふたりが住むのを許してるんだ」
「見張りって、怖い人じゃないの? アランって何者なの?」
ルリは思わずカップを置いた。
「んー、ぼくはただの森の、なんて言ったらいいかなぁ、気というか念、みたいなものなんだけど。見張りって言っても、特に何もしてないよ。悪意を持った人が森に入ってくるのが嫌なだけだよ。それよりルリ」
「なぁに?」
アランの笑顔にひきつけられて、邪気がない。
「ルリって、妖精と人間のハーフでしょ」
ルリはあっけにとられた。なにが一体どう転がると、自分は妖精のハーフという話になるのだろう?
「どうして? あたし人間だよ」
「だって、ぼくの結界にはいってこれたじゃない」
にこにこと断言するアランはカップのお茶を飲み干し、おかわりを淹れた。
「アラン、ルリが目を白黒させていますよ。もう少し詳しく説明してあげないと」
コナーがやんわりと話に入ってきた。
「ルリ、アランの結界はね、特別なんですよ。敵意がないからと言って誰にでも入れるものじゃないんです。それに、最初はあなたから声をかけたそうじゃないですか。あなたにはアランが見えた。これだけで、立派に普通の人間ではありません」
コナーはゆっくりとカップを置いた。
「はぁ」
「アランはね、あなたが好きになったみたいですよ。昨日あなたの話をするときのアランの顔をあなたに見せてあげたかったですね」
「コナー、恥ずかしいよ」
「いいじゃないですか。そんなアランの姿を見てベリルはやきもちをやいているんです。でも仕方ありませんね。アランの新しいお友達は、私たちのあたらしい友人になれる方だ。ベリルはちょっとすねてるだけです」
「お師匠様、それは言わない約束だよ」
明るいブラウンの髪をぷい、とゆらしてベリルはケーキの残りを口に放り込んだ。月明かりで顔色までははっきりと見えないけれど、照れているらしいことだけはわかった。
「アランがあたしのことを好きって本当?」
アランはいつものきょとんとした顔でルリを見た後、にぱっと笑った。
「うん。ルリに抱っこされるとね、気持ちいいんだよ」
「アランがそんなことを許したのはルリ、あなたが初めてなんですよ」
ふたりの笑顔とベリルの拗ねた顔のつり合いが不思議な印象だった。
「と、とにかく、なんであたしがハーフなの? 耳がとんがってもいないのに」
「それは偏見」
ベリルが口を開いたので意外そうな顔をしながらもコナーは安心したようだった。
「シー、つまり妖精系の生き物の耳がみんなとんがってる、っていうのは嘘。耳がとんがっている奴もいるし、いないやつもいる。人間型のやつもいるし、人間型でないやつもいる。人間の髪や目の色がみんな同じでないのと一緒なんだ」
「普通の人間じゃないって、そんな」
「それがなにか問題あるのか? おまえは今ここにいて、俺たちと会話している。一緒にお茶だって飲める。なにも問題なんかない」
普通じゃないと言われて一瞬涙目になったルリを、不愛想ながらにフォローする姿はコナーの苦笑を誘った。
「私たちは古い物語の残り火のようなもの。楽しく緩やかに日々を過ごすできるのなら、それでいいんですよ」
「ゆるやかに?」
「そう。このあたりの天気は穏やかな日が多いでしょう。それはアランが望むから。風がいつもゆっくり流れるのは私が風を送っているから。これを知らない人々がこの地を不思議がって近寄らないだけの話です。わかる人には、わかると思いますよ。もう、ほんの少しの人になりましたけれど」
コナーは寂しそうに笑った。
「さぁ、しめっぽいお話はこれまでにしましょう。アランがあなたにプレゼントを用意していますよ」
「あ、コナーずるい。ぼくが言い出そうと思ってたのに」
アランはひとつ文句を言って、小さな手で何かを取り出した。
「これ、ルリに似合うと思うんだ。もらってくれるかな」
そう言って渡されたもおは、葉っぱの形をしたこはくのペンダントだった。なにやら文字が書かれている。
「わぁ、めずらしい。こはくなのに、葉っぱなのね。アランらしい。これはなんて書いてあるの?」
「ブドウだよ。ブドウを意味する文字。これはコナーが彫ってくれたんだ」
「ブドウ?」
「今はちょうど八月でしょう? だから八月の象徴文字のブドウをほったんですよ。私たちがお守りにする文字なんです」
意味が分からずコナーを見たルリに、ていねいにコナーは答えてくれる。
「そ、これお守りなの」
にこ、と笑いかけてくるアランを、ルリは思わず抱きしめてしまった。
「ありがとう。大事にするね」




