18.シチュー
なんとか水晶林の端についたところで、
「ねぇ、もうおろしてあげてもいい?」
とトーマが聞くと、
「ハーリーが地面に、土につかないところなら」
「ぼく、きをつけるから」
「……うん、んら、いいよ」
アランがしぶしぶなのに、トーマとハーリーは目を合わせて喜んでしまって、アランがどうしてそんなに地面につくのを嫌がるのかを聞けないまま、ハーリーは水晶の上におろしてもらう。それでも、そのまま先に走っていくとアランがまたおかしくなりそうなので、ハーリーはアランのそばによって、おとなしくついていくことにした。
「アラン、ぼく、だいじょうぶだよ?」
声をかけられたアランはなんだか涙目で、ハーリーはそのまま声が詰まってしまって何も言えなくなってしまって、トーマに顔を向けて、表情でこっちに来て、と訴えるだけで精一杯。
「アラン、聞いていいかな。どうして地面についちゃだめなの?」
「これ以上不確定要素を増やしたくないの」
「え、なんて?」
「土に降りて、また色が変わったりして、なおすための要素が増えたら嫌なの」
「気にしすぎじゃない?」
「だって、どうしてだかわからないから。怖いの」
そう言われてしまっては、原因のわからない二匹にはなにも言い返すことができなくて、黙ってしまうしかできなくて。
「ぼくもね、むかし色が変わってしまったことがあって、ものすごく不安になったの。今でも原因はわからないけれど、元に戻るまで水晶林のなかにいたの。毎日毎日、ずっとおひさまや月や星の明かりで光る水晶林のなかで、どうしたらいいのかなって考えてた。光がぼくを慰めてくれるような気がしてたの。だから、ハーリーにも石の光がお薬になるんじゃないかと思って。でも、なにをどうしたらいいのかは、ぼくにもわからないの」
「だいじょうぶだよ、ぼく、げんきだよ?」
そっとアランを覗き込むハーリーを、アランは思わず抱きしめて、
「なにかいい方法があると思うの。探そうね」
とささやきます。なんだか涙声なのが気になって、ハーリーまで泣きそうになりながら、
「ぼく、げんきだから、あんまりきにしないで? アランのほうが、ぼくよりたいへんそうだよ? ぼく、このいろのこと、きにしてないから。ね?」
と笑顔で返すと、アランは少し元気になったのか、
「優しいハーリー。大好きだよ」
となでてくれる。
「優しい石の光がいいかなと思ってるんだけど」
「ぼく、ぜんぜんわからないから、いうとおりにしてみるね。あ、これ、どうかな。きのうみつけたの」
ハーリーがそっと差し出したのは、半透明で薄い青灰色の、中に張りが見える不思議な意志。石の中に針があるなんて。
「青針水晶だね」
「へぇ~、あ、ぼくもここに来る途中に見つけたのがあるよ」
そう言ってトーマが差し出したのは天青石のかけら。
「どっちも青いね」
「ぼく、どっちもきれいですき。これをひかりにかざしたらいいの?」
「やってみて。好きな石の光なら効くかも」
「おなじくらいのおおきさなのに、てんせいせきのほうがすこしだけおもいね。こうかな」
水晶林の光に石をかざして、嬉しそうに二つの青い石からの光を覗き込むように、浴びるようにするさまは、普通に石の輝きを楽しむ姿と全く変わりがなくて、アランはあきらめたような目でほかの意志を探そうと目をそらした、その時。
「ハーリー!」
トーマの叫び声が聞こえて、あわてて振り向くと、ハーリーが古典と倒れるところで、アランは自分の体が凍り付いてしまったような気がして、息さえ飲み込んでしまった。
ほわほわふわふわのハーリーの体は、そのまま横たわって目を覚まさないのでアランは半泣きで、でもどうしていいかもわからなくて立ち尽くすしかなくて。
「アラン、落ち着いて。ぼくもびっくりしてるけれど、ハーリーは息をしてるから」
「でもでも」
「ハーリー、聞こえてる?」
アランを混乱させないように気丈にふるまいながらトーマが声をかけると、
「う……ん、だいじょうぶ」
とハーリーの声が小さく聞こえて、二匹は法っと大きなため息が出て、そこに座り込んでしまう。
ハーリーが目を開けてみると、足の力が抜けた二匹がいて、どんなに心配をかけたのかと思うと申し訳なくなって、できるだけ明るくふるまうことにした。
「ぼく、だいじょうぶだよ。ありがとう。ひかりにくらくらしちゃっただけだから」
いつものように無邪気に笑いかけると、アランにはそれが花が咲いたように明るく感じられる。
「なんともない? どうしたのかと思って……あ!」
アランはハーリーの毛を見て声を上げる。ハーリーもトーマもなんだろうと思って見直してみると、見事にハーリーの毛が元の灰色から青灰色に変わっていた。
「ハーリー大丈夫? なんともない?」
「だいじょうぶ。おもしろいね! きれいだなぁってかんどうしたらそのいろになっちゃんだよきっと。ほら、ぼくあかやきいろのはやしにいったから、それでだよ、きっと」
「面白いって話なの? そこなの?」
「わかんない。でもたぶんそうだよ」
「きっと、まだ周りに影響されやすいんだと思うなぁ」
「かもね。ぼくはたのしくてすき。だからみんなしんぱいしないで? ありがとう」
アランにとっては、なによりもハーリーの笑顔がうれしくてうれしくて、おもわずだきしめてしまう。
「よかった、ハーリー……!」
アランの腕の強さが、そのまま心配と安心の産物だというのは誰にもわかっていたけれど、それが長く続くとさすがにハーリーも苦しくなってきて、
「あの、ちょっと、くるしいの」
と訴える。
「ごめん」
気がついて、やっと力を抜いたアランだったけれど、手を離すことができなくて。ハーリーは、アランにものすごく心配をかけたのだと体で感じて、心配かけないようにこれからは気をつけようと思った。
「ねぇ暗くなってきたよ。みんなのところに帰ろう?」
アランが落ち着いてきたころを見計らって言うと、
「あ、そうだ、木の実!」
と思いだしたように声を置きくしたので、
「どうやってあつめるの?」
とハーリーが聞き返すのを、トーマはさっぱりわからないのでぽかんとしていた。
「木の実がどうかしたの?」
「きょうね、もりにこのみをわけてもらうようにおねがいしたの。アランあれってどうなるの?」
話題が変わってすっかりいつもの落ち着きを取り戻したアランは、嬉しそうににんまりと口をほころばせて、
「明日の朝を楽しみにしてて」
とだけしか教えてくれないまま、
「帰ろうか。今日はキノコのクリームシチューって聞いてるから、楽しみ」
とひとりで悦にいっている。
「なーにー。いまおしえてくれてもいいじゃない」
「だから、明日の朝のお楽しみなの。さ、かえろ。トーマもくるよね?」
「そんなわくわくするお楽しみを、ぼくが見逃すと思うの?」
当然、と笑って三匹は家へと足を踏み出した。
「みんなびっくりするだろうね、ハーリーのこと」
「ぼくがいちばんびっくりしてるよ? でもね、おもしろいなっておもうの。きれいだなーってかんどうしたら、そのいろになっちゃうんだね」
二匹の心配をよそにハーリーはご機嫌。心配されていることに気がついて二匹をじっと見て、
「ぼくげんきだから。ありがとう」
とほほえんで、その様子に二匹は思わずハーリーを抱きしめてしまうのを止められない。
家を目の前にして、毛色が少し変わってしまったハーリーをどうしようかとアランがとまどったのに、
「ぼく、いきなりいっちゃうよ」
と上機嫌で、ハーリーはドアをノックするのにためらいなんかみじんもなくて、怖いもの知らずの勢いに二匹は取り残されそう。
「ただいまーあけてー」
「今度ぼくたち用のドアノッカーをつけてもらおうよ」
「いいねぇ、でも重そうだね、持てないかも」
大きい二匹が話しているのを全く無視して、ハーリーはとにかくせがむ。
「かえってきたよーだれかいないのー?」
二匹に比べて少し甲高いハーリーの声が遠くに届いたのかどうか。
「ああ、帰ってきたんですね」
小屋の影からコナーがひょっこり姿を見せて、
「パセリを取ってくるのを忘れてましてね」
と手に持ったパセリを軽く揺らして、笑顔で迎えてくれるのと同時に、ハーリーを見て目を丸くしたのもつかの間、
「今開けますよ。おかえりなさい」
と温かくむけてくれたので、アランとトーマはほっと胸をなでおろした。
「コナーきいて? ぼくね、なにかを見て奇麗だなーってものすごく感動しちゃうと、毛がその色になっちゃうみたいなの」
開けてもらったドアもそっちのけで、ハーリーが笑顔いっぱいで話しかけるのに、コナーがほほえんで聞いてくれるので、なんだかほっとしながらコナーが動じない人でよかったとしみじみしていると、
「ハーリーは空を見るのが好きだから、最近青みがかってきていたの、知っていましたよ」
と確信をついてくるので、さすが賢者は侮れないと二匹は凍そり笑いあった。
「アラン、木の実は大丈夫そうですか?」
「うん、いけそうだよ」
「ぼくもいっしょにおねがいしたの!」
「それは楽しみです。ハーリーの分も分けてもらえるなら心強い」
「ねぇ、気になってたんだけど、どうやって分けてもらうの?」
「トーマも初めてでしたね。じゃあ注意をひとつ。今夜は、外で物音や気配がしても、外に出ないし見ないこと。いいですね?」
ウインクしながらいたずらを楽しむみたいに言われて、トーマとハーリーの期待はいやがおうにも高まっていく。
「こっそりのぞいちゃだめ?」
「それは来年の方がいいでしょう。今回は、どれだけ集まるかを楽しみにしましょうか」
ハーリーのえーという文句を消すように、
「じっくり楽しむ方がいいと思うんですよ?」
とハーリーの口元に指を一本立てて、文句はそこまでですよと茶目っ気たっぷりに笑うコナーは、大人のはずなのに子供みたいで、そんな新鮮さがトーマにはうれしくて。
「ぼくがまんするよ。ハーリーもぬけがけは無しだよ」
トーマまでのぞき見しないと言ってしまったので、ハーリーは不満だけれど楽しみが減るのも悔しいので、
「わかった。がまんする」
と仕方なくつぶやく。
「そろそろ日が落ちます。夕食の支度をしてベリルの帰りを待ちましょう」
みんないい子ですね、とおだやかに笑うコナーが、まるで夕日の輝きのようにハーリーには感じられた。
「ねぇコナー、さっきみたいに小屋に誰もいないときのためにぼくたち用のドアノッカーか呼び鈴を用意してほしいんだけど、できないかな」
「ふむそうですね。検討しましょう」
「たのしみ!」
ハーリーのご機嫌はいい方にしか転がらないみたいで、そこにいる全員が自然と笑顔になっているのがお互いにうれしくて、肌寒くなってきた風さえもなんだかさわやかな気がしていた。
「きのこのクリームシチューってきいたの。ほんとう?」
「はい、できてますよ。みんなが揃ったら温めなおしましょう」
「ベリルはやくかえってこないかなぁ」
ハーリーの笑顔は、やっぱりみんなの顔をほころばせた。




