10.磁気嵐
クッキーを食べ終わり、お茶もおかわりを飲んで今日あったことを口々に話していると、アランがぴくっと耳を動かして、背筋を伸ばしてなにかをさぐるような気配を見せた。
「どうした?」
「北で磁場が乱れた。磁気嵐がくるよ」
「大きそうですか」
「心配するようなことはないと思う。ちょっと大きめなだけだから」
「磁気嵐?」
場の空気が凍り付くのを感じて、ルリはどうしようかとベリルを見てみると、ベリルが一番緊張しているように見える。
「みんな、どうしたの?」
異変を感じたのか、ハーリーもプルプルと震えだして縮こまっている。どうしていいかわからなくてコナーを見れば、視線と指の動きでおとなしくしているように指示されて、何もできなくなってしまう。トーマはいつもと同じように見えるけれど、耳の毛が爆発したみたいにぼうぼうになっていて警戒しているのがわかるし、アランは気配をさぐるのに必死だ。
あたしにできることってなに?
あわててあたりを見渡しても、何もできることがなさそうで、自分と同じように磁気嵐に影響を受けてなさそうなコナーは少し離れてるし、近寄ろうにも場の空気を壊してしまいそうで怖い。一番そばにいるハーリーをなだめようと手を伸ばすと、トーマがさっと割って入ってルリの手を止めた。
「いまハーリーにさわらないであげて。ひとりで耐えられるようにならなくちゃ自然の中で生きていけないから、人間の君に頼らせないようにしなくちゃだめなんだよ。人間に頼るクセをつけちゃいけないんだ」
めずらしくかたいトーマの声に驚いてアランを見ると、アランもうなずいて、ぼくたちがついてるから、と制されてしまった。
空気がビリビリしてる。
コナーは何でもないような顔をしながら、ベリルから目を離さないでいつでも動けるように待ち構えているのがわかるし、ベリルはぐっと口を閉じて下を向いたまま、膝の上で手を強く握って少しふるえている。とても声なんてかけられない。
あたしひとりだけ、役立たずだ……。みんながなにか重いものを抱えているのに、あたしにはわからない。知らないなにか。
あたしだけが、子供だ。
なんだかみんなに置いていかれるような気がして泣きそうになるけれど、ここで泣いてしまったらもっと子供になってしまうから、それだけはできない。
どうしていいかわからなくなっていると、アランがコナーの方に歩いて行って何か耳打ちした後、緊張で固まっているベリルの膝にちょこんと収まってしまった。なにが起きたのかとびっくりしているとコナーがやってきて、外に出ましょうと肩をたたいてきた。
外の景色は普段と何も変わるところがなくて、本当は磁気嵐なんて来ていなくて、みんなで自分のことをからかっているだけみたいな気がしてくる。
「息が詰まったでしょう」
「うん……あ、ごめんなさい」
コナーは柔らかく微笑むと、ベンチに座るようにうながしてくれる。
「アランたちは精霊ですからね。自然の変化に敏感なんです。磁気嵐がどんなふうに影響を与えているのかは私にもわからないんですが、森の見張り番としては気になるところなんでしょう」
「じゃあベリルは?」
「気づきましたか」
「あれだけカチコチになってたら、変だなってことくらいわかるよ」
「ベリルはね、磁気嵐に嫌な思い出があるんですよ。あなたになら話してもいいと思うんですが、どう説明したらいいのかな。私にも難しいことはよくわからなくて」
「なぁに?」
「三年前、それはそれは大きな磁気嵐があって、アランの毛が全部逆立っていたことがあったんです」
そこまで言って、コナーはどう話していいのか困ったように、口を開きかけては閉じ、考えをめぐらすように空を見上げる。
「その、ルリには理解できない言葉かもしれませんが、聞くだけ聞いてください。あの磁気嵐の日に、ベリルはここに現れました。なんと言ったらいいんでしょうかね。私たちの前に、いきなり出現した、というのが正しいでしょうか。お互いになにが起こったのかわからないまま、呆然と立ち尽くしたのをおぼえています」
「それって……」
「話を聞いていくうちに、ベリルは近所の子でもないし、この地方の子でもないことがわかりました。もしかしたら地域は同じなのかもしれませんが、言葉の言い回しが少し違うんですよ。そしてもっと話を聞いていくうちに、アランがひとつの仮説にたどり着きました。次元断層による共鳴です」
「……じげん……?」
「磁気嵐によって地場の狂った場所同士がなんらかの拍子に共鳴しあって、次元に穴が開いてつながってしまい、お互いの世界がまじりあう。ベリルはこれに巻き込まれてここにきてしまった。穴はすぐに閉じてしまうから、元の世界に帰りたくても帰れない。ベリルはいきなりこの世界に放り出されて孤立してしまった」
「そんな無茶苦茶な話」
「ベリルは、いまの時代にはない素材を使ったボタンや布を使った、仕立てのいい服を着ていました。それに、科学知識も今の物とはずいぶん違う。いまの世の中では異端とされたり、信じられないような技術理論をすらすらと語ってみせました。このままにしておくと彼は境界につかまって異端審問にかけられて殺されてしまう。そこで私はアランと一緒にここでベリルと暮らしてこの時代で暮らしていくすべを教えることにしました。勉強を続けて、元から持っている知識の応用で将来彼が成功するなら喜ばしいことですが、今はまだその時期ではない」
「そんな……」
「磁気嵐で元いた世界に帰れるのならそれでもいい。だけどどの世界のどの時代とつながるのかわからない状態では、そんなことを望むのは危険なだけです。それにいつもつながるというわけでもありませんしね。だから、彼は磁気嵐という現象そのものが嫌いです。自分で感じ取ることはできなくても、アランがどうしても感じ取ってしまうから、それでわかってしまう。そのたびに彼は飛ばされてきた過去を思い出して動けなくなってしまう」
「かわいそう」
「彼が言うには、これをトラウマと呼ぶのだそうです」
「……知らない言葉」
「でしょう。しかし彼ももう十三歳、そろそろほかの人たちとも交流させてあげたいですね。それにあの子は頭の回転が速いから、このままにしておくのはもったいない。できればもっと勉強のできるところに進んで、この森を守るために働けるようになってほしい」
「ベリルはそれを望んでいないかもしれないのに?」
「必要な教育は与えてあげないといけません、彼が途中でやめるというならそれはそれでいいですけれど、最初から奪うことはしたくないのです。これはあなたのお父さんにも相談しているのですが、なんとか資金を出してくれるという話がついています。身元保証人にもなってくれると」
コナーが顔にしわを寄せて笑う姿は、まるで本物のお父さんみたいだ。
「ルリ、あなたと一緒に通えるようになるといいんですけれどね。新入生としてはいるならみんな違和感も少ないし、心強いですしね。どうですか?」
「どう、って言われても、あたしだってまだ決めてないのに」
「夏なのに? どこか大きな街の学校に通うのが決まっているのならどうしようもありませんけど」
「ここに来てまで学校の話とか、やめてほしいなぁ」
「ははは、すいません。でも避けては通れない道ですからね。少しくらいは勘弁してください」
「パパに相談してみてもいい?」
「そうですね。事前承諾はいただいていますが、はっきりと決めたわけではないので、数日中にあなたのご両親に相談に伺います」
「あ、そうだ、パパもコナーにお話があるって言ってた。お仕事の話だって」
「ちょうどいい、それでベリルの学費を払えるようになるといいですね」
ふわり、と優しく彼は笑う。ないも化も包み込んでくれそうな、あたたかい笑顔になんだかとても落ち着く。こんな人と一緒に暮らせて、ベリルは幸せだな。
「星がきれい」
空を見上げると、いつもと同じように星がまたたいていて、磁気嵐なんてまるで関係なく感じるのに。
「お話終わった?」
声に驚いて振り返ると、ドアからちょこんと子を出してアランが立っていた。ああ、なんて凶悪なまでのかわいらしさ!
「ああ、アラン、磁気嵐は?」
「無事終わったみたい。ルリは大丈夫?」
とてとてと心配そうな顔をして歩いてきてくれる姿に、抱きしめずにいられない。
「心配してくれたの? ありがとう」
「今日の磁気嵐はちょっと大きくて、びっくりさせちゃったね」
「大丈夫、ありがとう」
「でね、ぼくたちいまから水晶林に行くんだけど、ルリもくる?」
「連れて行ってくれるの?」
「じゃあ決まりだね。みんなを呼んでくるね」
ルリの手からするりと抜け出してアランはかけていく。
「磁気嵐の後も変わった星がとれるの?」
「ええ。楽しみにしていますよ。気をつけていってらっしゃい」
「コナー」
「なんですか?」
「ベリル大丈夫かな」
「あなた方が帰ってくるころまでには落ち着いてますよ。さぁ、いってらっしゃい」
アランに続いて出てきたハーリーとトーマに連れられて、ルリは水晶林に向かって歩き出した。




