その2:2026年7月12日日曜日・G県N市新町交差点「Barアムリタ」④
=4=
「ナミちゃん、その動画って今見ることってできるか?」
その一息から14秒3919という沈黙を終わらせたのは、アイラだった。 ナミはそれに軽く頷き、バッグの中からスマートフォンを取り出して【トッサラササササラ】と手早く画面をタップ、スワイプする。 その手がピタリと止まると、彼女はそれを五人で見られるようにカウンターに【トッ】と置いた。
スマホの画面に隷書体で大きく表示される「もう、逃げ道はない」と書かれたサムネイル。 他にも、「予言の“最終段階”に入った」「専門家が口を閉ざした瞬間」「これが来たら終わりだと言われていた」と、ずらりと並ぶ【終末論】動画のサムネイル。
それらは2024年から現在にかけて投稿されていた。 各チャンネルごとにサムネイルの作り方は違うが、人の心理を不安へ揺らすような巧みな言葉が組み込まれている。 人の目を、人の気を引くには十分すぎる作り込みだ。
ナミのスマホを覗き込み、それを見た四人は【ドゥーン】と目を丸くしている。
「うわー!」と少しオーバーなリアクションのシンジュ。 冷静そうにしていても、眉の動きだけはそれを隠せていないアオイ。 どこか苦虫を噛むような厳しい目でそれを見ているカレン。
そんな中、アイラは今ここで言うには不適切かもしれない一言を、思わず口に出してしまった。
「なぁ……この二年で地球って、何回滅亡しているんだよ?」
8.03秒の沈黙――それが終わった時、アイラの一言はその場全員の笑いのツボにはまったのか、一同堪えられず【ドッゥゥゥゥゥ】と大きな声で笑っていた。
「ははははは、アイラちゃんの言う通り!」
笑い泣きの瞳を【くしくし】としながら言うシンジュに、大きくウンウンと頷くナミとアオイ。 当のアイラは、この場の空気を大きく変えたことへの良し悪しを読み切れないのか【ニシテヘ】と、白い髪をかき上げながら甘い苦笑いを浮かべていた。
そんな中、カレンは笑いを一度飲み込み、眼鏡越しには黒く見える瞳からの視線をアオイに向けた。 それに気付いたアオイも、動画の中の何かに気付いていたのか、その視線を受けてコクリと頷いた。
「いますね。ネガティブ情報の生霊。」と言うカレン。
「そのようだね。」と答えるアオイ。
二人の意見の一致が、カウンターを囲むそれぞれの表情を【ビリィーン】と引き締めた。
◇◆◇
「ナミちゃん、このチャンネルっていつ頃からやってる?」
「えっと……確か2018年頃からだったと思います。」
カレンの言葉に、【んー】と思い出すようにして答えるナミ。 それを聞いたカレンは、カウンターに置かれたナミのスマートフォンを手に取り、彼女に渡した。
「ナミちゃん、その頃の動画を見てみましょう。多分、何かに気付くはず。ううん、ナミちゃんはもう気付いていたんだと思う。だから、ナミちゃんは今の動画に違和感を感じたんじゃないかな。」
渡された自分のスマートフォンを手に取ったナミは、再び【トッサラササササラ】と手早く画面をタップ、スワイプする。 そして、彼女は再びそれを五人で見られるようにカウンターに【トッ】と置いた。
スマホの画面にゴシック書体で大きく表示される「語られ続ける理由がある」と書かれたサムネイル。 他には、「説明できない“妙な一致”」「この噂、どこから来た?」「なぜ今になって広まった?」などの言葉と共に、ずらりと並ぶ【都市伝説・妖怪伝説・心霊】動画のサムネイル。
その中から一番上に表示された「語られ続ける理由がある怪異・口裂け女のルーツを追う」にナミは【ト】と触れ、再生された動画を見る五人。
動画が始まり、投稿主が画面上に姿を見せた時点で、シンジュ、アイラの二人は「あ…」と何かに気付いたように言い、ナミは「そっか」と自身の持っていた違和感を目に見える形で認識する。
三人のその様子に、カレンとアオイはアイコンタクトを送り合った後、お互いコクリと頷いた。
「みんな、気付いたみたいね。この投稿主、昔と今の目の色が全く違うでしょ。加えて表情も。」
「だな。なんだか、昔のこれの方が“楽しそうに撮影していますー”ってのが見える気がする。」
アイラは胸の前で腕を組みながらコクリと頷き、その動画の続きに興味深そうな視線を送っている。 シンジュもその視線はアイラと同じように、いや、アイラより強く興味を引かれるような【ランランラーン】とした視線を送っている。
「うんうん、そんな感じがするね。サムネイルも、ちょっとポップでキャッチ―な印象だし、何より投稿主さんがすごく楽しそうないい顔してる!」
そしてナミは、カレンの方に向き直り、自身の感じていた違和感を話し始めた。
「そうなんです。以前と比べると、何か目の奥にどんよりとした濁り? そんなのをどことなく感じるようになって、それが気になってから、やっぱり何だか表情や語り口調も気になり始めて……。昔は表情豊かに、時々ユーモアを洩らしながら楽しく都市伝説や怖い話について語る雰囲気だったのが、今は【終末論】を無表情で、とにかく不安を煽るように演出して、抑揚なく淡々と語ってる。そんなふうに思うんです。」
ナミの言葉に小さくコクリと頷く皆の様子は、たとえ小さな動きでも全員の意見一致を確認するに十分だった。 そこにアオイは、彼自身が“察知したもの”について、同じようにカレンも“察知しているだろうもの”について語り始める。
「どうやら現代のネガティブ情報の生霊は、チャンネル登録者の多いオカルト系動画投稿主に取り憑いて、都市伝説を陰謀論、終末論に紐づけるよう仕向け、人間が心理的に注目してしまう一言を表題にして投稿……。今もテレビや雑誌から完全に消えたとは言えないが、1990年代のテレビや雑誌がしていたことを、今はインターネットを介してやっている。」
「そうね。情報の生霊は拡散力の高い媒体、拡散力のある人物に憑いて広がっていく。1990年代と違うのは、あの時は1999年7月という明確なゴールがあったこと。まあ、その後、都市伝説オカルト界隈は後付けで新しい滅亡の日を増やしていったのだけど。そのために今の終末論には明確なゴール、収束の大きな節目がない。だから、さっきアイラの言ったように、何回も地球は滅亡することになるわけで――」
アオイとカレンの言葉を【ジィッツ】と真剣に聞くアイラ、シンジュ、ナミ。 その誰もに、ここにいる五人の誰もに“眉間に一本のしわ”が寄っていることを、お互い気付いているのかいないのか。それもわからないほど、五人の表情は真剣だった。
「これをきっかけに、また終末論を掲げて妙な事を起こすヤツが湧いてこなきゃいいんだけどなぁ。何にしても、ネガティブ情報の生霊は厄介だよな。こいつらってさ、一度発生したら収集つかないじゃん。」
アイラの言葉に再び小さくコクリと頷く一同。 生霊に選別され憑かれた配信者の動画に乗って広がった生霊が、それを見た人を選別して憑いていく。その広がりを止めるのは容易ではない。 90年代をリアルに体験したナミ以外の四人は、そのことを重々理解していた。
そこで何かをふと思いついたように、【きらりん!】とシンジュは目を光らせた。
「ここは、レイアちゃんにお願いして【どぉーん】とやってもらうとか!」
「それはだめだな。」
シンジュの言葉に、0.00125秒の間を置くことなく【ピシャーン】と、その意見を却下するアオイ。 シンジュもそう来ることは承知の上だったのか、【てへぺろりん】と悪戯っぽい笑みを浮かべながら舌を出す。 そんな様子に優しい苦笑を浮かべるアオイ。
そんなやり取りを見せられた三人は、「夫婦だなぁ~」と、数秒この話の流れから一歩離れ【ニタリニヤリ】と、羨望の眼差しを二人に送る。
だがその中で、ナミはふと疑問を感じる一言を拾い上げていた。
「アオイさん。どうして、だめなんですか? レイアさん、いえ、皆さんやろうと思えばいくらでもこの生霊を成敗できるんじゃないですか?」
「っぶ!……せ、成敗っ!?」
「っぶ! ちょっとナミちゃん、もしかして時代劇好き!?」
平成生まれの一番若いナミから「成敗」という言葉が出たことに、アイラとシンジュは思わず吹き出していた。
ナミは、ここにいる四人の「本当のところ」を知っている、G県N市在住の市民でたった一人の“この世の人”である。 本当のところ1990年代を今と変わらぬまま生き、時代を肌で感じてきた四人であることを知っているからこそ、アオイの「それはだめだな」の言葉を疑問に感じていた。
その様子に、アオイはカレンにチラリと視線を送る。 それに「話していなかったのですか?」という言葉が乗せられていることを受け止めたカレンは、そのままコクリと頷いた。 それに「話していませんでした」という言葉が乗せられているのを受け取ったアオイは、了解と笑みを浮かべて、ナミの質問の答えを語り始めた。
◇◆◇
アオイは語る。それは結論からだった。
この世は人の世。 人の世のことは人の手に委ねる。
これはアオイを始め、ここにいるナミ以外の四人全員に共通する、“彼らの上なる存在”から示された原則であること。
そのため彼らは、この世の様々な出来事への強い介入を極力控えている。 人の世で起きる大規模な事件に関して、それを収束させるだけの“力”を持っていても、そのような行動は基本的にしないという。
「それこそ我々が、あまりこの世に強い介入をすると、それこそ人々は何にしても“神頼み”に傾いてしまうことが容易に想像できてしまうからね。」
アオイの言葉を聞いたとき、ナミはそれを納得せざるを得なかった。 そうさせたのは、彼の「人々が何でも神頼みに傾いてしまう」の一言だった。
だがそこで、彼女はその言葉の矛盾に気付く。 それは、黄泉野カレンと原アイラの存在だ。
小さいながらも二人は、この世の出来事に介入している。 カレンは時に“悪気”を掃うための行動を起こす。 アイラも同じだ。
二人には何か特別な許可があるのだろうか? だがそれを聞く間もなく、アオイの話は続き、その中でナミはカレンとアイラの行動がその範疇にあるのを知り、彼女の気付いた矛盾は【ポオン】と爆ぜるように消えた。
「まあ、我々も時には“小さなお節介”を各々の意思ですることもあるのだけどね。ただ、今見た“ネガティブ情報の生霊”については、行き過ぎた介入になると言わざるを得ない。インターネットを介して世界中に広がっている生霊を我々の力で今すぐ消したら、きっと誰もが“なにかあった?”と気付いてしまうからね。」
「皆さんは、世の中に気付かれないように、私たちを見守っているんですね。」
ナミの言葉から“どうして”が消えた代わりに、【スゥー】とそれを受け入れたと受け取れる言葉が返ってくる。 それにアオイだけでなく、ここにいる皆が小さく微笑みながら頷いていた。
だが、ここで話は終わらない。 アムリタに集まる仲間たちの“長”であるアオイは、カレン、シンジュ、アイラにそれぞれ【シャラーン】と目線を送り、今見た“ネガティブ情報の生霊”に対する方針を語った。
「これに関してはいつもと変わらないが、身近なところで妙な事件が起きれば対処をする。 だが、強い介入は控えよう。以前とは市内を取り巻く環境が変わったとはいえ、相変わらずN市は昔ながらの情緒を保っている。 この件に絡んだ大きな出来事は、まず起こらない……だろう。」
以前とは変わった市内を取り巻く環境。 それは、1990年代のN市は“首都郊外”ではなく、のどかな空気に包まれながらも過疎的な不便さのない“程よい田舎”だったことを言っているのだと、誰もが理解していた。
だが今、このG県N市はT市への首都機能移転により首都郊外となった。 昔の情緒を保っているとはいえ、それは事実である。 人口は増え、T都のベッドタウンとして世間に位置付けられたため、“程よい田舎の雰囲気を残す都会”となった今。
時代の流れとその変化と共に、世の中は変わっていく。 いくらアオイであっても、この件に絡んだ妙な事件がN市では起こらないという絶対的な断言はしなかった。 それはここにいる一人一人も、その裏にある言葉をうすうすと感じていた。
アオイが断言しなかった裏に、「気をつけよう」という言葉が隠れていることを。
アオイの隣でシンジュは、うんうんと大きく頷き、彼女の正面でアイラも了解とコクリと頷く。 そしてアイラは左隣のカレンにチラリと視線を送ると、彼女は僅かに苦笑いを浮かべながらホッと息を吐いていた。
(まあ、昔のこともあるしカレン的には複雑だろうなぁ…でも!)
アイラは、ホッと息を吐くカレンの左隣に座るナミの様子に目をやると、彼女は四人とは違う“この世の人”であるにも関わらず、両手の拳を構えて【ふんす!】と「私も頑張ります!」というかの如くの姿勢を見せている。
その様子に思わず吹き出しそうになったアイラだったが、それと同時に思っていた。
2026年のヨミノカウンセリング室は、あの時みたいにカレン一人ではなく、彼女には真城ナミという頼もしい後輩がいる。大丈夫だ、と。
時刻は21時39分。
ドアベルの【カランカラン】という音と共に、三人の客が顔を覗かせる。 落ち着いた大人の空間を提供するBARアムリタの客層からしてみると、少し若い男二人・女一人。 多分ナミと変わらない年齢と見て取れる三人だった。
「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」
カウンター内の扉側にいたシンジュが【ササササ】と動き、三人を窓側のテーブル席に案内する。 それと同時に、五人の交わしていた“ネガティブ情報の生霊”についての話は終わりを迎えた。
◇◆◇
三人の若い客が入ったすぐ後、もう一組の客が顔を覗かせ、店内が厳かな中にも賑やかになってきたのを見計らうように、アイラ、カレン、ナミの三人は勘定を済ませた。
アムリタでの夕食会は終了し、店の外に出た三人は各々帰路につくことになるのだが――
アイラの部屋はアムリタのほぼ隣。 カレンの部屋は交差点を渡ってすぐ。 そしてナミはというと、家まで車で十分ほど。
酒を飲んでいることもあるため当然公共交通機関を使うのだが、バスを待つには少し空き時間があり、タクシーを拾うにも駅まで一人で行くには心配なところもあるという、なんとも微妙なタイミングだった。
「じゃ、俺が駅まで送るよ。」
アイラはナミの方をポンポンと叩き、【ニッツ】と笑う。 二年前、彼女が通り魔事件に巻き込まれ、生死の境を彷徨った出来事から、こういう時に彼女を一人にしないよう、アイラとカレンはそれをナミに言わずともいつも心がけていた。
「いいんですか? アイラさんの部屋すぐそこなのに。」
「いいって、いいって。食後の軽い運動さ。」
そう言いアイラは、カレンに目で「まかせろ!」と合図を送り、カレンは「よろしくね」と目でそれに返事をした。 二人の様子にナミもコクリと頷き、「お願いします」と元気な言葉をアイラに投げかけた。
「それじゃあ、カレンさん。お疲れさまでした。」
「うん、ナミちゃんお疲れ様。また水曜から頑張りましょう!」
「はい! おやすみなさいー!」
ヨミノカウンセリング室のカウンセラー師弟コンビの挨拶が終わると、歩行者専用信号がちょうど青に変わり、カレンは手を振りながら道を渡り帰路につく。それを見送ったアイラとナミは、「それじゃあ行こうか」と、駅へと向かって歩き始めた。
「アイラさん。明日、カレンさんとデートなんですよね?」
「ぶ! デートって!! ま、まあ、出かける約束はしているけどさ。」
突発で突拍子もないナミの言葉に、思わず吹き出し慌ててそう言うアイラの様子が、ナミの【にっこりん】と意味深な笑みを誘う。 それにアイラは、ああ、ナミちゃんにも気付かれているんか? これ、と思いながらも平静を保とうとしているのだが――
「アイラさん、私、応援していますから!!」
「ななな、ナミちゃん!?」
満面の笑みを向けられ、そんな言葉を掛けられたアイラの平静は0.102555秒で崩れ、思わず顔を真っ赤にしてしまう。 ナミから見た、いつも凛としていてかっこいいお姉さんのアイラのそんな様子に「かわいいー!」と胸を躍らせるナミ。
彼女の様子に、崩れた平静を30%引き戻し、残り70%を平静らしく装いながら、アイラはニッコリと笑って見せた。
「ははは。ありがとう、ナミちゃん。」
そんな話をしているうちに、N市駅に着いた二人。 日曜の夜。明日月曜は今週の仕事の始まりという人が多いせいか、駅前を歩く人の姿はそれほど多くない。 【ポンッポーン】と駅に響く電子音と、夏の始まりの夜空。 この時間になれば、暑さもかなり良心的な緩みを見せている。
「おねがいします。」
タクシー乗り場には三台駐機しており、ドアの開いている先頭車両へとナミは挨拶の言葉を投げ入れながら滑り込んだ。
「アイラさん、ありがとうございました。」
「ううん、いいっていいって。お疲れ様、ナミちゃん。」
そんな言葉を交わした後、タクシーの扉は【バタム】と閉まり、ナミの自宅に向けてゆっくりと駅前ロータリーを進んでいった。
アイラはタクシーが駅前通りに出るのを見送り、ホッと息を吐きながら空を見上げた。 晴天の夜空。街の灯りに飲み込まれることなく見える光を目に納め、アムリタでの今日の会話を思いながらアイラはふと呟いていた。
「滅亡ビジネスか……ミシェルのおっさんさ。アンタの残した言葉がいまだにこの世で尾を引っ張っているぜ。」




