その3:2026年7月13日月曜日・G県N市新町通り「黄泉野カレンの部屋」①
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7月12日・日曜深夜。
その時間をあえて示さない“深夜”という時間帯。
ただ、正確に言うのであれば7月13日――すなわち0時を過ぎているということだ。
いくら首都郊外、T都のベッドタウンとして世間に位置付けられ、“程よい田舎の雰囲気を残す都会”となった今のG県N市であっても、この時間になれば街を歩く人の姿はない。 「程よい田舎」を思わせる静かな夜が、2026年の今もそこにある。
だが、この日はその様相に、普段にはない異質なものが紛れ込んでいた。
G県N市駅前から網の目のように伸びる昔ながらの通り。 飲み屋街、昔ながらの商店、喫茶店、書店など、様々な店が立ち並ぶ商店街通り。 【リリシンシン】と静まり返った街中。そこに白いLED光の灯る街灯に照らされ、【シュォンォン】と伸びる濃淡・長短さまざまな影。 いくつかの明かりに照らされてそう見えているが、元を辿ればそれは一人の人間の影だ。
明日は月曜。世間一般の大多数は今週の仕事が始まる夜。 これが週末の深夜であれば、少なからずとも人の姿はあったかもしれない。 だが今、この通りの街灯に照らされ影を伸ばしている人物は、周りをどれだけくまなく見回したところで一人以上に増えることはない。
その足取りは、【スッスッス】とも【カッカッカ】とも言えない。 一定のリズム感もなければ、軽快さもない。
様子として言うなら、それはフラフラと。
音として表現するのであれば【ファオンッツ…フォオンッツ…】と、千鳥足20%の歩みで深夜の街を、何をするかわからない感を醸しながら、行き先不詳という様子の中、“その男”は歩いていた。
身なりはきちんとしている。 いや、この時間帯にそれは逆に浮いている。
しっかりとアイロンがけされた半袖のシャツに、黒のスラックス。 端正な仕立ての革靴を履いた長身の男性。 フチなしの眼鏡。
髪はきちんと整えられており、その顔は……何故かそれを伺うことができなかった。 視線が下を向いているためなのか、はたまた光の当たり具合もあってか、彼の顔は“黒い影”に阻まれ、その様子を伺えない。
そんな男のシルエットには、その場、その服装にあまりにもそぐわない、明らかな違和感がきつく握られていた。
彼の左手。 そこにきらりと光る何かが握られている。
光の長さ約10センチ。 幅は約3.5センチ。それは――刃、男の左手には大型のナイフが【グイィーッツ】と握られていた!
そして――
「…が…わ……も……い。 せ……いが…る……う……い。」
小さな声だった。 その言葉のすべてを聞き取るにははっきりしないほどの小さな声で、うわごとと表現して何一つ間違いないそれを、5秒、3秒、12秒と、周期の定まらない間隔を持ちながら【つぶやき…つぶやき…】と、その口から発していた。
ナイフには、何やら黒い汚れが付着し、細かな線状の傷が無数についている。
男の疲れた様子も重ねると、彼は“何かを終わらせてきた”というのが、どこか見て取れる。
そして、朝が近くなり空が薄く白んでくる頃、男は【ファオンッツ…フォオンッツ…】と、千鳥足20%の足取りで、早朝を迎えようとする街から去っていった。
街中に、違和感のある2度から5度の僅かな“傾き”を残して――




