その2:2026年7月12日日曜日・G県N市新町交差点「Barアムリタ」③
=3=
「今、ネットで怪談やオカルト、都市伝説が結構流行っているんです。」
――9.3522秒間、それぞれの顔を見合わせる四人の様子を見ながら、ナミはカレンへの質問に先んじて、自身の知っている“現在のオカルトブーム”のことを話し始めた。そして今度は、一番若いナミの話に、アムリタのカウンターを囲むアイラ、カレン、アオイ、シンジュが興味深げに耳を傾けた。
「カレンさんにはお話してますけど、私、ホラー映画が大好きなんです。そのつながりで、怪談とかUFOとか都市伝説の話を聞くのも大好きで、そういうネット動画をいろいろ見ているんですよ。」
ナミのホラー映画好き。それはカレンにしてみれば、二年前、恐怖と共に植え付けられた忘れられない記憶なのだが、それを初めて聞くアイラ、アオイ、シンジュにとっては、彼女の【アムリタ常連の可愛い妹的な存在】というイメージからはかけ離れたもので、【ウソォオオン】と、思わず目を丸くしていた。
「意外だなぁ。ナミちゃんがホラー好きって、全然想像できないや。」
「はい、結構言われます。」
アイラの言葉に、僅かな照れ笑い、その中にほんの僅かな苦笑いをゆるく掛け合わせるナミ。そんな彼女に小さく笑みを投げかけたアイラは、今日三杯目になるビールの喉越しをゴクリと味わい、ナミの話の続きを待つ。
アオイはいつものイケメンオーラを漂わせながら静かに待っているが、その隣に立つシンジュの顔には、額に達筆な楷書で縦書きに【興味津々】と書かれているかの如く、目を【ランルンラン】とさせている。その様子は、彼女が32歳の大人の女性であることを疑うほど、可愛い少女そのものだった。
「私も、明日は一緒に映画を見ましょうって誘われたとき、まさかホラー映画のDVDを持ってこられるとは、あの時は想像もしていなかったな。まあ、おかげでホラー映画を克服する“コツ”を教えてもらえて、今はそれなりに見える方になったけど。で、ナミちゃん。今話した1990年代が現在みたいって、どういうことなのかな?」
ナミの右隣から、カレンの可愛い妹を愛おしく見る目と、彼女の言葉への問いかけが投げかけられる。そして、上司・師匠・先生・姉のように慕うカレンのその様子とは真逆の、【キリーン】と真剣な顔をしたナミは、ゆっくりと話を続けた。
「何と言うか……カレンさんの1990年代の話。その頃はテレビや雑誌を中心に広まったということでしたけど、今はそれがインターネットの動画やSNSにそのまま置き換わる形で広まっているように感じるんです。それ自体は別に悪いことではないと思うのですけど……」
10秒の沈黙と言う間。怪談師が語るようなこの絶妙な間がナミの話を聞く4人の興味を引きつけたのは間違いないものだった。
「……最近、何だか怖い感じがするんです。」
◇◆◇
「こういう話が大好きだから、その反動なのかなと思うこともあるのですけど、好きで見ていた沢山の都市伝説紹介チャンネルの雰囲気が、ここ二年くらいの間で、ものすごく変わっちゃっているんです。その変わりようが、何だか怖く感じるようになっちゃって……」
「ホラー好きのナミちゃんが……怖く感じるだって?」
アイラはそう言葉にしていたが、聞いていた全員が同じ言葉を口に出さずとも抱いているようだ。ホラー好きのナミが“怖い”と感じるということは、相当怖いということだろう。
「ナミちゃんが怖いと言うということは、ここ二年でよっぽど怖い内容に変わっているということなのか?」
「いえ、内容が怖いのではないんです。」
またここで、ナミの言葉が四人を戸惑わせる。そして今度は、間を入れることなくそのままナミは結論へと話を繋げた。
「【終末論】を強調しすぎているんです。」
その短い言葉は、四人の眉に【ピク】と明らかな反応をさせるほど、インパクトのあるものだった。特に眉を【ピクピクピクゥー】と、明らかに反応させているカレンには、相当インパクトのある言葉だっただろう。
ナミはそれに気付いていながらも、止めることなく話を続ける。
「怖い話は好きですし、そんな話も最初は興味を持ってワクワクしながら見ていられたのですけど……だんだん違和感を持つようになったんです。私って、怖い話を、都市伝説を楽しむために動画を見ていたはずなのに、毎日【人類滅亡、大災害、逃げ場なし】って……サムネイルにも大きく不安を煽るような言葉が書かれていて、何だか見ている人を終末論へと強く誘導しているように感じて、違和感もそうなんですけど、何だかホラーの怖さとは別の意味で怖く感じるようになったんです。」
ナミの話を聞きながら、アイラはチラリと、アオイは静かに、シンジュはチラチラチラチラとカレンの様子に目を向ける。その様子に気付いたカレンは「何よっ」と言葉にすることなく、小さな苦笑いを浮かべていた。
「カレンさんの話を聞いていて、90年代当時の終末論を引き合いに出した不安を煽る……なんて言うんでしょう、“滅亡ビジネス?”みたいなのが、今インターネットやSNSの中で起こっている。そんなふうに思ったんです。」
「――滅亡ビジネス……ナミちゃん。なかなかセンスのいいネーミングですね。」
カウンターの向こうから真顔でそう言葉をかけるアオイの隣で、対照的に“滅亡ビジネス”という言葉がツボにはまったのか、思い含みを持ちながら笑いをこらえているシンジュ。
カレンは、先週の寄合館で聞いていた荻原ミドリとマダムマドモアゼルたちの話にナミの話を重ね、要所をまとめながら上書きしつつ、1990年代と現在のオカルトを取り巻くものを自分なりに整理しようと思考を巡らせているのか、眉間にしわが一本入っていた。
そんな中、アイラはあっけらかんと言う素振りでまたビールを一口。その様子は、ビールが気持ちよく喉を通っていく“のど越しという感触”で、何かを洗い流すかのようにも見えた。
「なあ、カレン。これってさ、まさかだと思うけど“あれ”がまた悪さしているんじゃねぇ?」
「……うん、何となくそんな気がする。何となくだけどね。」
「あ、二人もやっぱりそう思うんだ。」
そんな言葉を交わす三人に、秒を置く間なくナミが【ピピン】と反応する。
「皆さん、過去に何か心当たりあるんですか?」
心当たり。それは、ナミからすれば生まれてもいない時代の1990年代。ナミを除く、ここにいる当時を見てきた四人の知る“あれ”という何かだろう。そんな話を耳にすれば、彼女が興味を持ってそう聞くのは当然だ。
アイラ、シンジュ、カレンの三人は正味一秒、【チラチラチラリ】と視線を送りあう。まるで誰が話すかを、お互い【どーぞどーぞ】と譲り合っているかのようだ。 その様子に、アオイは「そこは君だろう」と目でものを言うかの如くニッコリしながら【シャラーン】と、カレンに視線を合わせた。
やっぱり私ですかと、小さな諦め2%の晴れやかな苦笑を浮かべ、アオイの視線を受け取ったカレンは、左隣に座るナミに、自分たちが見てきた1990年代の出来事を語り始めた。
◇◆◇
1990年代、ノストラダムスの終末予言を各メディアが大々的に放送したことで、世間にスピリチュアルと終末論が広がり、当時の経済的不安をはじめとした様々な社会不安から、いくつもの問題が発生した。
終末論を掲げ立ち上がったいくつかの新興宗教が起こした様々な問題。 善良な市民の不安をあの口この口で煽り立て、何の意味もない品を高額で売り付け金銭をだまし取る似非霊能者。
当時、世間はそれらを“怪しい”と一見して分かっているようでいて、その術中にはまらないために何ができるかを、多くの人々が理解できていなかった。
「そんなこともあって、あの頃はカウンセリング室に昼夜構わず沢山の相談者が押し寄せてね。今だから本音を言っちゃうけど、ものすごくイライラしてた……」
「いや、それはみんな知ってるって!」
カレンの言葉に続けるように、いや、被せるほど間髪ないアイラのツッコミに【ゴモットモー】と二人並んでコクコクと大きく頷く柴山夫婦。 そんな中、ナミだけはカレンと真剣に向き合い、コクコクと小さく頷く。
それは彼女が、その時その場にいなかったこともそうだが、この二年、カレンの下で心理カウンセラーという仕事をする中で感じた、相談者たちの様々な悩みに向き合うことの大変さを身をもって知っていることも、彼女にそうさせているのだろう。
そんな様子にカレンは、ナミがヨミノカウンセリング室で働き始めた新人の頃、いつも仕事の後にしていた質疑応答の時の彼女の姿をふと思い出し、【ニコリン】と微笑みながら、話を続けた。
「90年代、どうしてあの予言に世間がこれほどまで引っ張られたか。その根本にある“何か”の存在に、私たちですら最後まで……1999年の7月が過ぎるまで気付けなかった。」
「え? みなさんでも気付けない事って、あるんですか?」
それは、ナミからしてみれば意外な言葉だった。 ナミが知っているここにいる四人――カレン、アオイ、シンジュ、そしてアイラの“本当のところ”を知る彼女だけに、その言葉は驚きだった。カレンはただコクリと頷いた。
「いくら私たちでも、全知全能というわけではなくてね。それぞれ得手不得手もあるし、わからない事や気付けないことだってある。とても巧妙に姿を隠している“悪気”に気付けないなんて事は、今まで何度もあったから。」
今まで何度も。
その“今まで”を引き延ばしてみれば「ほんの数回」でしょうとふと思ったナミだったが、カレンにとって見落とした回数は、本当の年齢とは関係なく、ただ“見落としという事実”を数えたそのものなのかもしれない。
ナミはそう解釈し、口に出かけていた「そんなことはありません」の言葉を飲み込んだ。そして、カレンはここから“あれ”の正体について、ゆっくりと語り始めた。
◇◆◇
「1990年代のオカルトブームの裏に潜んでいた“生霊飛ばし”。当時のメディアは視聴率や本の売り上げ、とにかく数字をいかに伸ばすかに躍起な時代でね。そこに入り込んだのが、不安を煽り、人間が本能的に注目してしまいやすいネガティブ情報を流すことで数字を取るという思考の塊から生まれた――生霊。」
「――生霊、ですか。」
ナミの言葉に続けてカレンは語る。
当時の番組制作者たちが、数字を取るために利用した1999年7月の滅亡予言。 人間が本能的に注目してしまいやすいネガティブ情報で不安を煽ることで、彼らは確かに数字を取ることには成功した。
だが、その裏で“ネガティブ情報の生霊”は、それを見聞きした人々が抱えた不安感を養分にして強大化していき、世の中に蔓延っていた「社会の不安定と終末論への不安」へ、更なる強烈な追い打ちをかけることになる。
情報を発信する側には、それを過熱させるように働きかけ、 受け取る側には、それを強く意識させるように働きかける。
こうして、大規模な集団ヒステリーが起こっていたことがわかったのは、1999年8月。 ノストラダムスの予言で示された1999年7月から一か月が過ぎ、世間が終末論の不安から解放された頃だった。
「その間、これを利用して巨大化した宗教団体が起こしたトラブルで、心を病んでしまった人や、心の隙間を悪徳似非霊能者に付け込まれて多額な献金をさせられて病んでしまった人たちの相談が、とにかく多くて……」
【ふぅうううう】と、3.5343秒のため息をつき、スッと目を閉じるカレン。 その頃の記憶が今に甦り、彼女の心を、思考を、駆け抜けていった。
「ほかにもね、ナミちゃん。この頃、1999年7月に世界は滅亡するんだって自暴自棄になって、ニュースで取り上げられるような大きな事件を起こしたり、全財産つかっちゃって路頭に迷っちゃったりする人も出てねぇ……」
目を閉じ、一息つくカレンに続くように、シンジュがカレンの語りの補足を始める。
「とにかくあの頃は凄かった。興味のある無し関係なく、誰もがみんな“1999年7月に何か起こる”って、頭のどこかで思っていた。そんな感じだったね、カレンちゃん。」
シンジュの言葉にスッと目を開き、静かに【コックリ】と頷くカレン。
「あれだけ、あの言葉を終末予言と解釈した上で、それを強調された形で広まれば、誰の耳にも届いてしまうし、さっきも話した通り、人はネガティブな情報に強く反応しやすい性質を持っているから……。それを踏まえて、さっきナミちゃんの話してくれた【終末論】を強調するネット動画が目に付くようになった話。何だか1990年代のテレビ、雑誌で広まった終末予言が、今はインターネットという媒体に乗って【終末論】という形で再来している。その裏に、もしかすると“ネガティブ情報の生霊”がまた隠れているのでは? そんなことを思ったの。」
一言と言うには長いカレンの言葉が、ここまでの話をまとめて一つの終わりにたどり着いたかのように、カウンターを囲む五人は、申し合わせたわけでもなく、それでもまるで申し合わせたかのように、言葉なく一斉に【ほ】と、息を吐いていた。




