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1999年からの警告:「謎を解かない系探偵」原アイラは蹴っ飛ばす!  作者: 井越歩夢


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14/21

その4:2026年7月19日日曜日・G県N市駅前周辺「原アイラは蹴っ飛ばす!」①

=1=


7月19日・日曜深夜。 その“深夜”という時間帯。


ただ、正確に言うのであれば7月20日――すなわち0時を過ぎ、時計は0時14分29秒を今経過したということだ。


いくら首都郊外、T都のベッドタウンとして世間に位置付けられ、“程よい田舎の雰囲気を残す都会”となった今のG県N市であっても、この時間になれば街を歩く人の姿はない。 「程よい田舎」を思わせる静かな夜が、2026年の今もそこにある。


だが、あの日を境にその様相は、緊張感を持つ変化を見せていた。


G県N市駅前から網の目のように伸びる昔ながらの通り。 飲み屋街、昔ながらの商店、喫茶店、書店など、様々な店が立ち並ぶ西町・新町の商店街通り。


【リリシンシン】と静まり返った街中。 白いLED光の灯る街灯に照らされた通りは、【シン】と静まり返って、人の声も足音も、そして人どころか、猫の気配すらしない。


7月12日深夜から13日早朝にかけて起きた「刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件」以降、夜の街中を歩く人は明らかに少なくなり、そして深夜ともなれば人影すら、そして猫影すら見なくなっていた。


「犯人が大型のナイフを持っていた」という情報は、事件発覚以降すぐに広がった。 そんなものを持った者が深夜の街をうろついているかもしれないとなれば、よほどそれを捌いて制圧できる自信のある武道の心得があるか、何も考えていないただのお馬鹿さんでなければ、この時間の街を歩くことは……ないだろう。多分。


そんな深夜の街中を歩く一つの人影は、周囲に目を配りながら、目と耳と全身の“危険を察知する感覚”に全集中しつつも、その異様な過集中という様子を周囲に悟られることのないよう、気楽そうなフリをしていた。

その様子は傍から見れば、前述する武道の心得があるか、ただのお馬鹿さんのどちらかと言えば……真剣に仕事をしている彼女の名誉のため、ただのお馬鹿さんとはあえて言わないでおこう。


原アイラ。G県N市駅前在住の“自称探偵”。 だが、その実は頼まれたことは何でも引き受けてしまう「御用聞き」、何でも屋である。


7月13日朝に発覚した「刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件」の被害者・黄泉野カレンからの依頼で、彼女は14日から毎日、深夜0時から空が白んでくる明け方五時まで、駅前ビルの月極駐車場付近の見回りをしていた。


依頼は“カレンの車が停まっている月極駐車場付近の見回り”なのだが、アイラはそれの“ついで”に、駅前全体を歩き回りながら犯人の痕跡がないか、そしてまた犯人が現れないかと、駅前の網目状になった道を一時間ほどかけて見回っているのだった。


当然、警察も見回りを強化しており、時に街でばったり出くわすと職質となる。 だがアイラは、行きつけのスポーツジムでの何気ない会話をきっかけに知り合ったN市署の警察官・神山アキラ伝手に、「見回りの依頼があったため探偵として行動していること」を伝えていたため、大きな問題になることもなく、ただ「何かあったらすぐ連絡を。それと無茶はしないでください。」とだけ念押しされて終わるにとどまっていた。


アイラが深夜の見回りを始めたのは7月14日の深夜。 そして今日は7月19〜20日。

この間、犯人らしき者の姿はなく、同様の事件も起きてはいない。


「ふう……」


何も起きないに越したことはない。 そして、よく刑事ドラマで“犯人は現場に戻る”と言われるが、実際の話、犯人は現場に戻らない。


だが、それは犯人が明らかに“人間”であるときの話。 “ネガティブ情報の生霊に憑かれた人間”であれば、話は別だ。


生霊から流し込まれる不安の塊に突き動かされるように、憑かれた人間は衝動的な行動を繰り返す。様々な過去の経験が、アイラにそう確信させている。


今日までは静かだった。 だから今日も静かだとは、言い切れない。

ここまで何も起きていない小さな安堵を、溜め息一つに込めて再び気を引き締めるアイラ。 その時ふと、この数日間の出来事が彼女の思考の中を【シュラリン】と流れていった。


◇◆◇


時間を少し戻して7月14日・火曜日。午前十一時。 数日前の出来事である。


アイラのマンションの隣にある大型商業施設。 その三階に、彼女がいつも通っているスポーツジムがある。


大きなジムではないが設備は必要十分で、何より月会費もお値打ち。 さらに、自宅マンションの隣という立地も、ここに通う理由として大きく加味されている。


いつものように、トレッドミルで二十分のウォーキングから始め、マシンを使っての筋トレ。 それが一通り終わったところで休憩を挟み、最後にトレッドミルで四十五分のランニングでしめる。


「こんにちは、アイラさん。」


その前に、丁度いいタイミングでアイラは“話をしたいと思っていた人物”と会うことになった。 G県警N市署に勤務する警察官、神山アキラである。


神山アキラ、二十七歳。 彼の印象を一言で簡潔明瞭に表現すると「ザ・好青年」である。

その中でも何より目立つのが、【スタァーン】と背筋の伸びた姿勢の良さ。 そこを起点にした様々な彼の動作は「機敏なロボコップ」と、アイラを含んだトレーニング仲間の中で言われ、それが彼への親しみを込めた愛称になっている。


「神山君!何ていいタイミングだよ!ちょっと話があるんだけどさ。」


「は、話ですか?」


軽く挨拶をするつもりで声をかけた彼と顔を合わせるなり、 アイラは即そう声をかけ、こっちこっちと休憩用のベンチへと手を取り引いていく。挨拶を交わすなり手を引かれていくアキラは、この無自覚な美女に手を引かれるままについていくのだが、内心は【ドキドキドキドキ】だった。


◇◆◇


「それはありがたいのですけど……大丈夫ですか?」


アイラが今夜から、受けた依頼として駅前を見回る。 休憩用のベンチに並んで座り、この話を聞いたアキラは、腕を組み少し考えている様子だった。


事件を受けて警察も今夜から巡回を増やすことになっている。 だが、いくら巡回を増やしたとしても人員には限りがある。 時間によってはその警戒に隙ができることも否めない。

そんな中、街の様子に目を光らせてくれる人が一人でも多くいてくれることはありがたいことではあるのだが―― 相手は刃物を持った長身の男だ。


「まあまあ、ヤバいと思ったらすぐに警察に連絡して、さっさと逃げるし。」


言葉ではそう言っているアイラだが、彼女はここのジム以外に格闘技の道場にも通っていて、そこで相当鍛えている。 噂では、格闘技イベントに出場して十分通用するほどのレベルだと、アキラは聞いている。


相手を前にして“さっさと逃げる”とは思えないし、彼女が犯人をアームバー(腕十字固め)で制圧しながら警察に通報したという過去の前例もある。


「本当に、危険だと思ったらすぐに逃げて、警察に連絡してくださいよ、アイラさん。」


「わかってる、わかってる。っていうか、怪しいなあって顔してるぞ、神山君。」


「そりゃあしますよ。前例がありますから。」


アキラの鋭いツッコミが、二人の間に5秒13の絶妙な空白を作り、そしてどちらが先ともなく、お互い控えめのトーンで笑っていた。


「まあまあ。時と場合によっては、そういうこともあるじゃん。でもできるだけ、そうならないように注意するからさ。」


「本当に、注意してくださいね。あと、署にこのことはもう連絡済みですか?」


アキラのその問いに、とても意味ありげに【ニンマリン】と微笑むアイラ。その様子にアキラは、あ!という気付きと、あ~という察しに到達し、次の言葉で確信を得ることになった。


「というか、神山君。頼みがあるんだけどさ。」


その前振りで、アキラはすでにこの後聞かされる言葉が何であるか分かっていた。 この話の流れから、まったく――とばかりにアキラは【ふはぁ〜】と、嫌味もなく嫌悪感もない、それでも心の奥底から湧き出る深いため息を吐いた。


「了解です。署の方に話しておきます。まあアイラさんは、署でもそれなりに有名ですから、見回り中に会っても怪しまれたりはしないと思いますけどね。でも、次は僕を通してじゃなく、その辺りもしっかりしてくださいね。」


「助かるー。いつも悪いね、神山君。」


アイラはそう言って、アキラの方を【ポンポンポポン】と叩き、にこやかに笑って見せる。 その様子が、普段のきりっとしたアイラとのギャップ、【かわいい】を生み、アキラの内心を再び【ドキーン】とさせる。


そんなやり取りの後、アイラは休憩用のベンチから立ち、今日のトレーニングの締めくくりにと、ずらりと二十台並んでいるトレッドミルの前列・向かって左二番目へと移動する。 アキラもその隣で、今日のトレーニング前の軽いウォーキングを始めるのだった。


◇◆◇


「ふう……」


アイラは左腕に着けている愛用の時計「チープカシオ」を見たのだが、丁度街灯の少ない場所にいたため、時間が見えない。 左上側のライトボタンを押し、灯った明かりで現在時刻が7月20日の深夜0時53分28秒であることを確認する。


(そろそろ一度、部屋に戻って休憩するか。)


この五日間、アイラは零時になると部屋を出て駅前の見回りに出かけ、1時間、網の目状になった駅前の通りをくまなく歩き、部屋に戻って15分休憩をとってから再び一時間街を見回るのを、空が白んでくる朝五時まで繰り返していた。 時刻と今いる場所から、このまま新町通に出て部屋に戻る道を辿れば、時刻は1時くらいになる。


(とりあえず、この時間は特に何も無し。5日見回ってこれだと、もうこの辺りには居ないんじゃないか?)


そんなことを思いながらも、“日時の規則性を持ってそこに現れた幽霊”というのをアイラは以前見ている。 数カ月前にあった「G県N市連続電車飛込事故」。その原因となっていた幽霊、小山ジョウジロウだ。


彼は第二・第四金曜日の八時五分発の電車が来るのに合わせて、N市駅に姿を現していた。 そして、今回の「刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件」が起きたのは、先週の日曜深夜から月曜朝にかけて。もし規則性を持って現れるとしたら、今日はまさに“何かが起こるかもしれないその日”なのである。


(油断は、禁物だな。)


そのとき、アイラの背後から赤い閃光が【プュルル・プュルッル】と飛んできた。 僅かな一定の間を置いて路地を照らすそれは、間違いなくパトランプの光。


彼女が振り返ると、やはり思ったとおり、通りの向こうから新町通の一方通行道路をゆっくりとこちらに向かってくる、トヨタ・クラウンセダンFCEVパトロールカーが――


「新型じゃん!!」


と思わずその姿を確認した瞬間、車好きのアイラから心の言葉が漏れていた。


低・中・高音が入り混じる【フォクコォオオオオォオォ】とも聞こえるAVASがゆっくりと近づき、興味津々になってそこに立つアイラのもとまで近付くと、場所的にも時間的にも当然の如く、クラウンパトカーの助手席の窓が開いた。


「こんばんは、原さん。」


「神山君!」


そこから顔を出したのは、N市署に勤務するアイラのジム友、“機敏なロボコップ”こと神山アキラだった。 何度か制服姿の彼を見ているアイラだが、やはり普段ジムで顔を合わせる時とは雰囲気が違う。


ジムの時の「ザ・好青年」に、「ザ・ポリスマン」の印象が上乗せされたキリリとした表情。 その隣には、彼の上司らしい警察官がハンドルを握っているが、その顔にも見覚えがあった。


「よ、アイラちゃん。」


「何だ。今夜は神山君と井納さんのペアなんだ。」


運転席側から軽く声をかけてくる中年の警察官。 アイラが見覚えあるのも当然だ。

バイクと車が大好きすぎる巡査部長、井納ヨシタダ。 この武士のような響きですぐに名前を覚えられてしまう、愛馬ホンダ・ゴールドウイングと愛車ホンダ・S2000をこよなく愛する自称“ナイスおっさん”。


市内で開かれるバイクと車のイベントには、公私に関わらず顔を出し、私服の時も制服の時も建て前を脇に置き、常にバイク・車好きの本音を隠すことなく――いや、隠す気などさらさらなく、会場の参加者たちと楽しむ名物警官。


その堅物感のない人柄に興味を持ったアイラも、何度かイベントで顔を合わせるうちに、この“ナイスおっさん”と意気投合したのだった。


「おつかれさまです、原さん。どうですか?何か変わったことは?」


「とくに無いなぁ。街がとても静かなこと以外は……」


アキラの質問に、アイラは小さなため息交じりにそう答え、肩をすくめた。 “とても静かなこと以外”。 それは、いつもであればそれなりに賑やかな夜の駅前が、事件後からは人の姿も少なく、とても静かだということだ。

そんな彼女の言葉に、アキラの隣で微妙な苦笑いを浮かべるヨシタダ。


「アイラちゃん。何かあったらすぐに連絡を頼むよ。あと、気をつけてな。アイラちゃんなら“ハルク・ホーガン”が相手でも大丈夫だと思うけど。ハハハハ!!」


「了解。でも、ホーガンさんには勝てる気がしないなぁ。あははは。」


静かな深夜の新町通に、時間帯に見合ったトーンの三人の笑い声が溶け込んでいく。 そして、窓を閉めた新型クラウンパトカーは、赤い回転灯を回しながら再び本通りへと向かってゆっくり走っていった。


それを見送りながらアイラも、休憩のため自宅マンションへと向かう。 その途中、照明の消えているカレンとナミの仕事場・ヨミノカウンセリング室、荻原ミドリが経営する喫茶店・寄合館、柴山夫妻の店・BARアムリタの前を通り、マンションの前でふと空を見上げたアイラ。


空模様から、明日の天気も良さそうではある。 だが、今のアイラは夜の見回りが仕事。昼の間はじっくりと眠る昼夜逆転生活の真っ最中だ。


いい天気であれば、仕事の合間を見て少しくらい、愛馬シャドウ400クラシックアメリカンエディションに乗りたいのが本音だが、そう言ってはいられない。


「ふう……」


アイラは左腕に着けている愛用の時計「チープカシオ」を見て、現在時刻が7月20日の深夜1時9分35秒であることを確認した。 彼女は休憩のため、気持ち足早にマンションの階段を駆け上がっていった。



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