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1999年からの警告:「謎を解かない系探偵」原アイラは蹴っ飛ばす!  作者: 井越歩夢


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15/21

その4:2026年7月19日日曜日・G県N市駅前周辺「原アイラは蹴っ飛ばす!」②

=2=


7月20日3時5分。駅前周辺の見回り三回目。 2時からの一時間を過ぎると、途端に「今日も静かな夜が続いたようだ」と、そんなことを心に呟くアイラ。


常にそれがそういうものであるという保証はどこにもない。 だがやはり、“怪異的なもの”が関わる事象というのは、2時から3時の一時間――世間一般の知る「丑三つ時」に起こる印象を、世間一般と同じくアイラも持っていた。


マンションから駅に真っすぐ向かう通り。 それを中心に左右へと網目状に広がる商店街通り、奥の小道を一回目、二回目――いや、五日前から数えれば二十回近くそこを見回っている。


その間、人と会った記憶は、巡回中のパトカーと、飲み屋通りで見かけた店を閉め帰路につく店主たちの姿だけだ。


事件後、夜の早い時間であってもどこか警戒感の見える街の雰囲気。 それは、あまり好ましいものではない。人通りが減るというのは、そのまま街の衰退を感じさせてしまう大きな負の視点として、人に認識されてしまうだろう。


それが“常”と人が確信してしまった時、「一時の事態」は「変わらない日常」へとその格を上げることになる。 N市駅前を彩る飲食店の店主たちがそれを恐れるのは、2020年の記憶がまだ残っているという証だろう。


(そういや、ミドリさんもあのときそんなこと言ってたな。今よりも、あとが怖いって。)


この時間もまだ灯っている街灯の光を頼りに、【ザッツゥ・ザッス】とブーツが奏でる静かな足音と共に夜道を見回るアイラ。 ジムに通い、格闘技道場にも通っている体力・気力・スタミナのステータスが100/100振られているように見えるアイラでも、五日間続けての深夜の仕事、その三回目となれば多少の疲れは――多少の疲れはあるはず。


「さて……もうひと頑張りだ!!」


んー、と体を伸ばし、「ホッ」と一息ついたところで、アイラは意識的に目をパチッと開いて口角を上げ、自身に向けての笑顔をつくり、残り三分の二の見回りコースを、周囲の様子への目配りに気を抜くことなく足をすすめた。


◇◆◇


時刻は3時15分39秒。 3度目の見回りを始めて四十分。 「今日も静かな夜だ」と、確信を心に呟くアイラ。


このまま駅前から西町通りに入り、そこを抜けて新町通へとつながる路地に入る。 そして最後に、アイラにとって特になじみ深い新町通を通過する頃には、時計は3時30分前後を彼女に知らせることだろう。


(この後休んだら、4時から最後の1回か。終わったら寄合館のモーニングが始まるまで起きているか、一回寝るか……)


その思考と共に再び、んーと体を伸ばし、ふう、と溜め息なのか欠伸なのか判別が難しい一息を吐く。 今夜の仕事の4分の3が終わろうとしているところだ。


世間の大多数の人々が、今日の業務の終わりが見えた瞬間に少し息を吐きたくなる。 昼間と深夜。空の色と時間の違いはあれど、今のアイラはそんな位置に立っているかのように、“少しだけ気を緩めていた”。


事件が無ければ、時間が時間であればとても賑やかな夜を彩る西町通り。 今は事件の有る無しに関わらず、時間が時間だけに【リリシンシン】と静まり返った西町通。白いLED光の灯る街灯に照らされた通りは、【シン】と静まり返って、今も人の足音はなく、猫の気配すら感じない。


そこに目配りをしながら、アイラは最後に見回る新町通へとつながる細い路地に差し掛かる。 ここの道幅は車一台が通るほどで、当然の如く一方通行の標識が【コッチダオラ】と進行方向を猛烈アピールしている。


だが、“徒歩のアイラ”はそれを何食わぬ顔で逆行する。


道幅の狭い路地。 通りと通りを繋ぐ連絡道路のようなこの道の左右には、広めの月極駐車場、そして道に面したマンションの駐車場がある。


ここでも事件で被害に遭った車が多数あった。 照明も本通りと比較すると気持ち少なく、深夜となれば気を抜くと少し寂しく感じる。普段から人通りも少く、犯人目線であれば、まさに犯行には格好の場所と表現してもよい道だろう。


「ん?」


――そこに入った時、アイラは新町通側から延びる長い影を確認した。


◇◆◇


新町通側の街灯が照らし出した長い影。 その先には、一人の男が立っていた。

長い影を作るだけあって、身長はかなり高い。 アイラも女性としては背の高い方なのだが、その男は一見するだけで思わず「でか!」と心の声が漏れてしまうような長身だった。


それだけではない。


遠目に見ても、その長身の男は、この時間帯だけに逆に浮いて見えるような服装をしていた。 しっかりとアイロンがけされた半袖のシャツに、黒のスラックス。 端正な仕立ての革靴。 そしてフチなしの眼鏡――


その足取りは、【スッスッス】とも【カッカッカ】とも言えない。 一定のリズム感もなければ、軽快さもない。


それを表現するなら、それはフラフラと。 音として表現するのであれば【ファオンッツ…フォオンッツ…】と、千鳥足21.5%の歩みで暗い路地を、何をするかわからない感を醸しながら、“その男”は歩いていた。


「………」


その様子、時間帯、そしてこの場所。 十中八九、間違いない。 この男が犯人――いや、ネガティブ情報の生霊に憑かれた“宿主”だろう。


だが、聞いている話、聞かされた情報と違うところが一点ある。


『なんかね、防犯カメラに犯人映っていたらしいよ。でも、顔には何か真っ黒なものが巻き付いていて見えなかったんだって。』


『あ、聞いた聞いた。木曽谷さん所の防犯カメラの話よね。』


『なんかね、泰久君の所の防犯カメラにも映っていたみたい。真っ黒な布を顔に巻きつけた怪しい人。大きい刃物を持っていたみたい。怖いねぇ〜』


“顔に何か真っ黒なものが巻き付いていて見えなかった”


アイラが聞いていたのは、確かにそういう話だった。 だが、目の前の男の顔は黒い何かに覆われてはおらず、はっきりと見えている。


髪はしっかり整えられ、フチなしの眼鏡をかけ―― だが、聞いていた姿との違いの中から、アイラはこの男の“おかしな点”を確認していった。


新町通側から【ファオンッツ…フォオンッツ…】と千鳥足21.5%で歩む男と、 西町通側から【ッサッサッサ】と気持ち足早に歩くアイラの距離が縮まる。この間、2.5メートル。


男の顔がはっきり見えたその瞬間―― アイラは、眼鏡の奥に見えた“生気のない瞳の奥から滲む金色の光”と、 男がぶつぶつと呟く“何か”を確認した。


「…が…わ……も……い。 せ……いが…お…る…ど…う……い。」

「せか…お……らど……もい。…かいが…わ…な…ど…で……い。」

「…いが…わ…る…も……い。せか……お…る…ど…う…も…い。」


(せ…かいが…おわ…るなら、どうでもいい! 世界が終わるならどうでもいい!!??  間違いない!!こいつだ!!!)


呟きの断片をパズルのように合わせたアイラ。 その内容を理解したとき、聞いていた姿と違いがあっても、この男が犯人で間違いないことを確信した。「世界が終わるならどうでもいい」 この言葉。この言葉は、1999年に起きたN市駅前大量器物損壊事件の犯人―― 「世界が終わるなら、もうどうでもいいと思っていた。」 と酷似している。


「なあ、アンタ。こんな夜中に何してるんだ?」


2メートルまで迫った長身の男に、アイラは【パキューン】と射貫くように声をかける。すると男は、その声に反応した矢先―― それまでの【ファオンッツ…フォオンッツ…】とした千鳥足21.5%の歩みを、 【ファドゥン!!】と一瞬のうちに爆発させたかのように変え、 アイラとの間を“0.24秒”の速さで詰めてきた。


その一瞬の中で、アイラは男の左手に“いつの間にか握られていた光るもの”を確認する。光の長さ約十センチ。 幅は約三・五センチ。


それは――刃。 【グイィーッツ】と握られた大型のナイフだった。


「おっと♪」


その0.24秒で間合いを詰め、大型ナイフを突き出してきた攻撃を、 アイラは“どうということもなく”ひらりと躱し、 【トントントン】と軽いステップで後方に間合いを置き、 へへへと小さく笑って見せた。


(どうやら大当たりだな。でも、何で顔が見える?  もしかして、防犯カメラに介入して、録画された映像の中だけ顔が見えなくなっていたのか?)


と考える間もなく、長身の男の第二撃、第三撃がアイラに向かってくる。

だが、いくら怪異に動きのスピードを引き上げられていたとしても、 それはあくまで“取り憑いた人間の持つ能力の範囲”である。


そんな動きをアイラが躱せないわけもなく、 その表情には【ニヤリニヤニヤ】と余裕の、 そしてどこか嘲笑とも思われそうな笑みが浮かんでいた。


第七撃まで、5秒17。 長身の男が握った大型ナイフが繰り出すすべての攻撃を難なく避け、 今度は4.2メートルの間合いを取ったアイラ。


その表情はどこか楽しげでもあり、 そしてその奥には真っ赤に燃える“刺されたタイヤ代への怒り”がこもっているようにも見えた。


(このまま制圧できないこともないけど、騒ぎになっても面倒だよな。)


夜中――いや、深夜の人通りのない路地とはいえ、 もしここでアイラがこの男を取り押さえた時に大声でも出されたら、 近所の住人に気付かれないという絶対的保証はない。


「本当に、危険だと思ったらすぐに逃げて、警察に連絡してくださいよ、アイラさん。」


神山アキラから苦笑いとともにかけられた言葉がふと思い浮かぶ。だが、そうかと言って、この状況で逃げて警察に連絡という選択は―― アイラの“天武の血”が、


「無ぇな、そんなもん!」


と、選択肢“逃げる”を0秒で蹴り飛ばした。


◇◆◇


間合い4.2メートル。 にらみ合うこと14秒13。


長身の男から一方的にナイフで突かれるのを、涼しい顔で余裕のまま避け続けるアイラ―― その構図から、今度はアイラが先に動きを見せた。 だがそれは、拳でも蹴りでもない。


アイラは足を肩幅に開き、軽くひじを曲げた両腕の手のひらを空へ向け、静かにスッと目を閉じる。 ナイフを持った男を前に目を閉じるなど、いくら間合いが離れていても無謀な行為だ。


だが、長身の男は動かなかった。 いや――動けなかった。

彼女から感じる、途方もなく強い“圧”のようなものが、男の身動きを封じているかのようだった。


【スッ】


アイラが目を開くと、両掌の上に真っ白な光の玉が一つずつ浮かび現れ、 それが【スファーッツ】と目に見える限界の速さで、路地の西町通側・新町通側の入口へとそれぞれ飛んでいく。


そしてそこから大きく広がり始め、路地に【ズモモモズズズ】と “真っ白な異界のドーム”を形成していく。


その様子に戸惑うように、何が起きているのか理解できないかのように、 長身の男は周囲を【ババババババ】と慌てて見渡した。


数秒後、二人の立つ路地は完全に“真っ白な異界”の中となる。


アイラはフッと息を吐き、長身の男へ視線を送った。


「さあて、今度は俺の番だな。安心してくれ。手加減する気はまったくねぇからさ♪」


両手をポンポンと叩きながら、ニヤリと目を細めるアイラ。 そこに浮かんでいたのは、真城ナミがいつも言う「凛としたカッコイイお姉さん」の笑みではなく―― 「修羅界の猛者をたやすくねじ伏せる天武の戦士」の不敵な素顔の微笑みだった。


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