その3:2026年7月13日月曜日・G県N市新町通り「黄泉野カレンの部屋」④
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7月13日・月曜日。時計は今、18時丁度をここに知らせた。
G県N市駅前、新町通。 黄泉野カレンが日々、様々な悩みを持つこの世の人々、そして悩みを持つあの世の人々の話に耳を傾けている「ヨミノカウンセリング室」が入ったビル。
一階は貸店舗フロア、二階から最上階である六階までは賃貸マンションというこのビルの二階。 表通りから最も奥の角部屋が、カレンの部屋である。
いつもは、カレンが一人、仕事の疲れを癒しながらのんびりと趣味の「サメ映画鑑賞」をしている月曜のこの空間。 そこに今夜は珍しく、いつにない人数の来客があった。
今日は定休日の駅前唯一の本格BAR・アムリタの店主、柴山アオイとシンジュの夫婦。 仕事の忙しさから普段なかなか会うことのできない、将来を約束されたエリート会社員であり、カレンの親友・天野レイア。 そして、街の御用聞きにして自称探偵・原アイラ。
今ここにいないヨミノカウンセリング室の新人カウンセラー、真城ナミだけが“本当のところ”を知るこの五人は、一同カレンの部屋に集まり、リビングのソファに座って“会談”を静かに開いていた。
この世で真城ナミだけが知る“彼らの本当のところ”。 それはそれとして――
「防犯カメラに映っていた犯人の姿だけど、街の人の複数の話から、“ネガティブ情報の生霊”に取りつかれて操られている人間。話に聞いた黒い布のようなもの。犯人の顔に巻き付いているそれが、生霊の姿なのだと思う。」
仲間を前にして、カレンは語る。
駅前の駐車場に止めてある車のタイヤをナイフで一突き。 いくら鋭利な刃物でもタイヤを刺すには適さないナイフで、これだけの数の車のタイヤを夜中数時間のうちに刺して回ることは、“ただの人間”ではできると思えない。
過去の事件のように、生霊の力が加わることで成し得たことだと、断定してもいい。
ただ、防犯カメラに映った犯人の顔が見えなかったこと。 おそらくネガティブ情報の生霊が黒い布のようになって犯人の顔を隠していること。
そこから、警察もいくら防犯カメラの映像をチェックしても、すぐに犯人を見つけることは難しいとカレンは予想していた。
「私はそう思ってる。だから、いくら防犯カメラの画像があっても、過去の事件のようになかなか犯人は見つからないかもしれない。」
そう言ったカレンは、彼女の話を聞く四人にそれぞれ二枚の紙を手渡した。 白黒の画像が印刷されたA4の紙二枚。印刷されていたのは、カレンの趣味である新聞スクラップ画像。昼にアイラと見た「1999年5月・8月の新聞記事」だった。
「あのときは1999年7月という明確な着地点があった。でも、今はそれがないどころか、毎日のように新しい“滅亡の日”が作られてネット動画として流されている。大災害や大事件と比べれば小さなことかもしれないけど、ネガティブ情報の生霊は人を暴走させ始めているのじゃないかと――アオイさん。」
全員が渡された新聞記事に目を通している中、カレンはアオイに意見を求めるように話を振った。 彼女はアオイから「ある一言」を引き出したい。
それには、三十年前、その正体にたどり着けないまま1999年八月という一旦の終幕を迎えた「ネガティブ情報の生霊が引き起こした様々な事件」を、今度こそ事前に止めたいという思いが詰まっていた。
そして、アオイもそれに気付かない理由はない。
15秒92509の沈黙―― そこからの、アオイの一言は。
「介入しよう。」
その言葉に、部屋全体の空気が【グッ】と引き締まる音が聞こえるようだった。
◇◆◇
「さて、そうは言うものの……相手の顔は分からない。カメラでは黒い布で覆われているように見えているという話だが、実際にはどう見えるかは現時点ではわからない。正体不明の犯人を捜すということになるが、これは――アイラの出番だな。」
話を続けるアオイ。 それは、この「刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件」に介入することを決めた“彼ら”の中から、誰がこの件に対応するかという話だった。 そして、それはもう最初から決まっているようなものだった。
自分の店を経営する柴山夫妻。 黄泉野カレン。 毎日仕事で多忙な天野レイア。
この中で最も自由に動きが取れるのはただ一人。 街の御用聞き、何でも屋、そして自称探偵――原アイラ。
アオイから「出番だな」と声を掛けられた瞬間、アイラの口角は左側に【ニィイ】と上がり、待ってましたと言わんばかりの笑みが浮かぶ。
「了解っ、アオイさん。で、どういう体で動けばいい?多分今夜から深夜の警察の見回りも強化されるだろうから、一応一般人の俺が深夜うろうろしていると逆に怪しまれるかもしれないしさ。何か、警察も納得してくれる理由を作らないと。」
「そこは……そうだな。」
その言葉の間、4秒10804。 短く考えたアオイは、アイラと隣り合って座るカレンへと目線を移した。
「カレン。君からアイラに、被害者として夜の見回りの仕事を依頼してくれないか。アイラが探偵として、車に被害を受けたカレンの依頼を受けて夜の街の見回りをしていることにすれば、警察も納得してくれるだろう。」
アオイの言葉に、静かにコクリと頷くカレン。 それに合わせるように、互いの了解を確認し合うようにアオイもコクリと頷き、再びその目線をアイラへと移す。
「アイラはそれを――確か、N市署に知り合いがいたね。」
「いるよ。神山君のことだね。」
「OK。それじゃあアイラは、その神山君を通じて、警察に“夜の見回りをしている探偵がいる”話を通してもらってくれ。そうすれば、見回り中の警察官と会った時も話が分かりやすいだろう。」
「了解。で、アオイさん。もし俺が犯人と鉢合わせたときは――」
それはアイラにとって一番大事なところだった。 犯人と鉢合わせたとき、相手は十中八九、凶器を持っているに違いない。 その上、アイラはこの事件の被害者でもある。
彼女の性格上、その相手を目の前にして“ただで済ますことはない”という意気が、その言葉にこもっていることは、今ここにいる全員が瞬時に理解できる。そんな言葉だった。
アオイは、やれやれと言わんばかりの優しい苦笑いを浮かべながら、
「“ネガティブ情報の生霊”を引き剥がし取り除いた上で制圧、犯人を警察に引き渡す。引き剥がした生霊の扱いは、アイラ。ぶん殴るなり蹴っ飛ばすなり君の自由にしていい。大事な車をやられた分はしっかり、やり返してやれ。」
アイラには思いがけない言葉だった。 ここで普段であれば、アオイは“慎重な対応”を指示してくる。 条件付きとはいえ、それがまさかの「自由にしていい」。
その言葉に、アイラは【ニッコォオオオ】と、 “ずっと昔から心の奥底にしまい込んでいる本性からの”深い笑みを浮かべ、 両手の拳をポンと突き合わせた。
「よっしゃ、ありがと!アオイさん!!」
「一応、念を押しておくよ。いつも言っていることだから分かっていると思うが……無茶はしないようにな。」
「了解!」
とてもいい返事をしたアイラに、少し不安になるアオイ。 アイラがこうして“とてもいい返事”をするときは、普段の有り余った力で“思い切ったお仕置き”、いや“思い切りが過ぎたお仕置き”をしてしまうケースが多いのだ。
だが、それを彼は表情に出すことなく、スッと思考の奥にしまい込んだ。
自身に置き換えれば、大切にしている自分の車「ジャガーXJ」に同じことをされたとき、彼自身もこの事件の中心にいるネガティブ情報の生霊に対して、“思い切り行き過ぎたお仕置き”を下しているだろう、と。 それを思えば、アイラの気持ちは理解できなくはないのだ。
そして最後に、アオイはこの会話を静かに、冷静に、一歩下がるようにしていながらも、確実にその輪の中に【トン】と足を置く姿勢を見せる天野レイアに目を向けた。
それにレイアはニッコリと優しい微笑みを浮かべながら、静かにゆっくりとした動作で【こ・っ・く・り】と頷いた。 その様子はまるで、アオイに「許可します」と伝えているようにも見えた。
◇◆◇
7月13日・月曜日、19時8分31秒。
黄泉野カレンの部屋で開かれていた、“この街を静かに見守る五人”の話し合いは終わり、それぞれ帰路へと付く。
天野レイアは、この件の現場に立つことになる原アイラに「よろしく頼むね」と声をかけ、 柴山アオイ、シンジュの夫婦はポンポンと肩を叩きながら笑顔を見せる。
そして最後に残ったアイラも、徒歩五分以内――信号に引っかからなければ徒歩二分以内にある、自分の住むマンションへ帰るため、カレンの部屋の玄関で靴を履く。
「アイラ。」
「んー?」
黒のブーツを履き終え、スッと立ち上がったアイラに声をかけたカレン。 そこには、いつも通りの凛とした表情の中に“1%の心配”が伺える。
「アイラのことだから大丈夫と思ってるけど、気をつけてね。」
珍しいことだった。 アイラがどれほど危険な場に慣れていて、どれほど腕っぷしが強いかを重々知っているカレンから、そんな言葉を掛けられたアイラは、一瞬【お?】と目を丸くした。だがその一瞬を過ぎると、【にんまりん】といい笑顔をカレンに投げかけた。
「おう!任せとけ!カレンの愛車の仇は、俺が取る!」
アイラはグッと右手の拳を握ってそう言い、笑顔に笑顔を上乗せて見せる。 そんな様子にカレンも、フフフと答えるかのように笑顔を返した。
「それじゃ、今日はお疲れ様。今日は出かけられなかったけど、また予定合わせてどっか行こうぜ。」
「そうね。お疲れ様、アイラ。」
その言葉を交わし、アイラはカレンの部屋の扉を開け、薄暗くなり始めた新町通へと足をすすめた。
◇◆◇
月曜十九時台の通りに、今日は人の姿が気持ち少ない。 アイラの目にはそんなふうに映っていたが、実際はいつもとそれほど変わらない人通り。
きっとそれは、朝から始まった、そして自身も巻き込まれた事件という記憶が心理的な歪みを起こしてそう見させているのだと、アイラは自身に何とも言えない苦笑いを投げかける気持ちだった。
「そういや……夕食まだだったな。」
この時間となると、駅前で開いている店のほとんどは居酒屋。 N市駅前の夜は、食べ歩きには向かないが飲み歩くにはとても向いている。 それほど、飲み処が多いのだ。
だが、今日はアムリタの定休日。 いつも顔を出している居酒屋の定休日も月曜日だ。
「席、空いてるかなぁ。」
そんな独り言を漏らしつつ、夕食と軽い一杯で今日という一日に起きた悪い出来事の記憶だけを【さらりざらり】と洗い流す場所を探すため、アイラは一つ【ふぅー】と息を吐き、マンションのある新町交差点方向に向いていた足を、真逆に向け、新町通の奥へと歩き出した。




